56話 終幕
不思議な気分だった。
魔粒子が際限なく溢れてくる。
体の奥底から力が湧き上がってくるような、そんな感覚。
「…………ん」
「リリィ?」
腕の中で眠る少女が僅かに身じろぎする。
だが、まだ起きる様子はない。それならばもう少し眠らせてあげるとしよう。
子供は寝るのが仕事だからな。
「僕の邪魔をするということですか……ルイスっ!」
「そんな顔をするなよ、先生。先に手を出したのはそっちだ。俺達が悪いみたいに言われても困る」
術式に必要な核を奪われたことで余裕がなくなったのか、先生は見たことがないほどに感情を露にしていた。一度手に掴みかけた勝利だけに焦っているのかもしれない。
どちらにせよ、俺にとっては好都合。
魔粒子の操作には集中力がいる。感情を乱せば、その効果は半減だ。
「僕がこの研究にどれだけ賭けて来たと思ってるっ! あと少しなんだっ、あと少しで二人に会えるんだっ!」
「…………ッ!?」
「邪魔をっ……」
先生の両手に魔粒子が集まっていくのが見える。
これは……まずいッ!
「──するなァァァァァアアアアアアアアッ!!!」
放たれる二つの凶弾。
圧倒的な速度と破壊力を内包する魔粒子の塊に、俺は咄嗟に手を伸ばしていた。
(魔粒子には……魔粒子をッ!)
普段扱わない膨大な魔粒子量に翻弄されながらも、漆黒の魔粒子をバリアのように周囲に展開。幾重にも重なるように防波堤を築きながら襲い来る魔弾に対処する。
「僕がッ! どんな気持ちでここまで来たと思ってるッ! 全て犠牲にしてきたッ! 全て、全て、全てッ! 全てだッ!」
5発、10発、20発。
次から次へとキリがない。このままだと防戦一方だ。
だけど……駄目だ。攻勢に回るタイミングがないッ!
「くそっ……!」
「日常なんかいらないっ! 平和なんていらないっ! 金も地位も権力も、何もいらないっ! 法律なんて知ったことかっ!」
呪詛を吐きながら次々に魔弾を生成するマクレガー。
「彼女達のいない世界になんて、なんの価値も存在しないんだからなァッ!」
一際密度の高い魔弾が空間を圧迫し、周囲に衝撃を撒き散らす。
災害にも似たその攻撃を前に、俺は……
「アンタの理屈は分かったよ。だけどな、そのために何の罪もないリリィを犠牲にするなんて、そんな道理を通すわけにはいかねえんだよ」
「なっ……!?」
ようやく魔粒子が体に馴染むのを実感していた。。
リリィの魔粒子と俺の魔粒子。二つの魔粒子がそれぞれに絡み合い、新たな特性へと変化していくのを感じる。
「ルイス、君は……っ」
「『構築』し、『活性』させる。つまり……」
ティアから譲り受けた"白銀"に魔粒子を絡ませる。
「──『創造』」
すると、銀色の刃から伸びるように漆黒の刃が上書きされていく。
それは歪な形をした武器だった。歪曲した刀身に、独特のフォルム。
「やっぱり魔粒子特性が似ているもの同士、起こせる現象も似たようなものになんのかな。無から有を作り出す秘術。アンタから教わった最後の技だ」
俺の手元で鈍く光を放つ漆黒の大鎌。
恐らくこれが正解だ。この形が最もこの場に適している。
「切り裂けッ!」
「────っ」
俺の手元から放たれた漆黒の斬撃は宙を裂き、上下を一太刀で断絶する。
予想以上の威力を前に、先生の額に汗が滲んでいるのが見えた。
「『魔弾』っ!」
俺の魔術に対抗するように、先生の手から漆黒の弾丸が放たれる。
「それはもう見飽きたッ!」
俺が鎌を振り下ろすと、その衝撃により魔弾は空中で爆散していった。
超高密度の魔粒子も、こうなってしまえばただの砂粒も同然。魔力の供給源であったリリィを奪い返した時点で、先生にはこれ以上の出力は出せないのだ。
もう勝負は決まった。
だというのに……
「……『掌握』!」
「無駄だよ。先生」
「──『変成』!」
「無駄だって」
「『双魔弾ッ!』」
先生は諦めなかった。
伸びてきた蔦を切り裂き、硬化した棘状の土くれを破壊し、飛んできた魔弾を叩き落してもまだ、先生は諦めていなかった。
なぜ? とは聞かない。それは俺にも良く分かる感情だったから。
「そろそろ終わりにしよう。先生」
だが、上げられた幕はいつか下ろさなくてはならない。
終わらない雨がないように、いつか夢とは醒めるものなのだ。
故に……俺はこの術にこの名をつけようと思う。
「──『昏き夢喰い』」
空間そのものを埋め尽くす勢いで広がる漆黒の魔粒子。
内側から湧き上がるその魔粒子は世界そのものを構築し直す。
ここでは全ての事象は闇に飲まれる。俺が認めたものだけが存在を許される世界。空気も水も大地も全てが曖昧になった空間で、俺は先生に終幕を告げる。
「アンタは道を間違えた。俺も生徒なら、その道に寄り添うべきだったのかもしれない。だけど……俺は落ちこぼれだからさ」
視界を失った先生は何もない世界でただ一人、足掻いていた。
そこにはかつて見た最高に格好良い魔術師の姿はどこにもない。
そんな無様ともいえる姿を見ていられなかった俺は……
「不出来な弟子で悪いな。先生」
万感の思いを込め、右手の大鎌を振り下ろすのだった。




