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残酷な世界で引き金を引け  作者: ネコパンチ三世
序章~始まりは突然に~
3/6

二射目 『旅立ちは誇りを胸に』

 この状況を表すなら、きっと人生で一度も使う事のない言葉を使わなければ表すことはできない。

 頭を圧倒的な力で吹き飛ばされた北山は脳漿と血を噴き上げながらゆっくりと地面に寝転んだ。

 辺りには本当に人一人から出てきたのかと思える量内容物がぶちまけられ、赤く鮮やかに店を彩った。


 山瀬の体が小刻みに震える。

 自らの頬に何かが飛んだ事に気付き震えた手でそれをゆっくりと拭う。

 それは血だった、先ほどまで北山の体を流れていた赤く美しい液体だ。 

 ここまで誰かを恐ろしく感じたのは、小さい頃に父親に怒鳴りつけられた以来かもしれなかった。


「お、お前、じ、自分が何したかわかってんのかぁ!?」

 

 山瀬は自分の声が変に上ずっているのが分かった。

 太った体は今まで以上に思う通りには動いてくれない。


 山瀬にとって北山龍平という男は理想のパートナーとも言える存在で、いくらかの金を渡せば今まで自分の行ってきた罪をもみ消してくれた。

 深く考えず目の前の金品に飛びつく姿はさながら残飯に食いつく餓えた野良犬のように山瀬には思えてならなかったが、そんな所を扱いやすいという理由から山瀬は高く評価すると共に見下していた。


 今回もカナが殺される事は火を見るよりも明らかだった、だが北山の機嫌を取っておいた方がいいと感じたために山瀬は抵抗せずカナを差し出したはずなのだがカナではなく北山が死んだ。 


 山瀬には理解できない、北山は屑だが仮にもこの地区の管理官だ。

 たとえ殺そうと考える人間が百人いたとしてもそれを実行に移す人間は一人もいない。

 この男を殺そうとしたらどうなるか、しかもそれが失敗したらどうなるかをこの場にいた全員が理解している。


 ーーそれがどうだ……こいつはさも当然のように簡単に殺しやがった。

 

 山瀬の頭の中は荒れ狂う海のように落ち着かず、店は当然のごとく騒ぎになった。

 服に肉片のようなものが飛んできた男が悲鳴を上げたのを合図に人々は我先に悲鳴を上げながら逃げ出していた。

 ある男は足がもつれテーブルをひっくり返し、ある女はヒールが折れたのも構わず外に駆けだした。

 山瀬の言葉には答えずに男は銃を懐にしまうと動けずにいたカナに手を差し出す。


「大丈夫か?」


 カナは差し出された手をすぐには掴むことができなかった。

 静かに腹部に痛みが走るが、痛みのピークはすでに過ぎたようだ。


「あ、ありがとうございます……」

 

 やっとの事で男の手を掴み立ち上がる。

 暖かな手は懐かしい感触をカナに思い出させていた。

 

 カナは今起きた出来事をまだ信じられない、あの時死んでいたのは間違いなく自分だったと思わずにはいられなかった。

 だがカナの前に横たわる北山の死体がカナに現実を突きつける。


「大丈夫そうだな。そろそろ俺は行く、これだけの騒ぎはさすがに軍の奴らも無視できないだろう」


「カナぁ! お前まさか……そいつとグルだったのか!? 今までの復讐か!? お前……ぶっ殺してやるぅ!!」


 山瀬は突然狂ったように叫び出した。この醜い男には、コートの男が優しさ故にカナに手を差し伸べた姿さえも殺人犯が共犯者の手を取り喜びあっている姿に見えるのだ。

 

 カナは喚き散らす山瀬を少しだけ悲しさの混じった目で見る、そして考えるよりもまず言葉にした。

 自分の中に沸き上がった思いを隠すこと無く、まっすぐに男にぶつけた。


「私も一緒に連れて行ってください!」

 

 カナは自分がとんでもないことを言ったという事にすぐ気付いた。

 目の前にいる男の目が大きく広がる。

 

「お前何を言ってるんだ? 俺と来てもろくなことにならないぞ?」


「ここにいたって、ろくなことになりません! きっと私はあなたがいなくなったら普通に殺されます! 私……自分の力の無さには自信ありますから!」

 

 このようにカナは引かなかった。

 ここで男に付いていくことが、自分にとってどれほど重要な事かをカナは無意識のうちに理解していたのかもしれない。

 それは次第に『付いていきたい』という願いではなく『付いていかなければならない』という義務のようになっていた。


「それは自慢する事じゃない……それに俺と一緒にいたら確実に死ぬ事になる」


 その言葉がただの厄介払いの脅しではない事はカナにもすぐにわかった。

 男の放つ拒絶の意志は初めてここに来た時の比では無い、カナは眩暈のするような男の雰囲気に圧倒されながらも溢れだしそうな涙をこらえ、言った。


「ここに残ってもいつか遠くないうちにきっと死にます……今日みたいに……ここに残って死ぬのと、あなたに付いて行って死ぬのじゃ意味が違う……そんな気がするんです!」

 

 カナは涙ぐみながら訴える。

 どうしても、どうしてもカナはこの思いを分かって欲しかった、自らを救ってくれたこの男に。

 世界を変えてくれたこの人に。


「結局どちらも同じ死だ」

 

 男は氷の様に冷たく言い放つ。

 その声が、目が、男を形作るすべての物がカナを拒絶していた。


「ならどうして助けてくれたんですか?」


 カナの問いに男は答えない。

 ただカナから目をそらしただけだ。


「私は今日ここで終わると思ってました。でもあなたが助けてくれた時、私は見た事もない人や景色が世界にはたくさんあるって思ったんです。それを私はあなたと見てみたいんです、私の命を救って私の世界を変えてくれたあなたと」


 カナの古い世界は確かに壊れていたのだ、あの時この男が北山を撃った瞬間……いやそれよりも前に。

 この男がこの店に来た時から、あるいはそれよりも前から。  


「……新しい世界が、今まで以上に残酷だとしてもか? それでも尚お前はそれを見たいのか?」

 

 男は静かに最後の確認を取る。

 その目にはかすかに希望が浮かんでしまっていた。


「はいn私はもうあなた無しでは生きていけないかもしれませんから」

 

 カナの大きく澄んだ黒い瞳が男の姿をまっすぐに捉えていた。

 男は口元に小さく笑みを作ってため息を一つ吐く。


「すぐに出るぞ準備してこい、そこまで言われちゃあ……な。俺も責任取ってやるさ」

 

「はい! すぐに戻りますね!」

 

 男は長い髪を揺らしながら、ぱたぱたとかけていくカナの後ろ姿を見送った。

 怖いくらい似てるな、と男はその後姿を見て思わずにはいられない。

 男が遠い記憶を思い出そうした時だった。


「あ、あんた誰だ? なんで北山がし、死んでるんだ?」

 

 静かな記憶の回想は、耳障りな山瀬の声によって遮られた。

 さっきの大声とは変わって、何が何だか分からないという状況のように山瀬は怯えている。


「今回はお前か」

 

 男が冷ややかな視線を山瀬に向けると、山瀬の震えは最高潮に達していた。

 山瀬が怯えているのも無理は無かった。

 なぜなら北山がなぜ死んでいるのか、誰に殺されたのかすら山瀬にはわからないのだから。



「すいません! お待たせしました!」

 

 カナは大きなリュックを背負い息を切らしながら戻ってきた。

 

「本当にいいんだな?」


「はい」

 

 迷いが無いと言えばウソになる、不安やためらいももちろんあった。

 だがそれと同じくらいの希望をカナは抱いていた。


「その前にこいつはどうする?」

 

 男は銃を山瀬の頭に押し付ける。

 引き金にかけられた男の指は主人の命令を待っている。


「散々な目に合わされて来たんだろう? お前がもし望むならこいつをここで殺してやってもいいぞ」

 

 男は感情のない瞳でカナに聞いてきた。

 その言葉が本気かどうかは聞くまでも無かった、男はカナが殺してくれと願えばこの醜く肥えた薄汚く臭い豚を始末する気だった。


「ひぃ」

 

 太った体を縮めて惨めに山瀬は怯えている。

 脂汗をダラダラと流し、グレーのシャツには出汁が染み出ていた。


「なぁ、許してくれカナ! 本気で北山なんかにお前を差し出すわけないだろ? ほんの冗談だったんだよ! でもあいつはいかれてるからこんなことになっちまって……いざとなりゃ、俺は止めようと思ってたんだ! そしたら、北山は気付いたら死んでるしこんな状況だしでもう何が何だか……とにかく許してくれカナぁ!」


 汗を飛び散らせ唾を吐き出しながら薄っぺらい言い訳を並べる山瀬の姿は、誰が見ても漏れなく嫌悪感を感じる事の出来る見苦しいものだった。

 

 普通の人間なら間違いなく殺した、それこそ何の迷いも一片の後ろめたさも罪悪感も感じることなく。

 だがカナの出した答えは驚くべきものだった。


「どうする?」


「私は……この人をあなたには殺させません」

 

 カナは男の銃に手を置き降ろさせる。

 その動作は驚くほどに自然だ。


「確かにこの人には散々な目に遭わせられてきました。でも今日という日のために必要な過程だったと思うと少しくらいは許してみたいって思えたんです」

 

 銃から手を離しカナは男に向かって笑った。 

 

「優しいな」

 

 男もつられて静かに笑っていた。

 

「私は、自分の優しさに誇りをもちたいんです」

 

 カナは決めていた。さっきの言葉を心の支えにしながら生きて行こうと。


「ああ、お前はそれでいい」

 

 男は銃をゆっくりとしまう。

 山瀬は呆然と誰もいなくなり滅茶苦茶になった店の天井を見上げている。


「いくか」

 

 男は出口に向かって歩き出す。


「はい! これからよろしくお願いします!」

 

 カナは深く頭を下げ、男の少し後ろを歩き出し、こうして二人の旅は始まった。


 太陽の日差しが強く汗をかかずにはいられなかった日の事である。

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