57話 エピローグ
先生との激闘。その先のことは良く覚えていない。
勝利した後すぐに気を失った俺は、探しに来たティアに運び込まれ、治療院で専門的な治療を受けたらしい。そして、それから目を覚ましたのが一週間後。
「ぐすっ……ルイスぅ……いき、生きてて、良かった……っ」
俺が目覚めたとの報告を受け、真っ先に飛んできたのはティアだった。
いつものクールキャラはどうしたと突っ込みを入れたくなるレベルの取り乱しようで、面食らってしまったのを覚えている。お前こそ大丈夫かといいたくなる様子だったが、心配してくれる人がいるというのは単純に嬉しい。
戻ったらティアの研究も手伝うことにしようと思う。
「よう。目覚めの気分はどうだよ。優男」
そして、次に俺の前に現れたのはなんと死んだと思っていたゴルゾフだった。
「はっ、馬鹿かよ。炎使いの俺が焼死なんてするわけがねえだろ。耐火術式は皮下に埋め込んでる。ディーン家に伝わる秘術でな」
だったらそれを先に言えよ、と。
俺の躊躇はなんだったのか、と。
「ま、元気になったらまた来るわ。次は俺が勝つからな」
最後にそう捨て台詞を残したゴルゾフはどうやら反転支配が抜けてもまだ、俺と戦うつもりらしい。あの戦闘狂っぷりだけは地だったらしいな。
「ルイスぅ……」
「ったく、いつまで泣いてんだよお前は」
「だってぇ……」
「リリィみたいになってんぞ。いつものキャラはどうした」
ベッドの上で苦笑を浮かべる俺に、ティアはいつまでも目元を袖で拭っていた。だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、俺は折を見て本題に入ることにした。
「それでティア……先生のことなんだが……」
「……うん。分かってる」
どうやら向こうもその話をするつもりだったらしく、泣きながらも俺に事後のあらましを伝えてくれた。
「先生は第二級指定の禁術に手を出した。裁量なしの実刑判決。多分、良くて終身刑だと思う」
「……そうか」
死んだ人を蘇らせる秘術。それは国が指定している禁術に属するものだ。当然、そんな禁忌に手を出して無事に済むはずもない。
分かっていたことだ。分かっていたことだが……
「…………」
実際に耳にすると、その事実が……重い。
俺は恩師を自分の手で地獄へと叩き落したという事実が。
「大丈夫だよ。ルイス」
「……ティア?」
「きっと先生はルイスに止めてもらえて良かったと思ってるよ」
「……慰めか? そういうのは良いって。何を言われても俺がやったことは変わらないんだからな」
「違うよ。ルイス。慰めなんかじゃない」
強く断言するティアの口調には何らかの根拠があるようだった。
改めて話を聞こうと、向き合う俺にティアはその推測を語った。
「ゴルゾフに聞いた。ルイスに手紙を出したのは誰かって。覚えてる? ルイスが言ってた手紙の件」
「あ、ああ。覚えてるが……」
あれは俺がリリィと共同生活を始めたばかりの頃だったか。
俺の元に訪れた警告とも取れる文面の手紙。結局、送り主は分からなかったが……
「私はそれが先生の出したものなんじゃないかって思う」
「先生が? いや、流石にそれはないだろ。だってリリィを狙っていたのは先生本人なんだぜ? なんでそんな人が警告なんて……」
「だからこそ、だよ。ルイス」
「だからこそ……?」
俺の問いかけに、こくりと頷くティア。
「先生は優秀な魔術師だった。自分のやろうとしていることが許されないことだってことくらい分かってたはず。多分だけど……自分の願いが叶うのと同じくらい、誰かに「それは駄目だよ」って止めてもらいたかったんじゃないかな」
「…………」
ティアの推論に俺は何も言えなくなっていた。
いくらなんでも希望論すぎる。そう言って切り捨てることも出来たが……
「……そうだったらいいな」
俺はつい、同調するような言葉を口にしていた。
「先生は許されないことをしたと思う。だけど私は先生に今でも感謝してる。私に居場所をくれたのは、間違いなく先生だから」
「ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
「だから……私は先生の作ってくれた繋がりを大切にしたい」
「……ティア?」
「ルイス。私と……」
いつになく真剣な表情のティア。しかし、続く言葉を俺が耳にすることはなかった。その言葉が紡がれる前に、病室の扉がバーンッ! と勢いよく開いたからだ。
「ルイスぅぅぅぅぅぅっ!」
扉を開けた勢いのままこちらに駆け寄ってくる小さな人影。
その揺れる金髪に、俺は見覚えがあった。
「リリィっ!」
「ルイスっ!」
ばっと俺に飛び込むように抱きついてくるリリィ。俺はそれを満面の笑みで抱きしめる。
「ルイスぅ、ルイスぅ、ルイスぅぅぅぅぅっ」
「おい、なに泣いてんだよ。泣きたいのはこっちだっての」
先生が捕まったことで必然的にリリィが吸血鬼であることも知られてしまった。吸血鬼は悪魔の上位種族に分類される特一級の危険生物だ。当然、眷属召喚で呼べるような安全な種類の眷属ではない。
学園側はリリィを『処分』することも考えていたことだろう。連れ去られたリリィの境遇がどうなったのかを知ったのはつい先日のことだった。
「失礼します」
騒ぎ立てる俺達とは逆に、静かに病室に入ってきたのは黒い制服を身に着ける女だった。懐から身分証を出しながら女は俺の前までやってきて、言う。
「これより貴方達の監視に入ります、監察官のアルセラ・ユグドラシルです。学園から逃亡する、禁術の発動、その他不審な行動、その前兆があれば『処分』しても良いとの指令を受けています。くれぐれも行動にはご注意ください」
「お、おお。監察がつくってのは聞いてたけど、随分可愛いやつが来たな」
てっきり俺はもっとごつい大男が来ると思っていたから、この采配は意外だった。住み込みで監視されるらしいから、むさい男よりは可愛い女の子の方が俺としても嬉しいのだが……
「可愛い。なるほど早速印象操作ですか?」
「へ?」
シャキッ、と目にも留まらぬ速さで抜かれた小太刀。
その切っ先が俺の首元に突きつけられる。
「見え見えのお世辞で私を篭絡できるとは思わないでください」
……うん。やべえ奴が来ちゃったね、これ。
「……ちょっと待って。監察がつくなんて私聞いてない」
「リリィは知ってたよ!」
「貴方には聞いてない。観察がつくってことはルイスの家にこの女が上がりこむってこと。こんな危険な女とルイスを二人にはさせられない」
「リリィもいるよっ!」
「だから、私もルイスの家に住み込むことにする。ルイス、いいね?」
「いや、その前に誰か助けてくれない? 俺、このままだと殺されそうなんだけど」
両手を挙げて冷や汗を流す俺に、アルセラはすっとようやく小太刀を引いてくれた。
「今回は見逃します。ですが次はありませんよ」
「……もうちょっと判定緩くしてもらえませんかね」
あの程度の台詞でアウトなら、日常会話にすら気をつける必要が出てくる。
それは流石に嫌だぞ。
「私は任務を遂行するだけです。観察対象からの要望にはお応えできません」
「ねえ、ルイス。良いでしょ? 良いよね? 良いって言え」
「ねえねえルイス、いつになったら退院できるの? リリィね、ルイスに話したいこといっぱいあるんだー」
どこまでもクールに小太刀を納めるアルセラ。
妙な圧力を受ける眼差しでぐいぐい迫ってくるティア。
にこにこと笑みを浮かべながら、マイペースに話しかけてくるリリィ。
まったく。いつの間に俺の周囲はこんなにも騒がしくなったのやら。
「ちょっとは病人を労われよ。お前ら」
俺はもはや癖になってしまったため息をこぼし、そして……
──小さく笑みを浮かべるのだった。
始めましての方は始めまして。
またお前かの方はうるせえまた俺だ。
最近リアルが忙殺されつつある秋野錦です。
この度は本作『召喚されたのは幼女でした。』を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
さて、形式上のご挨拶はここまでにして……なんで終わっとんのや(心の叫び)!
好きなキャラの魅力が書ききれていない、ティアとかティアとかティアとか……いや、本当に申し訳ないです。今回本作の連載を終了したのはキリが良かったというのもありますが、最終的にはぶっちゃけ他作品に比べて人気が出なかったからですね。
本作を楽しみにしてくださった方には本当に申し訳ありません。
キャラクターの魅力やストーリー構成、まだまだ足りないものばかりですがこれからも精進致しますので今後も応援してもらえると恐縮です。
結局お堅い挨拶になってしまいましたが、最後に。
リリィという幼女を書けたことに関しては一片の後悔もない(断言)。




