伯爵、屍妖精
※主人公イナリは新聞を四コマ漫画以外基本読まないタイプで、国王と魔王が手を組んでいることについて知っていません。
最近改稿した時期は2019年4月5日。
※最初は三人称視点で始まります。
※ウェーデンス国王城の回廊での会話。
「王女様・・・・・・ご質問があるのですが・・・・・・」
「どうぞ」
「王様が前に下された、例のスパイ任務について、無礼ながら進言致します。・・・・・・国の明暗を左右しかねないはずである異界侵入者達を諜報する役を負った騎士の中に、・・・・・・その、どうにも向いてないとしか思えないような者がいるのですが・・・・・・。
国王様はなぜ彼女を、例の任務に就かせることをお認めになられたのですか・・・・・・?」
「ああ・・・・・・ネクロさんのことですのね? 他に考えられるのは・・・・・・」
「ええ、その通りでございます。自分はどう考えても、戦闘と馬の世話くらいしか能の無さそうなあの者が、うまく諜報を遂行できるのか、さっぱり見当がつきません・・・・・・」
「大丈夫ですわよニカリス伯爵。ネクロさんが能無しという理由がありますから、ワタクシめは彼女を例の任務に採用したのですの」
「なんですって・・・・・・王女様、どういうことなのですか・・・・・・」
「まあ後々わかることですから、案ずることではありませんわ。・・・・・・ところで昨日釈放された彼は、まだこの城内に居座っているので?」
「いえ、あの国騒がせは、大人しく出ていきましたよ。この件についても今、お尋ねさせて頂きますが・・・・・・なぜ国王様は、あの化け物を野放しにしたのですか!?
例の国際問題の原因ですぞ!!」
「では、ニカリス伯爵は彼を未来永劫地下牢に閉じ込めるための方法を思いつきますか?
あるいは処刑できる方法とか・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「まあ一応彼もワタクシめと同じ『トックホルムス同盟』の一員ですしね、お互い健全な関係を保つ方がよろしいのですのよ・・・・・・こちらの利益を享受するためにね・・・・・・フフッ」
「マルウェー国が平和ボケしているから、あのうつけの事件をここまで穏便にできた・・・・・・ところで国王様・・・・・・」
「何かしら? ワタクシめの髪を先程からちらちら眺めて」
「うむ。国王様の旋毛ら辺に、ピョッコンと一本の阿保毛が見えますが」
「そこのメイド。あの伯爵を粛正するために、処刑人を今からいつもの広場までお呼びくださいませ」
「タイガ殿、お助けえぇええええぇええええええっ!!」
※次からは舞台を王城から都に変えます。
「くそっ! 全然イナリ君達見つからない・・・・・・もう街中ほとんど捜したはずだぞ!!
ブリュンヒルドちゃん、様子は?」
かなり焦った様子のブルーサワーと珍しいことに彼の威圧に押されているブリュンヒルドが、ルミリーの魔法で使えるようになった索敵超能力『千里眼』で、王都そこら中を見渡しているのです。
「我もまだ発見できないでいる!」
ルミリーが脳内で、魔法術式を整えながら恐る恐るブルーサワーに尋ねます。
「理解不能です、ブルーサワーさん。
特に親しくもないイナリさんに同情し、副作用がある超能力を酷使してまで捜すことについてです。
そもそも信じられない内容ではありますが、法王や天使、チンピラに、彼は狙われているとブルーサワーさんはおっしゃったではないですか。
イナリさんを手助けするということは、天下無敵と名高い『トックホルムス同盟』を敵に回す行為と同義です。
即刻捜索を中断することを私は推奨致しま・・・・・・」
「ちょっと黙ってて!! ルミリーちゃん!」
いきなり声を張り上げたブルーサワーに、ルミリーは飛び跳ねるように驚き、すぐに怯えながら黙りました。
彼女の様子に気づいたブルーサワーが、申し訳なさそうに語ります。
「いきなり声を張り上げてごめんねルミリーちゃん。
でも言い訳させてくれよ。イナリ君が死んでしまえば、彼を慕う(?)アードちゃん達が悲しむだろう・・・・・・!
ボクちんってやつは、女の子の涙を流すことについて、どうしても許せない野郎さ・・・・・・だから、彼を見捨てることは出来ないんだ」
ブルーサワーが一息入れて、おちゃらけさを戻して続きを言います。
「それと、『トックホルムス同盟』を恐れる心配はないよ?
イナリ君に告げ口するのはボクちんだけだから、ブリュンヒルドちゃん達は奴らに狙われることはないのさ☆」
しばらくルミリーとブリュンヒルドが見つめ合って、ブリュンヒルドが、
「ぶひゃっ!?」
ブルーサワーの頭めがけて、激しいチョップをかましたのです。
痛みで震えて何が何やらわからないブルーサワーに対し、荒いため息をついたブリュンヒルドが不満そうに腕を組みました。
「貴様は我らを愚弄しているのか・・・・・・?
我らは自分の命さえ良ければ、何でもいいと・・・・・・本当に思っているんだな?
全く・・・・・・我々は同じチーム・・・・・・つまりは、仲間だろ!!
貴様の事を見捨てるわけがない!! 生きる時も死ぬ時もいっしょだ!」
彼女の言葉に衝撃を受けたブルーサワーは、
「うぅ・・・・・・みんな・・・・・・」
震えて泣きそうになるのでした。
しんみりしている雰囲気時に、ルミリーが、気まずそうに挙手をしました。
「すみませんが・・・・・・このパーティーを私は抜けたいと、許可を求めます。いいですよね?」
彼女が発した言葉の後に、しばらくは何とも言えない沈黙が生まれました。
その静寂さを打ち破ったのは、
「あらこんにちは。ブルーサワー君にルミリーちゃんにブリュンヒルドちゃん・・・・・・どうしたの? 何かあなた達困りごとの様だけど」
なぜか街中で鍬を持っている、三角頭巾を被った中年の緑髪の女性・・・・・・ミレーでした。
彼女が商店街通りを歩いて冒険者ギルドに向かっている時、ブルーサワー達と鉢合わせしたのです。
「ああ、ミレーさん・・・・・・ところで質問だけど、黒髪色男ちゃんのイナリ君見かけました?」
いきなりのブルーサワーの質問に、ミレーは自分の頬に左掌を添えて答えます。
「イナリ君・・・・・・確かカナネちゃんのボーイフレンドの事よね。東南門近くの武器屋兼鍛冶屋で会ったん・・・・・・」
「『赤茶髭ドワーフの工房』だね!? ありがとう!!」
彼女の説明も最後まで聞かずに、急いで例の店まで駆けるブルーサワー。
「あ、おい待て!」
彼に続き、ブリュンヒルドも走り出します。
「「・・・・・・・・・・・・」」
彼女らを黙って見送るルミリーとミレー。
ミレーが、傍でぼおっと立っているルミリーに質問します。
「確か、怪鳥に悩まされているタマニアス町の先の先に、魔王城ってあったはずよね?」
※次からは、語り手を主人公のイナリへと代えます。
女の子が、チンピラに絡まれていた。
「へっへっへっ・・・・・・おれの女になれよ」
「あーれー・・・・・・誰か助けてなんだよ」
オレはカナネさん達に告げる。
「さて、武器も仕入れたことだし、ひとまず宿屋に戻ろう。
魔王城に行く時の交通手段について、どうしようか・・・・・・?」
そしてオレ達は、バカ二人を素通りし、この場から離れようとする・・・・・・が・・・・・・。
「稲荷さん。なんだかあの方、困ってらっしゃるみたいですよ?」
紫音が心の底から困惑するよう尋ねたのだ。
あのなぁ君・・・・・・こちらは今、メイさんを一刻も早く救出するために急いでいるんだ。
一分一秒無駄にできないのだよ? ましてやくだらないことのために時間を割きたくない。
「へっへっへっ・・・・・・さっさとしないと、この女がどうなってもいいのか?」
「あーれー・・・・・・助けてー! トライ・イナリ」
・・・・・・オレの名前フルで呼んでんな・・・・・・初対面であるはずの見知らぬ女の子から。
「さぁ行くぞ紫音」
「ですが、稲荷さん・・・・・・」
「ヒソヒソ(おいおい、全然あいつ、こっちを向いてこねえぞ? 作戦間違ってんじゃねえか?)」
「ゴニョゴニョ(そんな訳無いんだよ。この手のハーレム野郎は、美少女が暴漢に絡まれているのを見て、ほっとくわけがない・・・・・・そういう習性持っている、そう小説で書いてあったんだけど)」
丸聞こえ丸聞こえ・・・・・・。
「おい、急いでこっから逃げるぞ。紫音、あいつらは無視し・・・・・・」
「見損ないましたよ! 稲荷さん!」
バチンッ!!
・・・・・・? いきなり衝撃が迸り、オレの視界がぐらついた!? ・・・・・・少し時間が経てば、自分の頬に、鈍い痛みが徐々に表れる・・・・・・。
「え? ・・・・・・え、紫音・・・・・・」
紫音は、目尻に水滴を溜め、息を荒くしてその右肘を曲げていた。
どうやらオレは、紫音を怒らせて、ビンタされたらしい。
一瞬でこの場の雰囲気が凍り付く。
震えている彼女は、嗚咽しそうな声で、優しくこちらに語り掛けた。
「稲荷さん。貴方は学校にいる時、僅かなことでも困っている方を見かけたら、積極的に助けてきたではありませんか・・・・・・そんなあなたを自分は純粋に尊敬しましたのでございますよ?
それなのに貴方は今、魔法を使えるはずなのに、頼れる仲間もいらっしゃるはずですのに、困っていらっしゃる方を見捨てようとしているのです・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・申し訳ございません。勝手な持論を押し付けるばかりか、先程は自分はなんて手荒くて酷いことを・・・・・・」
「紫音・・・・・・」
彼女は確かに変人だ・・・・・・あきらかな演技すらもそれが現実だと勘違いする程、騙されやすい人なんだ。
しかし、誰よりも優しくて、立派な人である。オレは、とても温和な彼女に、暴力を振るわせてしまったのか・・・・・・畜生、久しぶりに地球の学校生活を思い出して泣きそうになるぜ。
「ぎゃはははははははっ・・・・・・!! たしかに周回遅れ眼鏡の言うとおりだ! ッヒク!
おい、お人好し! ドチート持ちのお人好しならあの三つ編み女、軽々と助けてやれるだろ? ・・・・・・ぁは、腹痛ぇ・・・・・・ヒッヒッヒッヒッ・・・・・・ッッ!」
ガルムめ、全部分かっておきながらすっ呆けやがって! これ以上笑い転げるなら、アードに頼んでお灸据えてやるぞごらぁああっ!!
あーもー分かったよ!
オレは、なんか気まずそうに目を逸らしている彼らに、至近距離まで寄って耳打ちする。
「ヒソヒソヒソヒソヒソ(タイガ! さっきはしかとしといて悪かったな。詳しい状況はよくわからんが、演技に付き合うぜ)」
「ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ(すまねぇ、トライ・・・・・・まずおれがネクロ・・・・・・革鎧装着している娘の襟を掴むから、あんたがおれを殴り飛ばせ! そうしたらおれはお決まりの台詞を捨てて去るから、その後はネクロの話を聞くだけでいい・・・・・・頬っぺた痛むか?)」
「ゴニョゴニョゴニョゴニョ(あとで痛みを和ませる塗り薬貸すんだけど。
初めましてボクはウェーデンス国の騎士の ネクロ フェアリーデット というんだよ? なんだかごめんね)」
和ませる・・・・・・和らげるのほうが、しっくりくるような。
「ヒソヒソヒソヒソヒソ(そうか、気にしないでいいよろしくな。それとオレは恩人であるタイガを無視は別としても殴り飛ばしたくないが・・・・・・殴るふりだけでいいか)」
「ゴニョゴニョゴニョ(オーケィ! それで行こう)」
会議が終わった後、オレとネクロ達は距離を勢いよく取る。
そして作戦通りに、『チンピラ役』であるタイガが、『絡まれている娘役』のネクロの襟首を掴んだ瞬間・・・・・・。
落ちたのだ・・・・・・地面に。
何がって・・・・・・?
彼女の・・・・・・ネクロの頭が・・・・・・。
「う、うわぁあぁあああぁあああああぁあああああああああああぁぁあああああっっ!?」
何が何やら分からない! 人間の首って、服引っ張られただけで千切れるものなのか!?
絶叫しているオレの耳に届いたのは、相変わらずなガルムの笑い声と、カナネさんの気付けだ。
「落ち着けイナリ! 彼女はデュラハン。最初っから胴体と頭が分離できる亜人だ!」
あ・・・・・・?
体から離れ、地べたに転がっているネクロの頭の方から声がする。
「ゴニョゴヨ・・・・・・ヒソヒソヒソ(痛いんだよ・・・・・・何やってるの? さっさとサンドバッグを殴るはずなんだけど)」
あ、ああわかった。
「チンピラよ、彼女を離せ!」
タイガの顔の横すれすれにある空気を、オレは遠慮なしに殴った!
「ぐっ・・・・・・ぐわぁあぁああああああああああっ!!」
あざとらしくタイガは、自分の足で後ろまで吹っ飛んでは倒れ、もがき苦しむふりをする。
「て・・・・・・てめぇ覚えてろ!」
そうテンプレ的捨て台詞を残して、立ち上がった暴漢役は背中を見せて向こう先まで走っていった。
・・・・・・・・・・・・。
そして戻ってきた。
「もう・・・・・・バレバレだよな・・・・・・?」
うん、最初っから。
再開した時から紙袋を持っているタイガが頭を掻いて、事情を説明する。
「おれは一昨日マルウェー国まで旅行しててよ。昨日帰ってきたところだ。
昨夜、王が城の部屋一つをおれに貸してくれたから、そこで休んでいたところに、この嬢ちゃんが鉄格子越しに頼み込んでよ。
『トライの前でおれがネクロを絡み、そこにトライが助け、ごく自然的にネクロがトライを惚れているふりをして仲間になる』という作戦を、おれ達が立てた。
・・・・・・要するに、ネクロはあんたのパーティーに入りたがっているんだってよ」
「そういうことだったんだ。なんとも回りくどいことを・・・・・・ん? 鉄格子?」
オレは恐る恐るネクロの頭を拾い、・・・・・・グロいな・・・・・・わたわたしている彼女の胴体に渡した。
「というか、仲間になりたかったら、そのまま言ってくれても良かったのに・・・・・・」
「何だ、無駄な努力だったんだね・・・・・・それじゃあ改めて、ボクを仲間に入れてくれるかな・・・・・・?」
うん。出会い頭から怪しくて滅茶苦茶迷うな。何か彼女から下心がありありと溢れているような気がする。・・・・・・いつものパターンか・・・・・・。
ちなみにボクっ娘のネクロの特徴だが。
髪色は淡いピンクで、髪型は、襟足左右から腰まで伸びている大き目の三つ編み。
ルミリーと印象が似ているような、表情が乏しい顔つき。
無気力そうに半分まで開いている藍眼。鼻頭ら辺に軽くそばかすがある美少女。
頭と胴体が離れている亜人とは思えないような白い肌。
服装だが、断面を隠すよう首元には黒いマフラー。黒セーラー服の上に革鎧を重ねている。
革鎧についてだが、胸元に狼と針葉樹林を組み合わせた紋章があった。
ベルトには、鞭を装備してある。
下の方はプリーツスカート【作者注:短パンを履いてます】。黒と白の縞柄を持つ靴下・靴はブーツ。
肩にリュックを背負っている。
背丈はアードよりは少し高く、年齢は見た目十代前半位か。
タイガが口を開き、
「そんじゃ、おれはこれで失敬するか・・・・・・あっそうだ、これ良かったら食ってくれや。おみやげだ」
持っていた紙袋から紙箱を取り出し、オレに渡す。
その箱表面には『マルウェー温泉饅頭』の文字と丸い食べ物のイラストが記載されていた。
「おっ、ナイスじゃねえかカチューシャ三白眼。ちーっと頂くぜ」
ガルムがオレの手から箱を掠め取り、乱暴に開けて無遠慮に入ってたまんじゅうを食べる。
「あっおい! イナリがもらった物だろう、奴隷の分際で勝手に食べるなっ」
「毒見を引き受けているだけなんだよ? もぐもぐ」
「貴様、イナリから仲間と認められてないのに、どさくさに紛れて彼のお菓子を奪って頬張るんじゃない! 厚かましいにもほどがあるぞっ」
タイガが背を向け、挙げている片手を振って歩みだす。
「じゃあなみんな・・・・・・」
「どうしますっすか? そのデュラハン・・・・・・」
あ、アードのこと少しばかりほっといてた。
彼女の声の方に振り返ると、なんと、カナネさんの背後に隠れていたのだ。・・・・・・怯えている?
「おいら聴き取りましたよ、彼女がおっかない騎士だって。国王から処刑されますよ、下手な言動をしたら。入れるんですか? このパーティーに」
アードって、役人が苦手なのかな・・・・・・。
そうだなぁ・・・・・・。
「詳しく知らないけど、騎士って国に仕えてんだろ?
役人であるはずの騎士が、冒険者のグループに入りたいって、どう考えても内通者くらいしか理由が思い浮かばな・・・・・・」
喋っている時、オレは気づいたのだ・・・・・・彼女が肌一面に脂汗を一瞬で浮かばせ、左右の眼球をゴロゴロ動かして動揺している・・・・・・あ、顔を自分の胸にうずめて表情を隠し始めたぞ。
オレは一つ尋ねる。
「オレ達は魔王城に殴りこむ目的で旅立つんだが、あんたがオレ達の仲間になれば、それに付き合わされることになるぞ・・・・・・付き添う覚悟と実力はあるのか・・・・・・?」
その言葉に、ネクロは激しく首肯した。いや、掴んである頭を上下に振り回した。
「・・・・・・よし! それじゃあ認めてやる」
「何!? イナリ・・・・・・先ほど、奴は内通者という単語に、わかりやすく反応したぞ! こんな裏切り確定の敵を、仲間に認めるなど・・・・・・!」
「カナネさん・・・・・・別にオレ達が今からやることは、国が困ることではないはずなんだ。
後ろめたいことさえしなければ、スパイなんていても何の問題もないと思うよ。
その上目的が目的だ・・・・・・魔王軍と戦うには、スパイでも何でも戦力に取り込まないと、きっと勝てない・・・・・・」
「フフン、賢い選択を選んだんだね? 平民なら国家権力に逆らわないのが、基本なんだよ。
ましてや国から特別に人権を授かった異界転移者ならなおさらさ。
『長い物には抱かれろ』だよ?」
右腋に頭を挟んでいるネクロは、自信満々に威張って・・・・・・え~と・・・・・・。
「あらあら、なんだか言葉に誤りがあるのでございますよ? 『抱かれろ』ではなく『長い物には巻かれよ』ではないでしょうか・・・・・・?」
掛けている眼鏡をクイクイ持ち上げている紫音の一言に、頭を首の上に戻したネクロは『何っ』と驚愕し、
間髪入れずに、
「ふははははっ! 国の諜報者のくせに読み書きもできぬとはな!
それと貴様が先ほど言った、『選択を選んだ』のとこは重複表現じゃないのかな?」
カナネさんがうれしそうに追い打ちをかけてきたのだ。
いいやまだ終わらない。
「んだよ。確か騎士様は英才教育受けてるって噂で聞いたんだが、肩透かしかよ落胆したぜ。
誤字騎士ってあだ名つけるか」
呆れたようにガルムも畳みかける。
そんなみんなに、さっきから戦慄しているアードが、
「怖くないんすか? みんな。相手にしているんですよ、国を。・・・・・・処刑されます、王を怒らせたら・・・・・・」
忠告してきたのだ。
「おや、君はちゃんと正しくボク達騎士の威光に気づいて・・・・・・」
「でもおいしそうっす、ものすごく。好物なんですよ? おいらはアンデットが。
パン三斤はいけますね、君から溢れる臭いを嗅ぐだけで」
なんかアードの口から涎が溢れている。それを目にしたネクロは衝撃を受けて震えてしまった。
オレは彼女の肩を軽く叩いた。
「な、何か困ったことがあったらオレに頼れよ・・・・・・な?」
そうオレが言ったら、彼女は、
「うわぁあああああああん! トライ・イナリ!」
滂沱してこちらに飛びついて抱き着いてきたのだ!?
「うっうっうっ・・・・・・ボクの味方はトライ・イナリだけなんだよ」
なんかその涙・・・・・・演技とは思えないな。というか、諜報対象であるオレになついてどうするんだ君は!? そんなこと言ってくれる事体は結構うれしいけどさ。
「つーか、デュラハンって、アンデットじゃなくフェアリーの類じゃなかったけ?」
「フェアリー・・・・・・? ではどう説明するんすか、彼女から微かに溢れる死体臭さを。アンデットですよ、あれは」
「まあでは間を取って、アンアリーなんていかがでしょう・・・・・・?」
「ふん! それよりもっと良い呼び方があるぞ。きな臭い下衆とな・・・・・・」
ガールズトークしている彼女たちの方に、ネクロは自分の首の断面図を向けて、
「黙って聞いてたら、調子に乗ったことを言いやがってなんだよ・・・・・・『デュラハン族に伝わる㊙奥義・・・・・・血液大砲!!』」
その部分から自身の血をぶちまけたのだ!?
「うぇ!? 血か!! うちはグロいの嫌いなんだよ」
「やりましたよ!! 血ですよ血! しゃぶるのです、おいらの体に付いたのを。久しぶりのごちそうだ!!」
ネクロの血を浴びた彼女達は、狂喜乱舞しているアードを除いて嫌がっている。
ビキニアーマーと服もびしょびしょで、なんかそこから生臭い匂いが・・・・・・。
「まったく何喧嘩してんだよ・・・・・・汚れを取るぞ、『浄魔』」
オレは掌を彼女達に向けて、汚れを取ることに特化した水魔法を発射する。
そして、
「イナリ!? 済まないが、放出する水量を下げてくれないか?」
なんか、自分が思ってたよりも激しく魔法が溢れだしたんだけど・・・・・・!
『浄魔』は、周囲にある汚れや火、呪い等の量に応じて排出する特徴を持つ。・・・・・・まあ術者が意図すれば威力の増減や停止も出来はする。
もしや、だいぶ前に博物館前で繰り出した『浄魔』の暴走は、オレが魔法使用に慣れてないからだけではなく、ワカメ髪のジルコニーがあたりかまわず放射線をばらまいて、それをオレの水魔法が反応したからじゃないのか・・・・・・?
おっと、考え事している場合じゃないな、ストップストォップ!
『浄魔』を止めたオレの視界先には、ずぶ濡れになったカナネさん、アード、ガルム、紫音、彼女らの背後で屋根無し荷台車を牽引してたモンスター・そいつの手綱を取っているおっちゃん、
荷台上の金属のゲージに入れられた熊がいた。
どうやら、彼女達の血の汚れは取れたらしい・・・・・・。
「ちょっと何するんだっぺ!? いきなり水を浴びせかけるなんてひどいんだぁあ!」
一張羅と体がビショビショになっているおっさんが、運転していた車を止め、とても憤慨した様子で、こちらに文句を投げつけたのだ。
「すいませんでした!」
そうだ、『非酸』で、水気だけを灰にすれば、一瞬で乾くはずだ。
「うっううぅ・・・・・・」
炎魔法を繰り出そうとしているオレに、ネクロはオレが着ている赤いケープの裾を引っ張ってくる?
頭部を肘で挟んでいる彼女は青ざめた様子で、弱々しく呟いた。
「貧血なんだよ・・・・・・頭がくらくらする・・・・・・」
そりゃあ自分の血をあたりかまわず発射したら、そうなるわ!!
にしても、どうするんだ、貧血治療の薬なんて持ってないぞ・・・・・・紫音のバックとかにあるかな・・・・・・?
「チッ・・・・・・」
苦しんでいるネクロを見て舌打ちしたガルムは、持っている鉄パイプで、ネクロの頭を思いっきり殴った!? 金属音があたりに響く。
そんなに生臭い汚れ嫌だったの! それともネクロの愚痴が癇に障ったとか? それにしてもやりすぎでは・・・・・・。
「大丈夫か!? ネクロ!」
殴られた彼女の顔を確かめると、怪我が見当たらないどころか・・・・・・。
「痛いんだけど・・・・・・あれ、痛みが引いて・・・・・・貧血も治っているの!?」
徐々に顔色が良くなってくる・・・・・・? 回復対象者を攻撃することが、ガルムの治癒魔法の発動条件になるのか?
「『暴力的治癒』・・・・・・術者が与えた打撃の威力に比例して、衝撃を受けた方の回復スピードが高まる治癒魔法だ」
「おわっああ! 蟲熊が、水を被って元気になっただぁあ!!」
次から次になんだよもう・・・・・・モンスターの手綱を取っていたおっちゃんが、何やら困り事らしく取り乱していた・・・・・・・。
「蟲熊?」
オレの疑問に、カナネさんが答える。
「蟲熊とは、熊と緩歩動物クマムシの合成獣だ。
宇宙空間でもなんなく生存できるほどの生命力を持ち、一般の熊よりもはるかに高い膂力を持つモンスター。
その図体に見合った分の水を被れば、どんな種類の呪いだの状態異常だの傷だのを受けていても、一瞬で全回復するでたらめな生き物だ。
そいつが乾眠という状態になれば、太陽の中だろうとブラックホールの地表だろうとも平気で命を保てるなんて噂もある・・・・・・ちなみに冒険者ギルド協会ではそいつを、C級レベルのモンスターと認定しているぞ」
この国、ブラックホールの存在も認識されてるんだな。
「へぇ~これでもC級モンスターなんだ・・・・・・その熊、ゲージに入っているから大丈夫だよな・・・・・・?」
「ああそうだっぺ。その檻には強度を高める魔法がかけられているから、あいつが檻から出るなんてことはないんだぁ・・・・・・」
水を受けたことによって、活発になった熊は狭い鉄格子の中を暴れまわっている。
・・・・・・なんか、その鉄格子に・・・・・・水滴がついている。
それもそうだ、さっきオレが、聖属性以外のだいたいの魔法効果を濯ぎだす『浄魔』を広範囲にぶちまけたからな・・・・・・つまり。
「おわぁああ蟲熊が、檻を破ったぞぉ! みんな逃げろぉおっ!!」
かけた魔法が流されて、鉄格子が元の強度に戻ったんだ!
くそぉっ!! いつになったら前に進めるんだ!? メイさんを一刻も早く助けたいのに!
化け熊が、のっしのっしと壊れた檻を潜り、荷台から降りる。
「ふぐぉぉおぉおおおおぉおおおおおおおおおおおおっっ!!」
そして奴が呻くような声で鳴いた。
そのモンスターの特徴。
テレビで見たことあるヒグマを一回り大きくしたような姿で、耳や毛の質感やシルエットは熊そのものだが、顔が異様に不気味で、普通の熊にあるはずの眼と鼻と歯が見当たらず、面の中央部に円形の口があり、それの周りには灰と青色を混ぜたような色を持つ角ばった花びらみたいなのが付いている。
「ここはボクの出番だね?」
ネクロ? あんたが戦うのか!?
「トライ・イナリ・・・・・・君は言ったんじゃないの? 魔王城に殴りこめる覚悟と実力はあるのかってね・・・・・・今ここで見せつけるんだよ!?」
そう言ったネクロは「身体強化魔法」と叫んでは、自分の三つ編みを掴み、モーニングスターみたいに頭部を振り回す。
え!? そうやって闘うスタイル? じゃあ、あんたのベルトに取り付けてある鞭は何に使うんだよ!?
こちらに向かってくる化け熊に対し、ネクロは自身の頭をぶつけようとするのだ。
そして蟲熊は盛大な音を鳴らしながら倒れた。
しかしそれは、ネクロが攻撃したからではない。
いきなり何の脈絡もなく地に伏した化け熊に、とっさに対応出来なかったネクロはブレーキしきれず、その熊に躓いては転んでしまい、ついうっかり持っていた頭を勢いよく放り投げてしまった。
飛ばされたネクロの頭は、
「お~い、色男ちゃん! 良かった、見つかった。聞いてくれ、実は君はスパイに狙われて・・・・・・ぶごっ!!?」
タイガが去っていた道を駆けてこちらに向かってくるブルーサワーの顔面に、ぶつかったのだ!?
鼻血を出してしまったブルーサワーは憐れ、気を失って仰向けに倒れた。
それとネクロの頭が地に転がっている・・・・・・。
「あらあら、あの方大丈夫でございましょうか? 熊さんに怪我させるのは良くないのでございますよ・・・・・・?」
声を発した紫音の方に振り向くと、彼女は、ケルター語辞典を腋に抱え、首を傾げながら二つの輪ゴムであやとりしていた。
「え~と、紫音。その輪ゴムは? ・・・・・・何かやったのか君は・・・・・・」
「はい! 自他関係なく生物の筋肉を強制的に収縮させる魔術を行使したのでございますよ?
先程自分は、この輪ゴムであやとりすることにより、周囲の龍脈の動きを乱れさせ、その影響で熊さんの後ろ脚等の筋肉を引き攣らせて無力化したのでございます。
少し可哀そうなのですが、お水を与えれば問題なく熊さんは状態異常を回復するのでございましょう・・・・・・?」
・・・・・・・・・・・・紫音TUEEEEEE。
「あんたが倒すのかよ!? 空気読めよ、紫音!! 今、ネクロが闘おうとしてた時じゃん、横入れしちゃだめじゃないか!」
オレがそう注意しても、紫音はあっけらかんとした態度を貫いている。
「それは失礼したのでございます・・・・・・ところでブルーサワーさんは大丈夫でございましょうか・・・・・・?」
あ、そうか忘れてた。
気絶しているブルーサワーの方を向いたら、気を利かせたガルムが彼を軽く蹴って、ネクロから受けた傷を回復させているところだ。
うっとおしそうにしているガルムが、未だ目を覚まさないブルーサワーに苛立っている。
「たくっ、さっさと起きろよ・・・・・・『喝入れ』!!」
ガルムがそう叫んで、ブルーサワーの腕を踏んづけた瞬間、
「うわ、えっ!? 何? 何!」
彼が跳び起きたのだ。・・・・・・気を失っている人を目覚めさせる魔法?
「うっ腕が痛い!? 何だ何だ! ボクちんに何が起こっているの?」
「ブルーサワー。どうしたそんなに慌てて・・・・・・?」
「そうだそうだ! ボクちんは君に伝えることがあったんだった」
ブルーサワーがオレに手招きして、耳打ちしてくる。
「ヒソヒソヒソヒソヒソ(ああ、イナリ君。いきなりで信じられないだろうが、国王の方針で、国民登録した異世界転移者は全員、秘密裏に国からの監視を受けることが決まったらしい・・・・・・つまりはスパイが君に近寄ってくるんだ)」
うん、知ってる。
「ゴニョゴニョゴニョゴニョ(だから気をつけろよ! あと法王や剣聖、天使とかにも注意するんだ!)」
法王、剣聖・・・・・・天使ってまさかあのフォルエルちゃんじゃないだろうな?
オレも小声で返す。
「なぁ、そんなことオレにばらしたら、あんたも国の厄介者になるのでは・・・・・・?」
ブルーサワーは、オレの言葉に、自分の身の危険を感じて身震いするも。
「そこは心配しなくていい。なんとかやっていくさ。アードちゃん達をよろしく頼むよ・・・・・・」
目に光を宿して力を込めて、言葉を届けるのだ。
「そうかわかった。ありがとうな!」
用を終えたブルーサワーは、
「君に会う道中で、運悪くチンピラと遭遇してしまってさ。
彼に恨みを持つブリュンヒルドちゃんが攻撃を仕掛けてる。
ほっといてもあの二人なら大丈夫なはずだが、彼女の戦闘で、周囲に迷惑は掛かるだろう。彼女をなだめるためにこれで失礼するよ」
すぐにその場から急いで去った。・・・・・・チンピラってタイガのことか?
「うう、どうすんだぺぇ・・・・・・熊を檻に入れて運ばなきゃいけないってのによぉ」
化け熊を運んでいたおっちゃんが、頭を垂れて困っている。
それについては、
「大丈夫なんだけど、おっちゃん。さっき、ボクの騎士に、通信機器でそのことを連絡したから、すぐに代えの檻を用意し、呪術師も呼び寄せて駆け付けてくれるはずなんだけど」
自力で自分の首を拾ったネクロが解決してくれる。・・・・・・通信機器ってターゲットであるオレの前で言っちゃっていいのか?
「おお・・・・・・ありがとう、嬢ちゃん」
もう・・・・・・何のハプニングもないな・・・・・・ないな、よし!
さて、取り合えず宿屋に戻ろう・・・・・・明日この街を出発することにする・・・・・・いろんな生活必需品も武器屋に行く前に買い揃えてる。問題は無いな。
オレはため息をついて呟く。
「あ~・・・・・・本当に疲れた。気疲れだ」
オレの身を案じたカナネさんが、紙箱をこちらに渡してきた・・・・・・。
「イナリは慣れていないこの国で、頑張りすぎでは?
奴隷と敵が毒見したお菓子だ。私も頂いたところ問題はないみたい・・・・・・くたびれた時は甘い物に限る」
「そうか、ありがとう。まあタイガがそんな毒を仕込むなんて酷いことするわけないがな」
饅頭をオレは頬張る・・・・・・。
「あら、稲荷さん。なにか悲しいことでもあったのでございましょうか・・・・・・?」
いいや、違うよ紫音。これは嬉し涙さ・・・・・・君も食べてみなよ。すごく懐かしいよ・・・・・・。
この饅頭・・・・・・日本にあるものと味が全然違わない。
ありがとうタイガ。これでまた頑張れる!
※そして次の日の早朝、場所は王都南門付近。
「まさかスパイが用意した馬車でいくとはな・・・・・・」
「うげぇ、何だその馬、首から上が無いじゃねえか。どうやって周囲を感知するってんだ?」
「コシュタ・バワーの コシュタン だよ。
目や鼻の代わりに空気の流れと地面からくる振動と神秘的な感知能力で周りを認知するんだよ? 一頭だけで大きめな馬車を長距離牽引することができるパワーとスタミナを持っているんだね」
「おいしそうっすね~。馬刺しかしゃぶしゃぶ・・・・・・・う~ん、迷うな~」
「まあ馬車なんて自分、乗ったことないのでございますよ? 馬刺しも未だに食べたことはございませんね」
「おいみんな、準備はいいか? もし忘れ物したら、取りに戻るだけでタイムロスだ」
オレ達は、ネクロが飼っている馬 コシュタン に繋がれている車部分に乗っている。
ちなみに手綱を取っているのは、飼い主のネクロだ。
馬車のタイプは四輪車で、屋根は、木の骨組みに白布を張りつけたドーム状のようなもの・・・・・・ネクロが言うには幌と呼ばれるものらしい。幌馬車。
大きさは、下半身が巨大な蜘蛛でできているカナネさんが乗ってても、空きスペースに余裕があるほどだ。
コシュタ・バワーの特徴は、ガルムも言ってた通りに首元から頭部分が無い。
淡い紫の毛を持ち、その筋肉質な体は、闘牛にも引けをとらない。
それじゃあオレが音頭を取っていいな・・・・・・?
またな。炎で煤けてしまったトックホルムス都・・・・・・いつか全員無事で戻ってくるぞ!
「では、魔王城に向けて、出発!!」
コシュタンが牽引する馬車が、大きな楼門を潜り、勢いよく王都の外へと駆けだした!!
※もしかしたらこの小説の本編は、作者の一身上の都合で、改稿は別として、半年以上続きを投稿しないかもしれません。ご了承ください。
王都編終了しました。
※『選択を選ぶ』という言葉は、本当に重複表現かどうか、作者は断言できませんから、読者の皆様は鵜呑みにしないようお願いいたします。