8話 ゴルゾフ・ディーン
単位制を導入しているアンディール学園の授業は午前中に2コマ、午後には4コマまで履修することができる。更に一週間の中でも一度に取れる授業のコマ数は決まっているので必然的に空き時間が生まれてしまう仕組みだ。
普段なら時間があれば寮に戻って自習、なければ先生の研究室にお邪魔、もしくは学食で空腹を満たすのが俺の基本行動だったのだが今日は少し勝手が違った。
「よお、ルイス。随分可愛い眷族を連れてるじゃねえか」
俺の名を呼ぶ声がかかったのは、丁度教室を出た瞬間のことだった。
廊下で俺を待っていたのは何人かの取り巻きを連れた高名貴族の子息……ゴルゾフだった。
ゴルゾフ・ディーン。
名高い魔術師の名門、ディーン家の長男にあたり実力、人望共に学内でも類を見ない傑物の一人。体格にも恵まれた彼が前に立つとその燃えるような赤髪と相まって、ほとんどの生徒は威圧され、萎縮してしまうことだろう。
本当なら無視してしまいたかったが、ここまではっきりと待ち構えられていては仕方ない。溜息を吐きたい気持ちを我慢しながら俺はゴルゾフに向き合った。
「……何のようだよ」
「はっは、そう嫌そうな顔をするなよ。お互い無事に眷属召喚を終えた者同士仲良くしようぜ」
馴れ馴れしい態度で両手を広げ、歓迎のポーズを取ってみせるゴルゾフ。
表面上は友好的な態度に見えなくもない。だが、こいつの本性を知る俺はどうにも好きになれなかった。
「相変わらず達者な口だな」
「いやいや、実際俺はお前のことを認めてるんだぜ? そこらの貴族よりよっぽど上等な素質を持ってる。こうして眷属召喚を成功させたことだけ見てもそれは分かる。とはいえまあ……」
ちらりと、俺の影に隠れるように身を寄せるリリィに視線を向けたゴルゾフは、
「眷属の趣味が悪いとは思うがな」
「別に俺が望んで召喚したわけじゃない」
「へえ? だが眷属召喚は術者の意思が反映されるものなんだろ? 俺の時もそうだったしな」
そう言ってゴルゾフは肩に乗せた自らの眷属……火竜の赤子を自慢げに撫で付けた。成体になれば、ちょっとした家くらいの大きさになる火竜だがまだ幼いこの火竜は少し大きいトカゲ程度のサイズだ。
まだ子供とはいえ、いずれは最高の眷属となることが決定している火竜。
なるほど……つまりこいつは自分の眷属を自慢しにきたってことか。
「火竜の召喚なんて学園の歴史の中でも数えるほどしかないみたいだぞ。さすがだな」
「それを言うならお前の幼女召喚なんて学園初のことだろう」
ゴルゾフがそう言うと、後ろの取り巻きが分かりやすく爆笑していた。
どうやら少し読み違えていたようだ。ゴルゾフは自尊心を満たすためにここにきたのではない。どちらかというと俺は馬鹿にするためにきたのだろう。
「珍しければいいってものでもないだろ。そこに結果が伴わないと意味がない」
「はは、それもそうだ。それで? 望む結果は得られそうなのか?」
「さて……どうだろうな。今はとりあえず様子見ってところか」
「俺ならとっとと契約破棄するがな。そんな眷属。手元に置いているところを見るに満更でもないんじゃないのか?」
「馬鹿言え、こんな小さな子をいきなり放り出すわけにもいかねえだろ」
貴族に絡まれるのは今に始まったことじゃない。
だけど今はリリィもいる。あまり面倒には巻き込まれたくなかった。
表面的な会話を繰り返しながら隙を見て、俺は切り出すことにした。
「悪い、そろそろ行く時間だ。また今度な」
リリィの手を引き、強引に話を切り上げると俺はその場を逃げるように後にした。
向かう先なんて特に決めていない。
ただあの場所にいたくなかっただけ。
「る、ルイス……さっきの人ってだれ?」
「元クラスメイトだよ。去年一緒のクラスにいたんだ」
「え? でもそれだと……」
俺の説明にリリィはすぐに気が付いたようだった。
別に隠しているわけではないから構わないのだが……やはり自分から口にするのは躊躇われる。だけどリリィには教えておかなければならないだろう。俺の……"失敗"を。
僅かに痛む胸を押さえつけ、俺は搾り出すようにその事実を伝える。
「俺は去年……3組に昇級することが出来なかったんだ」
自らの憫然なその過去を。