プロローグ 「装填前の弾丸」
この作品には残酷な描写が含まれます
ーーああ、どうしてこうなった。
スローモーションのように目の前で崩れ落ちていく彼女を両手で彼は両手で受け止めた。
胸から流れ出していく血が少しずつだが確かに彼女の白いワンピースを赤色に塗り替えていく。
口から赤い血塊を吐き出し彼女は彼の腕の中で激しくせき込んだ。
彼は彼女の体を自らに引き寄せた。
嫌に軽い彼女の体重が彼の手に伝わると共にそれとは比べようのない重圧が彼の心にのしかかった。
--俺のせいだ。
彼の手は小刻みに震え体は捕食される手前の小動物のように動かなくなってきていた。
そんな彼の手に彼女は静かに手を重ねた。
優しく、彼を落ち着かせるように。
腕の中で彼女は静かに笑っている。
胸に弾丸を打ち込まれ、常人ならば熱と痛みで気が触れてしまいそうな状況で彼女は笑ったのだ。
彼は重ねられた白い手の平を強く握った。
--冷たい。
静かに『死』に向かって行く彼女をどうにか引き止めたい、そう願う彼の手に一層力が込められた。
それがどれだけ無意味な事かなど誰かに教えられるまでもなく彼は分かっていた。
分かっているのに手に込められる力は緩められない。
緩めた瞬間に彼女が消えてしまうという考えが拭えない。
--会わなきゃ良かったんだ、俺となんて。
--今までつらかったろ?
--なぁ? どうしてお前は……。
彼女の体は撃たれた胸を起点にひびが少しづつ全身に広がってきていた。
もう彼女には体の感覚がほとんど残っておらず、もはや指先を動かすことすら叶わない。
流れ出す血も、吐き出す血も彼女の中には残っていない。
体はすでにほとんどがひび割れ、軋んでいる。
そんな体で彼女は彼に願った。
その願いを無為にできるほど彼にとって彼女の存在は軽くは無い。
ーーどうしてお前はこんな状況でそんなに綺麗に笑えるんだ。
次の瞬間、彼女の体は砕け散りその破片だけが彼の周りできらきらと輝き降り注ぐ。
彼の手にはまだ彼女の体を支えていた感覚だけが残っていた。
手の平を爪が食い込み、血が流れるほどに握りしめ彼は改めて理解した。
この世界がいかに残酷かという事を。自分がいかに罪深いかを。
暗く沈んだ白い煙を吐き出していた黒い穴を見ていた。
いや、正確には彼女を呑み込んでしまったあの黒い穴を自分に向けている男を見て彼は心に決めた。
--俺はもう願わない、小さな幸せさえも。
ここまで彼は最後の彼女の願いを聞き取るのが精一杯だった。