援護、真打
※最初は、盗賊の頭領の一人称視点から始めさせて頂きます。
2020年3月10日に改稿致しました。
この国は化け物だらけだ・・・・・・。
いや・・・・・・少し語弊があるな、他国に目を向けても、もちろん常軌を逸する能力を持った奴らがあまりにも多く蔓延っており、まさに狂っている・・・・・・!
あの平和ボケした隣国でさえ、原子レベルで炎を操るサラマンダー、思考に耽った対象を瞬時に石化させるゴルゴン、この世界に存在する魔力の大半を独占しているダークエルフ、他人に聖術能力とかいう胡乱なものを授ける聖王なんて奴らがいるらしい。
どうかそれらがフィクションの類であってほしいが、真実だろうな。
ああ今でもよく悪夢にうなされるよ。
眉間側の髪ともみあげが非常に長いクソガキの声、『天使の悪戯』の元凶であるアホウドリの間抜け面、鉢合わせしたら細切れにされちまう剣聖の得物の金属音、腰が軽い魔王の常識はずれで滅茶苦茶な魔法・・・・・・俺様が寝ている時、それらが夢に出てきた時に、すぐに飛び起き、冷や汗を滝のように流しては、頭を掻いて二度寝する。
まぁ本当の真打はもちろんあいつだがな。
・・・・・・・・・・・・なんだよ、俺様はただのくそ雑魚じゃねえかっ!!
※次からはイナリの一人称視点に代えます。
「はぁっはぁっ・・・・・・やばいな、あいつすごく強いぞ」
体中痛みを感じているオレは、なんとか立ち上がる・・・・・・よし、脆い魔杖『ソードフェイカー』にはヒビ一つ入っていないぞ。すごく運がいい・・・・・・!
傍には、障壁魔法使いの賊が倒れいているが・・・・・・息はしている、とりあえずほっとこう。
「あのイノシシ男。早くオレのチート魔法使って倒さないと、みんなが危ない!」
元の場所に向かって、オレが駆け上がっている時、
「すみません。トライ イナリさんとお見受け致します・・・・・・援護に参りました。お怪我、大丈夫ですか?」
自分の背後から、見知らぬ女性の声が聞こえた。
声の元に振り返ると、ほつれた前髪で片目を隠している女の子と、槍を携えた褐色肌の女性がこちらまで近寄ってくるのが見えた。
話しかけてきた人が肩当てに刻まれている紋章を、こちらに見せながら説明する。
「私は・・・・・・ここの近くにある山村に駐屯している騎士の・・・・・・ウシミツです。隣にいるのは同僚のレパント・・・・・・共闘をこちらは願いますが、・・・・・・よろしいでしょうか・・・・・・」
会話がよく途切れ途切れになって喋り方がもどかしいなウシミツ。
メイさんと印象が似ているけど、ウシミツの場合は彼女と違って落ち着いて喋っているな。
「まぁあんたがなんて言おうが、あたし達は奴らを牢屋にぶち込むことは決定してんだけどな。
邪魔したら、あんたもしょっぴくよ」
ガルムを連想させる程柄の悪そうなレパント。
だが、ガルムの場合は野望とやる気を言葉の端々に匂わせているけど、彼女にいたっては終始一貫、会話や瞳、表情から気怠さが滲み出ていた。
彼女らの肩に描かれた狼と森の紋章・・・・・・たしかネクロのと同じだな、信用は・・・・・・まあ様子見で。
「んで、どうするんだ? 別に民間人が賊共に震えあがって茂みの陰で震えても、まああたしらは咎めないよ? 闘うか退くか選びな、お坊ちゃま?」
挑発するようにレパントが、オレに呼び掛ける・・・・・・なんかむかつくな。
もちろん。
「奴らを倒す! カナネさん達を死なせてたまるか!!
イノシシ男が敵のボスらしいけど、そいつ強くてさ! あんたらが手助けてくれるなら、願ってもないよ」
そう彼女らに伝えた後、オレが元居た場所まで急いで戻ろうとする。
レパントはオレについてくるが、ウシミツの方はオレがさっき倒れてた場所になぜか向かって行った。
「あっ先に行ってください・・・・・・私はあなたの後方に散らばっている斧の破片を拾ってきますので」
斧・・・・・・ああイノシシ男の得物のことか。なんで持ってくるの?
とりあえずオレ達は急いでネクロの馬車の方へと向かう。
「・・・・・・」
走っている途中、オレの目に飛び込んできた光景は、凄惨なものであった・・・・・・。
アードが弓ノコギリでイノシシ男をナマス斬りにし、カナネさんが弓矢で連射し追い込ませ、隙を狙うネクロが殺人的威力を持つ頭突きを奴の背中に連撃で叩き込み、ガルムが金的攻撃で仕留めにかかる!
一人相手に四人が囲って闘っている・・・・・・まさしく袋叩き。
敵側の雑兵より先に実力者を倒そうとしているな。
血だらけのまま自身の股間を抑えて震えているイノシシ男を見て、オレは不覚にもドン引きした・・・・・・なんとも不憫。
「さっさと返すっす! おいらのノコギリを!!」
ちなみにアードから奪ったのか、イノシシ男が大ノコギリを得物にしていた。
「何をぼさっと突っ立ってんだよ。とりあえず女共があんたの味方で、厳つい男共が賊だろ。奴らを倒すって言ったのは虚勢か・・・・・・?」
「盗賊団名『猪の牙』・・・・・・その頭領 ベッカリー は種族『オーク』で、膂力と生命力が非常に高く、その強さで・・・・・・上級クラスの冒険者や騎士達を何回も返り討ちにしたとのことです。
洞察力が高く、物知りなので侮れません・・・・・・。
油断は・・・・・・・禁物です」
ウシミツが説明しながらオレ達の方に小走りで寄ってくる。
「わかった! じゃあ早速・・・・・・。
『寒喩!!』」
敵軍の上空にオレは氷塊をいたるところに生み出させ、それらを標的達にめがけて乱れ落とす!!
もちろんベッカリーには特に重い一撃を浴びせるつもりだ。
ん・・・・・・なんか様子が変だぞ・・・・・・?
オレが繰り出した水の弾丸は全部・・・・・・、なんか自分が意図したのとは別の軌道を描いて動いている!? それもなにかに吸い寄せられるように・・・・・・。
「えっちょっ!?」
「痛いんだけど!!」
・・・・・・敵に当たるはずだった弾丸らの一部が、アードやガルムの近くを掠り、ネクロに直撃した!? 幸いネクロは身体強化魔法を使ってるからなのか、ダメージは少なめだ。
なんで!? 『寒喩』は比較的制御しやすい魔法なのに!
それと今の攻撃で、敵方には誰も当たらなかった・・・・・・チキショゥ。
「ああイナリだめだ! 私が先程撃った矢は『避雷針矢』で、それは近くにある魔法物を引き寄せる特性を持っているぞ!」
なんだって! たしかにネクロ達の足元に、矢【矢羽柄が紫と白の縞模様がある】が散らばっているけど・・・・・・。
背後にいるレパントが、呆れるように話しかけ、
「さっきから眺めてたけど、もうこっちが悲しくなるほどいちいちぐだぐだだに闘うよなお前ら・・・・・・今から効率厨の戦闘ってものを拝ませてやるよ。
あたしの槍を掴みな。ウシミツとお坊ちゃま」
得物にしている槍をこちらに近づけ次にそれの刃を地面に突き刺した。
何をやっている・・・・・・いや何をするつもりだ。普通武器は刃物を土にではなく敵に向けるはずなのでは・・・・・・?
まあ反発する理由も特に無いしな。言われるがままオレはウシミツといっしょに彼女の槍の柄を軽く握る。
その瞬間レパントの全身から青く輝く電気が発せられ迸った!?
オレとウシミツもこの雷魔法をもろに喰らっているのだが、彼女の槍の影響か、ダメージ自体は受けない。
しかし・・・・・・。
「ぎぁぁああぁああああっっ!!?」
「ぐぉぉおおぉおおおおおおおっっ!!」
「痛いっすぅうううっっ!!」
その魔法の電気は、レパントから広がり、たった数秒で植物が生い茂るこの地域全体を少しの間、淡く輝く青色に染めてしまったんだ!
彼女の魔法が止んだ後、オレ達三人以外のみんなは体力が削られたのか、苦痛の表情を見せ、煤けて黒煙を吐いている。
大半は失神しているみたいだ。
そうみんな・・・・・・盗賊だけではなく・・・・・・。
「く・・・・・・イナリの隣にいるあいつらは先程村で駐屯していた奴らだな・・・・・・。
奢りぶった騎士め、私達もろとも盗賊を屠ろうとでものたまうつもりか・・・・・・!」
「終わりっす、もう。王国軍に見捨てられたんですよ、おいら達は・・・・・・」
「むきゅぅ~・・・・・・」
「レパント スラグランド! いつもいつも思ってたんだけど味方や平民や馬ごと雷撃喰らわせるのはどうかと思うんだけど!
それとガルム エーリューズニル! 目を覚ましてよ君は回復役なんでしょ!!」
カナネさん達も攻撃を受けたんだよ!
「どういうことだよあんた! カナネさん達は善良な一般人だし、ネクロにいたってはあんたらと同じ騎士だろうがっ!!」
すぐにオレはレパントに睨んで詰め寄って激しく肩を掴む。
しかし彼女は平然とした態度で淡々と答えたのだ。
「安心しろよお坊ちゃま。さっきの雷魔法は・・・・・・しゃべんのだりぃ。
ウシミツ、代わりに答えとけ」
申し訳なさそうにしているウシミツが説明する。
「憤りの心情を・・・・・・お察し致します。ですが先程の彼女の・・・・・・魔法は対象を感電させてダメージを与える効果を持ってはおりますが、殺生能力自体が限りなく低く、仲間の死亡または後遺症が出てくるリスクは・・・・・・ありません。
もう一つ補足致しますと・・・・・・レパントが得物にしている魔槍『アースコネクター』は、その武器が地面に突き刺さっている時に、触れている者に雷撃のダメージが受けない・・・・・・効果を持ちます」
「そんなこと言ってんじゃねぇよっ!
安全だからって、後で回復できるからって、仲間ごと攻撃していいわけねえだろ!」
「なぁ? 今些細ないざこざやっている場合か・・・・・・?
お前ハーレムを死なせたくないんだろ。あたしに突っかかってくる前に残党片付けようぜ」
レパントは、脈絡もなくいきなり自らの頭めがけて猛スピードで飛んでくる氷塊を、無動作のまま弾けている雷で迎撃して防ぐ。
しかしその攻撃はオレが繰り出したわけじゃない。
攻撃元を振り向くと・・・・・・。
そこには奴が睨んでいた。倒れてなんかいなかった。
体中傷だらけの上、黒焦げになりながらも堪えている。
オレ達の前に、ベッカリーが立ち塞がっていた・・・・・・!
どうやら先程のレパントに対しての攻撃は、奴が地に転がっていた『寒喩』の氷を蹴飛ばしたのだろう。
下手に魔法を繰り出してもカナネさんの矢に吸い込まれてしまうかもしれない・・・・・・なら接近戦だ!
『ソードフェイカー』のおかげで身体・感知能力が飛躍的に高まったオレは、レパントから離れ、風を切るよう走ってベッカリーとの距離を一気に縮める!
奴もこちらの意を察し、突進してくる。
拳を構えたオレは、重たいパンチを連続で奴に浴びせようと・・・・・・。
「え、何勝手に離れてんの」
はっ!? 何か全身が痺れを伴う激痛に溢れ、眼前が真っ青に塗りつぶされているぞ!?
バチバチバチッて雷鳴が鼓膜に叩きつけるようにしつこく響き、なんか焼き肉みたいな匂いが鼻につき、心臓が止まりそうになるくらいの衝撃をオレの奥底で嫌という程受けた・・・・・・!
もしやレパント、また繰り出したのか!? あの無差別攻撃を・・・・・・!!
やばい・・・・・・一撃喰らっただけなのに意識が遠のきそうだ。那賀から生命力をカンストするくらいもらってるはずなのに。
だがそれは奴も同じ・・・・・・雷撃をまた受けたベッカリーは先程よりも千鳥足だ。
叩くなら今・・・・・・強化された右ストレートを喰らえっ!
そして盗賊の頭領ベーカリーは、仰向けに倒れた。
しかしそれはオレが殴り飛ばしたからではない。
なぜかいきなりオレの攻撃を喰らう前に、勝手に伏せた? レパントから受けたダメージが溜まっていたのかっ。
と、オレは思ったけどどうも・・・・・・。
「痛ぇ! 痛ぇっ! 誰だっ!? 俺様の頭を無遠慮に殴るのは・・・・・・!!」
違うみたいだ・・・・・・意識がはっきりしているベッカリーは蹲って悶えている?
もちろんオレは追撃なんてしていないし、今は誰も奴の頭を攻撃してない・・・・・・はず。
とりあえず追撃のチャンスだ!
少しの間だけ周りを見渡してみたが、近くにカナネさんの矢はないみたい。
怯んで痛がっている相手を攻撃するなんて気が引けるが、そうも言ってられない。
魔力の氷塊を空中一辺に生成して無遠慮に奴の体に撃ち込みながら、オレはベッカリーの豚鼻めがけて全力で拳を振り下ろす・・・・・・何度も何度も!
済まない・・・・・・あんたを拘束した後ちゃんとガルムに頼んで回復させるから今は大人しく寝ててくれ・・・・・・っ!!
そしてオレが攻撃の手を一切緩まないまま少し時間が経った後、やっと奴が失神した。
鼻血が出てきて、顔中腫れだして体全体青痣だらけ。まさしく完膚なんて見当たらない惨たらしい状態で・・・・・・。
ちなみに奴が倒れている地面は、オレが殴った衝撃で亀裂が広がり少し陥没していた。
「とりあえず拘束しなければ・・・・・・レパントかウシミツ! なんか紐・・・・・・じゃ引きちぎられそうだから鎖とか借りたいけど」
そう尋ねながらオレは彼女らの方を向くと・・・・・・。
「ちょっとちょっと何天下の騎士様に向かって矢を放ってんの? 公務執行妨害なんてもんじゃないよ国家反逆罪ものだぜ?」
「何が国家反逆罪だ! 民を護るべき騎士が我らごと攻撃するなぞ言語道断だ!」
「だめっすよ、カナネさん! 重罪ですよ? 騎士に逆らったら!」
「あ~言っとくけどうちは無理やりイナリパーティーでこき使われている奴隷だから、あいつがやってる凶行とは一切関係ないよね?
ねぇうちもそっちの仲間に入れてくれよ騎士様~」
「カナネ タランマがわざわざ歯向かわなくていいよ。
レパント スラグランド! よくもコシュタンごと攻撃しやがって今度こそボコボコにしてやるんだけど!」
「おい奴らが争っているうちに早くとんずらここうぜ!」
「ばかっ! 逃げたら後で頭領に殺されるんだぞ!」
「ばかはテメェだっ! あれ見ろ! 俺達の偉大なる頭領様は今おねんね中だ。
ありゃもう助からねえ」
・・・・・・なんだこの光景は・・・・・・。
アードに羽交い絞めされながらカナネさんがレパントに向けて矢を飛ばし、いつの間にか目覚めていたガルムがウシミツに命乞いをして裏切ろうとし、ネクロが自分の頭部を振り回して知り合いらしい騎士を威嚇していた。
それだけじゃない。ところどころで盗賊の残党達も内輪もめをしている。
「お・・・・・・おいやめろよお前達!! こんなことしている場合じゃないだろっ!!」
カナネさんの攻撃を、仁王立ちのまま纏った雷で防ぐレパントが言う。
「らちがあかねえ。ウシミツ、やれ」
何だか嫌な予感がする・・・・・・彼女らの元までオレは全速力で駆け抜ける!
「一般市民を制圧するのは気が引けますが・・・・・・仕方ないですね・・・・・・一応手加減する上、後で回復させて頂くのでご安心を・・・・・・」
ウシミツが釘だらけ木槌をゆっくり振り上げる。
どうも彼女達の足元にある矢を狙っているみたいだ・・・・・・。
そして次にウシミツは、
「呪術・・・・・・『主殺し』」
なんか術名を言った後、例の矢を殴った。
その瞬間、甲高い女性の凄惨な悲鳴が、この山で響く。
発せられたその声はオレにとって聞き覚えのあるものだった。
「どうしましたカナネさん!? ウシミツてめぇ、カナネさんに何やりやがった・・・・・・呪術ってやつなのか!?」
もしや武器をその変な槌で殴ったら、殴られた武器の持ち主もダメージを受けるのかっ!?
ベッカリーが何の原因もわからずに、さっき頭を抱えて痛がってたのもそれのせいで、だいぶ前に斧を彼女が拾ったのもその術を発動させるためだったのかっ!!
オレは掌先に『浄魔』を出現させて操るっ!!
てめぇだけはまともな騎士だと思ってたのにっ!!
「カナネさんを傷つけるなっ! これでも喰らえウシミツ!!」
「ああくそっ離せアードっ!!」
「だめっすよ、攻撃したら、カナネさん、トライさん!!」
「うわぁああっもういい! うちは逃げる!」
「騎士同士だったら国家反逆罪にならないはずだよね。レパント喧嘩だよ!」
「ああもうめんどくせぇてめぇら全員しょっ引いてやるっ!!」
「私に対して・・・・・・防衛するつもりですねイナリさん。迎撃させて・・・・・・頂きます」
「おい金や女共かっさらうはずなのに、なんで逃げようとするんだよ! 止まれっ!」
「止まるかっ! ここに残ったら殺されるか捕まるかのどっちかだ! 邪魔するんならてめぇを斬るっ」
「あなた達! 何を争っているのでございましょうかっ!!」
一人の大声が、この山岳地帯に轟いた。
オレにとって、聞き覚えのある女性の声だった。
たった一喝で、なぜか昂っていたオレ達と山賊達全員の動きがピタリと止まって、この場はすぐに静寂に包まれる。
『彼女』は、コシュタンが牽引している馬車の幌からゆっくり降りてくる。
その少女は、髪は黒のワンレン、楕円の眼鏡をかけていて、垂れ目が特徴的な少女だ。
あと他にウェーデンス国の辞典を腕と胸の間に挟み、両手の指には輪ゴムをあやとりのように張り巡らせている。・・・・・・あ、他には雷にでも打たれたのか体中煤だらけで毛は縮れ、黒煙を吐いていた。
珊館紫音・・・・・・彼女が、戦闘していたオレ達の元へとゆっくり歩み寄ってゆく。
今の紫音は、オレが今まで見たこともないような怒り心頭を表す形相をしており、地面を強く踏みしめて歩いていた。
うわ~のほほん魔術師が、めっちゃ怒ってらっしゃる・・・・・・。
死地を何度も潜り抜けてきたであろう騎士達や冒険者ら、盗賊共が震えあがり後退りする程に、彼女は異様なほど怒気が放たれていた。
少し歩いた紫音は、
「稲荷さん。今までの経緯をお教え下さいませんか・・・・・・?」
低い声で、オレに質問してきた・・・・・・!
争いが嫌いな彼女の事だ、バカ正直に戦争してましたなんて口が滑ってしまった日には、得体のしれない魔術の実験体にオレがなってしまう。
「え・・・・・・ま~ここにいるみんなと仲良くハイキング?」
「嘘でございますね・・・・・・」
「・・・・・・ゴニョゴニョ(え、信じられない、紫音が騙されないなんて)」
「稲荷さんっ!!」
「わぁあすみません! 盗賊と闘っていました!」
今までの顛末を早口にオレは彼女に説明した。
「なるほどわかりました。ありがとうございます」
オレが伝え終え、紫音が理解したタイミングで、
「ええい何を小娘にびびってんだっ!」
黙っていた盗賊の一人がナイフを構え、紫音に突っこもうとする!?
奴に流されるようにちらほら賊の残党も戦闘態勢に戻る。
紫音を護ろうとオレが判断したころに、
「ぎゃぁあああぁあああああっ!!」
突撃しようとしていたナイフ使いの敵は、自らのふくらはぎを抱えながら地に横たわり悶えて転がる。
その様子にオレは見覚えがあった・・・・・・たしかまだオレ達が王都にいる頃のことだ。熊の化け物が、痛みで呻いてるのに似ていた。
奴の絶叫具合に、他の賊共も顔を青ざめ、すぐに攻撃の手を止めたのだ。
まさしく紫音の魔術の反則さは、真打と評価しても過言じゃないな。
紫音は輪ゴムであやとりしながら、
「失礼ながら、あなた方の脚の筋肉を強制的に魔術で攣らせたのでございます。しばらくの間、自分の話に耳を傾けて下さい」
彼女らしくなく淡々と語る。
「ん~なんかあたしら関係なさそうだね。それじゃあ急用あるからこれで」
レパントは何かを察したのか、そそくさとこの場から逃げようとする・・・・・・が、
「長くないので、ご清聴お願いするのでございます」
紫音が例の輪ゴムをいじった瞬間に、レパントが小石につま先が引っ掛かったように前のめりで倒れこむ!?
やばいこれもしやオレ達、紫音から逃げられない・・・・・・っ!?
「稲荷さん、お手数おかけしますがこちらのほうまで来て、自分のリュックを『共同空間』から召喚して下さい」
「え、あの・・・・・・」
「早くっ!!」
直ちにオレは彼女の仰せの通りにした。
紫音はしばらくの間リュックの中をまさぐり、それから双六用のボードゲームのボードと将棋・チェスの駒とラジオを取り出す。
すぐに彼女は草むらにボードを敷き、駒とラジオを並べた。
時々周囲を見渡している。
ちなみにまだ誰も動こうとはしていない・・・・・・得体のしれない術を使う紫音に怖れているのだろう。気持ちはすごくわかる。
そして紫音は少しばかり呪文らしき言葉を唱え、近くの地面に平仮名を組み合わせた魔方陣を描き、例のボートに向かって話しかける。
『あ~あ~マイクテストマイクテストでございます。
・・・・・・いいですか、誰もが痛みを嫌がり自らの命を脅かされるのが苦痛なのだと、本当はこの場にいる誰もが理解できてるのでございましょうに・・・・・・なぜ刃や魔法を交える前に、話し合いで解決しようとしないのでございますか?』
おっ・・・・・・? 空からも紫音の言葉が反響するよう聞こえてくるぞ? どうやら今彼女はこの場にいるみんなに自分の声が届くよう、メガフォンみたいな効果をもつ魔術を使っているな。
それから紫音の説教は長々と続いた。
なぜか横たわっている人以外全員正座。
争いは駄目だとか、命は大事だとかその様な内容を繰り返し何度も聞かされたオレ達は、まじで辟易としていた。
ただでさえ不慣れなバトルでクタクタ状態なのに、紫音は時々今まで存在していなかった造語を何の前触れもなく説教に混ぜてくるし、意味不明な喩えも遠慮なしにばんばん使ってくるので、オレは精神力がゴリゴリ削られていく・・・・・・もう勘弁してくれ・・・・・・。
ちなみにあまりにも紫音の説教が長いものだから、高い空に流れる雲を風の魔法で吹き飛ばす遊びをオレはこっそりやる。
そして紫音の説教も終盤の時・・・・・・。
「それでは自分がお伝えしたかった事は全てです。ご清聴ありがとうございました。
先程、魔術で二人方の筋肉を強制的に操ったことをお詫び申し上げます。
さあ奴隷大将ガルムさんを始めとした回復術使いの方々はどうか怪我人の治療をお願い致し・・・・・・」
誰かが紫音に尋ねてきた。
「筋肉を操るだと・・・・・・具台的にどんな原理で。
それとお前はどこ出身だ」
彼女も彼女で嬉しそうに答える。
「ええ、生物や地表や宇宙などに流れてあらゆるものに干渉する龍脈・・・・・・【電磁波・イオン・魔力波等の総称】のことですけど、それの本来の流れをこの輪ゴムのあやとりで狂わせて、意図的に生物の筋繊維を伸ばしたり縮めたりしているのでございます。もっと詳しくお伺いしたのであれば後で自分に尋ねてくれれば幸いです。
そして自分は地球の東京生まれでございます。確かこことは別の世界にございますよ?」
「ほう、そうか・・・・・・つまり実はこの世界全体に流れていると噂に聞く龍脈の道の配置をこの収縮する輪ゴムとやらで変流させ、龍脈に顕著に影響を受ける生物を間接的に自在に操る・・・・・・そういうことだな?」
「あらそうでございます。未熟な説明を深く理解していただくなんて流石でございますね」
「そうか・・・・・・魔法発展が乏しいと聞く異界のチキュウの者が、宇宙中にいる生物の筋肉を自在に操るなどの規格外の術を行使するとは・・・・・・そうか、そうか・・・・・・ああ」
この声・・・・・・まさかっ!?
「あああぁぁあああぁあああああああぁああああもうたくさんだっ!!」
仰向けに倒れていたベッカリーが急いで起き上がり、ここで発されている全ての音を塗りつぶすように狂ったように絶叫した!
オレは慄きながら呟く。
「まだ立てれるのか・・・・・・? 三度も高圧電流を喰らい、アードになます斬りにされ、ネクロやオレから何度も何度も重い肉弾を浴びたはずなのに!
どんだけ強いんだよこいつはっ!!」
「強い? ・・・・・・ハッ!!」
ふらふらと足元がおぼつかないベッカリーは、オレの言葉を嘲る様に吐き捨てる。
「俺様を強いとのたまったのかいお坊ちゃま?
たかだか過疎地でこそこそ盗賊やっているお猿の大将で、おまけに自分のことをわざわざ様付けして虚勢張っているこの俺様を・・・・・・?
んな訳ねぇだろどんだけ楽観的な井の中の蛙なんだテメェっ!!
チキュウとやらと違ってこの国じゃ、人々は神々や精霊を始めとした超常の存在と交流が深い・・・・・・つまりそれだけ超常の存在が人間や亜人共に規格外の魔法や智慧を授けれる機会が多いんだよ!!
現に見渡してみろちゃんとっ! 国や島を滅ぼせれる魔法なんて珍しくもなく、その魔法を複数取得した魔王や魔人を虫けらのように瞬殺できる剣聖や勇者が当たり前のように人の街を闊歩してっ!!
挙句の果てに龍脈どころか法則すらも、落書きするみたいに改ざんできる天使もいるんだが!?
まあ本当の真打は魔力無しの悪魔さっ!!
誰もがあいつの足下にすらも及ばないっ!!
わざわざ龍脈を操れる魔術師が、チート共が飽和している国になんでやってきた!? ・・・・・・もうたくさんだっ! この世界は、全ての世界は狂っている滅茶苦茶だ。
なんでこんなポトゾルの劣化版みたいなか弱い俺様が、こんないつ消滅してもおかしくない世界で生きなきゃいけないんだっ!!」
涎を垂らし、頭を抱え、発狂するみたいに長々と自分の心内をぶちまけたベッカリーは、
「せめて平和主義者の皮を被ったチート魔術師・・・・・・あの偽善悪魔と酷似したテメェだけは道連れにしてやる!!」
二足歩行することも忘れ、文字通りの死に物狂いで両手両足使って紫音に這い寄ってくるっ!!
紫音もただ怯えて動かないわけではない、
「なるほどあなたの心からの言葉に、自分は響きました・・・・・・ですが脅威に怯えたからと言って、何もしていない相手に危害を加えても良いというものではございませんっ!!」
両手にはめているあやとりの輪ゴムを動かし、ベッカリーの筋肉を攣らせて無力化しようとする・・・・・・が、
「止まらないっすよ、全然っ!」
それでも奴は筋肉が攣る痛みに耐え、カナネさんの毒矢とレパントの雷撃とウシミツの呪術をくらいながらも、お構いなしに進んでくる!!
そして、
「ああ輪ゴムが全部千切れてしまったのでございますよっ!!」
紫音の筋繊維を操る魔術も使えなくなってしまったのか!?
「も・・・・・・もうあいつを止められないの?」
「いや、まだ策はあるよネクロ・・・・・・オレの体に強化魔法をかけてくれないか」
オレの呼びかけに、ネクロはこちらまで疾走し、両手から淡く光を発してオレに浴びせる。
ああ力がますます湧いてくるのがわかる。
ベッカリー・・・・・・あんたはこの世界はチートだらけだと叫んで自棄になっているが、まだ誰か一人見落としているはずだぜ?
規格外の魔力を女神から押し付けられたこのトライ イナリがなっ・・・・・・!!
「『増速』・・・・・・っ!!」
紫音が説教している時にこっそり発動していた風魔法だっ!
その吹き荒れる暴風でオレの体をブースト代わりに押しのけさせ、そのまま盗賊の頭領ベッカリーを、『ソードフェイカー』の放射線とネクロの魔法で最大限まで強化した全身全霊の拳で奴の鼻頭を殴りつけるっ!!
攻撃する瞬間に、オレはたしかに手ごたえを感じた!
相手の肉と骨の軋む音が、自らの拳に伝わっていく。
その瞬間、ベッカリーの手からアードのノコギリが放され、地に落ちる。
奴は遥かかなたまで飛ばされ、そして向かい側の岩壁まで轟音とともに強打し、やっと倒れて地に伏したのだ。
吹っ飛ばされた奴の軌道内にある全ての木々の幹は切断されたように折れ、土ごと根が掘り返されてる。
ぶつけられた岩壁の方も、奴がぶつかった部分を中心とするよう亀裂が深く走り、粉塵が舞ったのだ。
だがこれで終わりじゃない・・・・・・こんな強者を野放しにしてまた目覚められたら、それこそもうオレでも勝てないかもしれない。
オレはすぐにレパントから鎖を借りてベッカリーの方まで急いで駆ける。
ちなみにレパントは雷魔法で、残党達を片付けているけど。
ベッカリーの方までたどり着いたオレは、微かな含み笑いを聞き取った。
「くくっ・・・・・・やっぱりてめぇも規格外だったか・・・・・・」
奴はまだ失神していなかった。
二段重ねに強化され、風魔法で速度をこれでもかと上乗せした本気の拳をもろに受けたにも関わらずにだ。
だが、素人目からでもわかるように奴はもう闘うどころか立てれない程傷をたくさん負っている。
掴んでいる自分の魔杖を鞘まで戻す。
「痛むだろうが拘束させてもらうぞ」
「ふん・・・・・・殺さんのか。まったくこの国は化け物と偽善者だらけだな」
そんなベッカリーの言葉を聞き流しながら、オレは奴の動きを鎖で封じようと苦戦する。
「すぐに回復させないと。暴れるなよ」
ベッカリーはしばらく黙ってされるがままになっているのだが、すぐに・・・・・・。
「おいお坊ちゃま、俺様ごときを強者扱いしたあんたはどう思う。
化け物共が蔓延るこの世界の狂い具合を・・・・・・」
そう無愛想に話しかけてくる。
「そうだな・・・・・・」
少しの間言いよどんだが、オレは思ったことをそのまま答えた。
「何かあったら、『チンピラ』が何とかしてくれるんじゃないの?」
「クカッ・・・・・・なんだよお前知ってたのか・・・・・・魔力無しの悪魔のこと・・・・・・」
そしてベッカリーは少し黙った後、表情を柔らかくして憑き物が落ちたように穏やかな声で呟く。
「なるほど・・・・・・けっ、だからこの世界は未だにしぶとく壊れないんだな・・・・・・。
暴漢悪魔に平和を護ってもらえるだなんて世も末だぜ・・・・・・ところでおまえ縛るの下手だな」
余計なお世話だ。
なぜか奴が上機嫌になったっぽいな、琴線にでも触れられたか?
「おい、お坊ちゃま」
「お坊ちゃまって呼ぶな、オレの名前はトライ イナリだ」
「いや俺様は断然お坊ちゃまって呼ぶぞクソガキ」
ベッカリーはじろじろとオレの鞘に収まっている杖を眺めてにやけて呟く。
「その魔杖・・・・・・加齢臭漂う剣聖が狙っているものだぞ。
なにせ奴の弱点だからなそれ。
あ~あ、放射線を貪る剣聖がトライを切り刻んでいるところを眺めたかったのによう・・・・・・」
※カナネが所持する『避雷針矢』は、非戦闘時にはその矢の効果【近くにある魔法物を引き寄せる】を封じる袋に入れています。
ご覧下さりありがとうございました。