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残酷な世界で引き金を引け  作者: ネコパンチ三世
序章~始まりは突然に~
4/6

三射目 『世界の断片』

 周りに人影は無く、風が朽ち果てたビルの間を吹き抜けていく。

 かつての文明を感じさせる建物たちは使われる事のほとんどないまま朽ち果てていくだけ。

 土を踏む音を聞き飽き始めてきた頃、カナは今更とも言える質問を男の背に向けて言った。


「そういえば、お名前はなんて言うんですか?」


 カナの質問に男は今更? という顔をしながらも立ち止まり快く名前を教えてくれた。


「宇佐美だ、宇佐美幸一」


「宇佐美さんですか! 改めてよろしくお願いします!」

 

 カナは手を差し出し握手を求めると宇佐美は少しためらったが優しくカナの手を握り返した。

 その手はやはり温かく大きい。

 

「よろしくな、お前はカナって言ったか?」

 

 カナの握手に快く応じながら宇佐美も聞き返す形で質問した。

 

「はい、カナと言います!」


「苗字は?」

 

 宇佐美は先ほどからカナが自分の苗字を言わない事が不思議と引っかかった。

 普通、といえば少し違うような気がするが大抵の人間は相手に初めて名前を名乗る時は苗字を含めて言うものというのが宇佐美の中に一応の常識として転がっている。


「それがないんですよね、苗字」

 

 カナは少し困ったように答えながら笑う。

 宇佐美は戸惑った、苗字が無い人間などそうそういるものではない、仮に今の世の中がどれほど異常なものだったとしても苗字が無いというのは明らかにおかしかった。


「ない?」

 

 宇佐美は混乱したまま質問してしまったためか少し間の抜けた声が喉から出た。

 改めて言い直そうとカナの方を宇佐美が見るとカナは笑いを必死にこらえている事に気付く。

 カナは咳ばらいを一つしてから話し始める。


「すいません……でもそんなに変ですか? 私はあの酒場に生まれてすぐ捨てられていたそうなんです。その時着ていた産着に名前が書いてあっただけらしいですよ」

 

 あっけからんと重い過去をカミングアウトされた事により宇佐美の良心は痛んだ。

 この時代で親がいないという事は決して少なくない事だったが、それは残された子供にとっては喜ばしい事ではないのは人の心と常識があれば分かる事。

 宇佐美はこの条件をある程度満たしていたため気分が少し落ちる羽目になったのだ。


「そうか……そうとは知らずに無神経だったな、すまない」


「いいんですよ、気にしないでください」

 

 カナは宇佐美を明るく励ます、カナ自身はたいしてこの問題を気にしていなかった、捨てられていたと言っても結局は酒場の前店主に救われ今日まで何とか生き残れた事に感謝すらしている。

 だが宇佐美はカナの明るさに救われるどころかさらに凹む。


「それより、これからどこへ向かうんですか?」

 

 そんな宇佐美の心情を知ってか知らずかカナは話題を変えた。

 うつむきかけていた宇佐美は顔を上げる。

 

「これから、この22区の中央の町に向かい統括官に会う」


 カナは驚きを隠せなかった、そんなのはわざわざ死にに行くようなものだからだ。

 統括官は区のトップでいくつものややこしい許可を取らなければ会う事は出来ないどころか、許可も無く面会を試みても会う事はおろか生きて帰る事すらできない。


「あのー……会ってどうするんですか?」

 

 カナは恐る恐る聞いてみる。

 おそらく世間話をするとかお茶をしに行くといった穏やかな理由ではない事は分かっているが。

 だがカナは質問せずにはいられなかった、少ない平和的返答に若干だが期待していたのもあったがそうでなくともこれからの自分の生活の指針になっていく事柄だ、聞かずにはいられない。


「殺すんだよ、統括官を」

 

 宇佐美は当然のように物騒な言葉を口にした。

 その言葉には並々ならない重みが感じられる。


 カナは気を失いかけた、あまりの事に思考回路がショート寸前だ。

 頭を押さえ、意味も無く襲ってきた眩暈と壮絶な戦いを繰り広げている。

 

「なんでですか!? なんでまたそんな事を!?」

 

 スクラップ寸前の頭からどうにか生み出した言葉はシンプルな物だったが、シンプルな物だけにカナの気持ちを真っすぐに宇佐美にぶつけられた。



「奴らの持ってる『鍵』がいるんだよ」

 

 淡々と喋る宇佐美の話にカナの頭は完全に追い付いていなかった。

 スクラップに完全に変化した頭は逆に冴えてきた。


「鍵? いったいどこの鍵なんですか?」


「1区の門を開くための鍵だ」


「待って下さい、最初からお願いします」


「最初からか? 放すと長くなるし、俺は話し下手だからな……説明しないとだめか?」


「説明をお願いします、できれば分かりやすく」

 

 詰め寄ったカナの目に圧を感じた宇佐美は観念したようだ。

 

「分かった分かった……取り合えず寝床を確保してからだな、だいぶ暗くなってきた」

 

 いつの間にか、太陽は沈みかけていた。


 


 手近な廃ビルの中に入り、ほこりまみれの床の上に見つけてきたぼろぼろの椅子を置きたき火を囲んだ。 宇佐美はバックからオレンジの缶詰を取り出しカナに渡してから静かに話し始めた。


 二十三年前この国は、荒れに荒れて様々な問題を抱えていた。


 超超格差社会、食糧問題、弱腰の外交、政治の腐敗などである。国は富裕層と貧困層に国は真っ二つ別れ、話し合いといった平和的解決方法は全く役に立たず遂に国内で二つの派閥は戦いを始めてしまう。それを世に『崩壊戦』と呼ぶ。


 富裕層は金に物を言わせあらゆる兵器を使用し貧困層の人々はそれに数の力で抵抗した。流血は新たな流血を呼び、血で血でを洗う戦いに更に血をかぶせる様な戦いが三年も続いた。それはまさにけだものの食い合いと呼べる凄惨なものとなった。

 

 そんな中『真島』という男が率いる第三勢力が、突如現れるとその圧倒的な力で争いを治めこの国の政権を手中におさめた。

 彼らは、すべての国民に強い国作りが必要だと語り、古い世界の破壊と新しい世界への再生を目標に掲げた。真島のカリスマ性とも取れる魅力に次第に国民達は心酔していく。


彼らはまず外交を途絶し、また首都である東京に物資や優秀な人材を集め始めるとみるみる地方の人々の生活は苦しくなりついには餓死する者すら出始めた。それだけではなく富裕層の財産を没収しそれは全て軍事費に当てられ始めた。


 ないがしろにされた地方の人々はもちろん富裕層すら当然のように怒り敵だった二つの勢力が手を組み遂に十八年前『真島』率いる軍に対して大きなデモを起こし、東京の彼らの本拠地がある1区(この時は港区という名前だったらしい)に詰めかけた。

 それは凄まじい人数で道という道が人で埋め尽くされ、車の音や工事の音が全てデモ隊の抗議の声にかき消されたという。


 その一時間後、1区は静けさを取り戻すことになる、硝煙の臭いとうめき声、そして何千という屍の上で。

 それはデモ隊に軍が鎮圧と称する虐殺を行った結果で、これをのちに『1区事変』という。

 人々の体から流れ出した血は赤い川を1区に創り出し死者の無念をその地に刻み付けた。

 

 その後に軍は各区に広がっていた反乱の芽を間引くために各区で反乱分子が『いると疑われる場所』に対してガスや生物兵器、果てはミサイル等を使った掃討作戦を敢行し多くの犠牲者を出した。

 結果としてこの事件は、人々から『反抗』という牙を根こそぎ奪い代わりに、『恐怖』という鎖と『従順』という首輪をつける事になる。


 そして『1区事変』と後の掃討戦後に東京は各区の名称を廃止し二十四の番号と『統括官』と『管理官』を各区に割り振り、『真島』たちは1区に引きこもった。

 そのため、各区の統治は実際は統括官が行うようになり、それぞれの思想によって各区の治め方は大きく違いが出るようになった。

 先の掃討戦や後の反乱、鎮圧活動によって区の中に無人の空間やスラム街のようなものがあり、この廃ビルもそんな無人空間の中にあるという。

 

「ひどい話ですね……」

 

 カナは気分が深く落ち込んでしまわずにはいられない、他人事と言えばそれまでだが今の話をそんな言葉で流せるくらいカナの心は強くまた乱雑には作られてはいなかった。


「でも、宇佐美さんは1区に入りたいんですよね? わざわざ統括官の人たちを殺さなくても普通に行けばいいんじゃ……?」


「理由があるんだよ、理由も無しに人は殺さない」

 

 そう言っている宇佐美の顔はどこか寂しげだった。


「1区を開ける鍵は二十二ある、各区の統括官は二十二人で鍵を肌身離さず持っている、そして鍵はすべて無ければ1区の門は開かない、ここまで言えばわかるだろ?」

 

 宇佐美が、たき火に木の棒を投げ込むと火は勢いを増し棒をあっという間に飲み込む。


「ちょ、ちょっと待って下さい。それじゃあ、統括官の人たちも1区に行くときは全員で行かなくちゃ1区に入れないんですか? 変ですよそれ」

 

 何故そんな面倒なシステムになっているのかカナにはさっぱり分からない。

 とにもかくにも頭を抱えるだけだ。

 

「まあな、だが基本的に各区は独立していて、東京に二十二の国があると考えた方がいい。1区は基本的に各区に干渉しないし、たまに重要な命令を出すだけだから何度も集まって会議みたいなのもしなくていい、もし反乱分子が万が一鍵を手に入れようが全ての鍵を奪われなきゃ問題ない。まあ元々1~5区以外の区同士のつながりは薄いんだけどな」


「1区に入るだけでそんなに大変なんですね……ちなみに鍵は今いくつ持ってるんです?」


 宇佐美は静かに胸元からニ本の鍵を取り出した、カナには何の変哲もない鍵に見える。


「二本あるだろ、少し見てろ」

 

 一本の鍵から光が出てもう一方の鍵を下から上に照らす、すると片方の鍵が消えもう片方の鍵に二と刻まれた。


「この数字が二十二になれば、1区の門が開く」


 鍵を強く握り、宇佐美は再び胸に鍵をしまった。


「悪いなあまり上手く喋れなくて、一気に説明したから疲れただろ? もう寝よう」

 

 宇佐美はたき火を慣れた様子で消すとカナに寝袋を差し出すと床の埃を払って横になった。


 カナには、なぜ宇佐美が1区にそうまでして入りたいのか最後まで聞けなかった。

 半日ほど一緒にいてカナは靄を手でつかむような感じだが宇佐美の事を少し分かった気がした、宇佐美は意外と優しくてひょんな事で人間臭さが出てしまう、そして想像以上に深い『何か』を抱え込んでいるらしい。と

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