55話 死を越えて、師を越えよ
「……終わりですね」
地下室の状況を見て、マルク・マクレガーは薄く笑みを浮かべていた。
リリィは自らの手の内にあり、完全に掌握できている。弱まって行くリリィの抵抗に、悲願の成就もそう遠くないと、マクレガーは確信していた。
「ああ……やっとだよ。やっと会えるんだ。ミリィ、マリアンヌ。待たせてごめんよ。でもこれで……またあの日々に戻れるんだ」
胸の奥から湧き上がる歓喜に涙すら溢れる。
ただ、一つ気がかりなのは犠牲にしてしまった自分の生徒のことだった。
ルイス・カーライル。非常に優秀な生徒だった。術式理解、魔力操作のセンス、演算処理能力、魔術系統、それら全てがかなりの水準で整っていた。それら全てを支える魔粒子量さえあれば、彼の望んでいた国家魔術師にすら簡単に手が届いたことだろう。
惜しい人材を亡くした。
マクレガーは本心からそう思っていた。
だからこそ……
「────っ!?」
マクレガーのその『攻撃』に気がつくのがワンテンポ遅れてしまった。
空中を飛来する漆黒の魔粒子。刃のように鋭く研ぎ澄まされたその魔力がマクレガーの裾を切り裂き、肌に裂傷を刻む。
咄嗟に手を引いていなければ腕が切断されていた。
冷や汗を流すマクレガーの視界に、その影は舞い降りた。
「なっ!?」
「返してもらうぜ」
その影はマクレガーに向けて拳を放つ。
ただのパンチ。魔力によって強化されたマクレガーにとって、常人のそれをいなすことなど赤子の手を捻るように簡単なことだった。
そう……それが常人の拳であれば。
「ぐっ……こ、この力は!?」
両腕をクロスするようにしてガードするマクレガー。
だが、それでも全ての力を受け止めることは出来なかった。
足が地面から離れ、宙を泳ぐ。踏ん張る間もなくマクレガーは吹き飛ばされていた。
「がっ、はっ……!」
地下室の壁にぶつかり、ようやく止まる。
体中を魔粒子によって保護していたため、ほとんど無傷だったがダメージ以上にその攻撃はマクレガーに衝撃を与えていた。
(今の僕を単純な膂力で上回る……だと?)
自分は圧倒的な力を手に入れた。
それは間違いない。それなのに……
「お前は……誰だ……っ」
目の前に立ち塞がる人物。
マクレガーの手から離れたリリィを優しく抱きかかえながらも、こちらに鋭い視線を送るその人物にマクレガーは見覚えがあった。
しかし、同時にそんなはずがないと確信していた。
これは自分の知る彼ではない。
見れば深い黒色だった髪は白に、瞳は緋色に変わり、全身を包む魔力光も薄い黒色へと変化してしまっている。その様子は明らかに異常だった。
「俺が誰かなんてことはどうでも良いだろう。先生」
口を開くその人物に、マクレガーは顔を歪めた。
それは自分が殺したはずの人物だったから。
「大事なのはアンタの野望はここで終わり、ってことだ」
「貴様……っ!」
「これ以上、リリィには傷一つつけさせねえ」
変わり果てた少年……ルイス・カーライルは高らかに宣言する。
「アンタは……俺が倒す!」
憧れを越え、大切な人を守る為に。




