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第三話 七十億分の一の不運

 始まりの街、『アッド』。中世風の街並みには、色彩豊かな屋根が映える、レンガの家が連なっていた。暖かな陽光が街を覗き込み、門出を祝福してくれているようだ。


 俺は今、遂にスタート地点に降り立った。ここまでの道のりは辛く厳しいものだったが、苦労した甲斐があったというものだ。


「知恵の輪、冒険者ギルドの場所を教えてくれ」


《はい、ギルドはこの通りを真っ直ぐ行った、街の中央部に位置しています》


 ギルド……! なんて素敵な響きだろう。心が流行り、俺は一直線に街の中央部目掛けて走り出す。



 道中周りを見渡せば、なるほど、やはり異世界ファンタジー。獣耳、尻尾、戦士風の男、などなど、現実世界ではお目にかかれない容姿のものばかりだ。思ったより普通の人間の割合が多いのが意外だが。








 冒険者ギルドは、ぴったりイメージ通りの場所だった。質素な石造りの建物は、扉だけが黒々とした年季を感じさせる木で造られている。その上に掲げられる剣と杖のエンブレムが、まさにギルドを象徴づけていた。



「すみません、冒険者の登録をしたいのですが」


 

 入ってすぐ、受付のお姉さんの所に向かう。水色の髪の美人さんで、着ている白いシャツには青のラインが入っており、赤いネクタイと海のように青いスカートを履いている。ほほう、船乗りのセーラー服か……。悪くない。


「え、ええ。承ります」


 お姉さんが一瞬不審者を見るような目をしたが、気のせいだろう。


「では、あなた様のステータスを表示致しますね」


 受付にある透明な水晶が光を帯びる。これだよ! これを待ってたんだ……! エリファ様から貰ったカード情報が正しければ、俺のステータスは超エリート級、どころか、規格外かもな……!


「はい、出ましたよ~。おや、これは……」


 受付のお姉さんはニコリと微笑んで、





「変わったスキルをお持ちですね~! 知恵の輪なんて聞いたことありませんよ!」



「そ、そうですか」


 ……あれ? 何か想像してたのと違うぞ。本来ならもっと歓声が上がって、ギルドで一騒動起きるのでは……?



「あのー、俺のステータスの方はどうですか?」


 そうだ、カードによれば俺のステータスは間違いなくオールA! これにはみんな度肝を抜かれて……、





「はい! 一般男性の標準的なステータスですね! 健康な体をお持ちなんですね!」



「は、はは。それはどうも」


 ステータスが表示された、冒険者カードなるものを受け取り、そそくさとギルド内のロビーらしき場所の椅子に腰かける。どうなってるんだ? 俺の能力は"一般男性"の"標準"レベルなどに収まりきるはずが無いのに……。



 焦燥感を抱きつつ渡された冒険者カードを見る。そこには自分のステータスとスキル、経験値と所持ゴールドが示されていた。他にもRPという謎の数値など色々あるみたいだが、ひとまず重要なのはこの辺りだろう。


「えーと、何なに……」


 カードを隅から隅まで子細に見てみたが、驚くことに本当に俺のステータスは平凡なものだった。表示されているスキルはエリファ様から貰ったカードと同じだが、横に謎の星マークがついている。


「知恵の輪、この星マークはなんだ?」


《はい、それはスキルの希少性を表すものです。星は一から十まであり、相対的な使い手の多さや、使いこなす難度と関係があります》


 なるほど、要するにレア度というわけだ。俺のスキルは『剣聖』が星4つ、『雷魔法(極)』と『知恵の輪』が星8つだった。


「それはいいんだが、なんでステータスがこんなに低いんだ? エリファ様から貰ったカードと全然違うぞ?」


《はい、この世界でのステータス最大値は飛び抜けて高く、通常基準でのステータスとは全く異なるからです。例えば通常の異世界でのランクAは、ここでは平均程度の扱いになっています》











 


 …………………………………………え? 


 ナニヲイッテルンダ? ヨクキキトレナカッタナア。


 つまり。つまり?







「騙されたあああああああああああ!?」






 俺の空気を引き裂くような傷心の叫びがギルドに反響する。周囲の人々がギョッとしているが今は無視だ、無視。





「あんまりだろおおお! 新手の詐欺じゃねえかあああああああ! ステータスオールAって! ユニークスキル(笑)って! 本当にユニークなだけじゃねえかああああ!」



 荒ぶる俺の魂は誰にも止められない。ギルド内の迷惑そうな視線を振り払い、絶叫を続ける。



 すると、割れんばかりの怒号に見かねたのか、筋肉質なおじさんが一人こちらにやって来て、


「表で頭冷やしてこい!」




 俺はギルドからつまみ出された。





 

「ううっ……、なんでこんな目に……」



 泣きじゃくる俺。しかし慰めてくれる仲間すらいない。街を流れる小川に架かる、小さな木造の橋をとぼとぼと渡っていると、ふと水面に映る自分の姿が目に入る。


 そこに移っていたのは、中肉中背のサッパリとした青年。ツンツンと立った髪は白く染まり、目立つ三白眼は深い紺色だ。そう、言うまでもなく転生前に俺が希望した配色。ちなみに色以外は転生前と何ら変わっていない。どこをどう弄ったらイケメンになるか分からず、そのままこの世界に持ち越してきたのだ。




「ハア……」


 沈んでいくようなため息を一つ。


 生まれ変わった気分でこの世界に来て、胸を踊らせていた、そんな時期もあった。まさかこの世界が、夢あるファンタジーを騙ったゴリゴリのハードサバイバル枠だったなんて……。


 


「そういえば、お金無い……」


 重大な事に気づく。武器や装備を揃えて気分をリセットしようかと思ったが、お金を女神様から頂いた訳でもなし、俺の懐には木枯らしが吹いていた。


 冒険者カードを取り出して見る。そこに映る所持ゴールドは、80。イモータルラビットを倒した時のものだろうが、恐らくこれでは駄菓子を買って終わりだ。


「金が、金が欲しいっ!」


 



 それは、運命の出会いだった。



 悲痛な俺の嘆きに応えるかの様に、目に飛び込んできた"カジノ"の三文字。紫に点滅するネオンのような彩飾が、俺の心を惹き付ける。


 

「そうか、そうだ! 一気に稼げば解決じゃねえか! 元手は女神様から頂いたこの鎧と剣! これで俺も億万長者だああ!」




 

 ヒャッホーウ、とカジノに飛び込んだ俺が、ルールの分からない異世界のゲームをやり、鎧を奪われ、剣を取り上げられ、パンツ一丁で路地裏に放り出されるまで、三十分とかからなかった。










「失った……。何もかも……」

  

 終わった。完全にダメだ。終わりだ。そもそもなぜルールの分からない異世界のゲームで勝負しようなんて考えたんだろう? トランプっぽかったからいけると思った過去の自分に拳骨をかましてやりたい……。





「終わりました。何もかもが……」

 


 遂に幻聴でも聞こえ出したのだろうか。自分と同じような事を言っている声がする。


 横を向くと、ちびっこい少女が一人。頭の上にはトンガリ帽子、紫のローブに黒いマントは、完全に魔法使いの格好だ。長い髪が地面に垂れているところもそれらしい。

 


「あんたもか? 俺もだよ……」


 親近感を覚え、金髪の少女に話しかける。



「話しかけないで下さい、変態」



「だ、誰が変態だ!?」


 予想以上にシビアな切り返しが突き刺さる。確かにパンツ一丁だけれども!



「変態じゃない! 俺にはな、果たさなきゃいけない使命があるんだよ! この世界を平和にするっつー使命が!」



「一文無しで路上に放り出された変態が何を言ってるんだか……。こんなところでパンツ一枚でうずくまってる当たり、お察しですね。あ! 私は違いますよ? 私はいずれ魔王を倒す者。世界を救う大魔法使いなんですから!」


「お前だって路上に放り出されてるじゃねぇか」


「うっ」




「はー……。女神様の話じゃ、俺はこの世界で、最強スキルでモテモテ、のはずだったのになあ……」


 何度目か分からない、大きなため息を一つ。すると少女がピクリと反応した。



「女神様?」


「あ、ああ。信じられないかも知れないけどさ、俺は別の世界から来たんだよ。女神様に送られてな」


「……………………」



 ついつい本当の事を言った途端、少女は黙り込む。もしかして、気が触れてる奴だとでも思われてしまっただろうか……。確かに目の前の奴に「異世界から来ました」なんて言われたら、俺はそいつと金輪際関わらない事を決めるだろう。




「もしかして、女神様と言うのは、桃色の髪をした小さな女の子のことですか?エリファという?」


 おもむろに少女が口を開く。まさにその通りなので俺はギョッとした。


「そうだけど……、何でお前が知ってるんだよ」



 はぁ、と少女が息を吐き出す。



「実は私も、二年前に日本という所から飛ばされて来た転生者なんですよ。本当ならばもう魔王を倒している予定だったのですが……」


 少女の口から飛び出たのは、衝撃の事実。


 

「まじかよ! それってまさか俺と同じ……? 君もこのあり得ないほど鬼畜な異世界で苦しんでるクチなのか!?」

 



「苦しんでなんかいません! 私はただ、少しお金に困っているだけで……。本気を出せば大魔法で蹴散らしてですね」



 ここで、グウ、と少女のお腹が鳴り、少女は赤面する。



「こんなとこにいる時点で、俺達二人ともどっこいどっこいだよ」


 これじゃただの傷の舐め合いだ。


「くそお、エリファ様は何でこんな重要な事を教えてくれなかったんだよお!」


 そんな俺の言葉に少女は眉をひそめ、急に可哀想な物を見る目で俺を見てきた。


「な、なんだよ……」


 俺、何か変なこと言ったか?


「いえ。ここまで来てなお、エリファなどという小悪魔を信じているあなたが哀れに思えてきまして」


「なっ……! どういう意味だよ」


 いや。口では驚きつつも、俺は薄々気づいていたのかもしれない。ただ目を逸らしたかったのだ。そんな悪夢のような可能性から。





「エリファはね! 十人いる女神の中でも最低最悪のハズレ枠ですよ! みんなが異世界での英雄生活を餌につられて、この世界の厳しさに悶えているのを、あの女は楽しんでるんですよお!」




「…………嘘だ」


「いーえ、本当です! あの女が天界で何をやってるか知ってます!? 私達の悪戦苦闘ぶりを水晶で眺めて、紅茶の肴にしてるんですよ! 私は前に死んだときにこっそり見ましたから! 見ましたからああああ!!」


 


「嘘だああああああああ!!!」


 二人の哀れな哀れな転生者の、絶叫がアッドの街にこだまする。俺達の冒険は! これからだ!

※終わりではないです

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