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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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51話 ゲームオーバー

 眩しい。

 光が部屋中に溢れている。

 全てを包み込む白銀、そして全てを飲み込む漆黒。


 だが、それは知覚した際のイメージに過ぎない。いつしか大衆に根付いた白は正義、黒は悪という固定観念はその本質を取り違えて広まってしまっている。

 白色とは、全ての光を弾いた末に見える色だ。つまり、全てを拒絶した者の色。逆に黒は全てを受けいれた者の色。


 俺と先生を対比として用いるのなら、それは恐らく『現実』という光が当てはまるだろう。

 先生は俺と同じく『現実』に直面し、戦ってきたのだと思う。いや……恐らくそれは俺よりももっと救いようのない現実だ。


 俺は先生自身が言ったようにまだ何も失ってはいない。失わない為に前に進んでいる。だが……もしも、その努力の全てが無駄に終わったら?


 ……分からない。もしかしたら俺は先生と同じ道を辿るかもしれない。

 先生……つまりは先を生きる者。


 彼が俺の未来の姿なのだとしたら、先生を止める権利は俺にはないのかもしれない。彼の研究を手伝い、彼の傷を少しでも癒すことこそが彼の教えを享受したものの努めなのかもしれない。

 だけど……それでも……


『ルイスっ、楽しいねっ!』


 いつの日か見た彼女の笑顔が俺の心に残っている。

 その笑顔を守る為には……こんなやり方は許容出来ない。


 だから……先生。

 俺は貴方を止めて見せますよ。


 例え……


 ──この命に代えてでも。




---




「……やはり、こうなりましたか」


 ぽつり、と先生が寂しげに言葉を漏らす。

 俺はそれを聞きながら……


「ご……ぼっ……」


 口から大量の血を躊躇いなく吐き出していた。

 俺の腹部を貫通した先生の手が真っ赤に染まっていく。


 一秒ごとに深くなるその朱色に、俺はぎこちない笑みを浮かべる。

 全力は出した。それでもなお届かなかったと言うのなら……それは単に俺の力が及ばなかったと言うことなのだろう。ならば後は笑って死ぬだけだ。


「……り、リリィ……す、まない……」


「こんな時にまで誰かの為に、ですか。見上げた根性ですがもう喋らない方が良い。早く『水蓮』で治療をしないと君、本当に死にますよ」


 そうしたいのは山々なんだが……さっきの一撃に文字通り全ての魔粒子を注ぎ込んだせいで、もう治療に回す分の魔粒子が残っていない。つまり俺は……ここで死ぬ。それはもう確定事項だ。


「はあ……はあ……情けねえ話だ……ここまでやって出来たのが……」


 俺は自らの死を受け入れつつ……


「たった、これだけなんてなァッ!」


 俺の体を貫く先生の右手を全力で握り締めた。

 そして……


「逃げろォッ! リリィーーーーッ!」


 俺は背後で地面に倒れこむリリィに向けて、全力で呼びかけた。

 俺の声に応えてか、薄っすらと目を開けるリリィ。俺が先生さえ自由にさせなければ無事に逃げ出せそうだぞ。


「なっ!? 馬鹿なっ!? いつの間に拘束を……ッ!?」


 慌てる先生はそこでようやくリリィを捕らえていた鎖が断ち切られていることに気付いたらしい。そして、それを為したその得物は……


「まさかっ! 最初からこれを狙って……!?」


 磔台に突き刺さっているそれは俺が先ほど投げて使った白銀だった。

 俺は先生の一撃に勝てないと悟った瞬間、次善策として用意していたプランを実行することにした。つまり、リリィの安全だけを確保する手順。武器を手放した俺に勝ち目なんてなくなるが、同時にそれは先生の勝ち目もなくすことになる。


 俺の勝利条件は先生を止めること。


 だが、それに対する先生の勝利条件は俺を排除することじゃない。先生の目的は死者の召喚。その術式を完成させることだ。だからこそ、それに必要と思われるリリィを取り逃がすことはイコールで先生の敗北も意味する。


 その代償として俺はここで死ぬ。

 だが……それでリリィと先生を守れるのなら、俺はそれで満足だ。

 胸を張ってあの世に行ってやるよ。だから……


「後少し……付き合ってもらうぜ、先生」


 この手だけは離せない。

 少なくともリリィが逃げるだけの時間を稼ぐ間は。


「くっ! どきなさい!」


 慌てているせいか、魔粒子の制御が甘い。これなら何とか今の俺でも……


「──『魔弾(グロボス)』!」


「ッ! リリィ! 避けろ!」


 何とかなりそうだ。そう思った瞬間に、先生は開いた片手でリリィに向けて魔弾を放ち始めた。直撃すればリリィなんて一撃で消し飛ぶ威力だ。それだけはさせられなかった俺は何とか照準をずらそうと、強引に先生の体を引っ張る。


 すでに力の抜けかけている体ではそれで精一杯。

 今の内に何とか逃げてくれと、祈るのだが……


「る、ルイスっ!?」


「ばっ、馬鹿っ! 逃げろリリィっ!」


 事もあろうかリリィは俺を心配して、その場に残っていた。

 まだ状況を把握出来ていないのだろう。意識こそしっかりしているようだが、逃げる様子がない。これは……まずいっ!


「彼女は逃がすわけにはいきませんっ! どきなさいっ! ルイス!」


 幾らか冷静さを取り戻したらしい先生はまず、俺の体から手を引き抜いた。それだけで膝が崩れ落ち、体中の体力が根こそぎ持っていかれるようだった。


「誰にも僕の儀式の邪魔はさせないッ!」


 そして、そのまま先生は俺の顔面を掴むと力任せに放り投げた。

 それだけで冗談のように吹き飛ぶ俺に、リリィの悲鳴が聞こえてきた。


 すぐに逃げれば良いのにアイツ……こんなときでも俺を優先するつもりかよ。

 駆け寄ってくる小さな足音、そして、背後からは圧倒的な死の気配。


「……ッ! ぐおおおおおおおッ!」


 その魔粒子を感知した瞬間、俺は自分の限界を超えてリリィの体を抱き寄せると地面に押し倒すように俺の影に隠し、強く抱きしめた。そして……


 ──ドドドドドドドドドッ!


 魔弾の連射が、俺ごと周囲の地面を抉り始めた。

 何とか魔粒子を展開して、少しでもダメージを減らそうと試みるが元々相性的に効果が薄い上に底を付いていた俺の魔粒子では大した障壁にはならなかった。


 ならばと、俺はことさらリリィを強く抱き締め、自らリリィを守る盾になる事を決めた。どうせすぐに死ぬ命だ。ならば、少しでもリリィが生還できる可能性を上げるために使えばいい。


「り、リリィ……言いか。良く聞け。俺が先生の注意を引くから、その間に外に向けて駆け抜けろ。通路はあっち……道中のトラップは俺が全て解除しておいたからすぐに抜けられるはずだ」


「る、ルイスは……? ルイスはどうするの……?」


「俺は……ご、ほッ! がはッ!」


 言いかけて、俺はたまらず血の塊を吐き出した。

 びちゃびちゃと飛び散る血に、リリィは俺の重態に気付いたらしい。


「る、ルイス……し、死なないでよ……そうだよ、いっしょに逃げよう? またいっしょに……」


「……すまない。リリィ、それは……出来ないんだ」


「どうしてっ! いやだよっ、リリィはルイスといっしょがいいもんっ、いっしょじゃなきゃだめなのっ!」


 滅多に反抗などしなかったリリィが見せた初めての抵抗に、俺はなんとも言えない気分にさせられた。本当に優しい子だよ。いまどき珍しいほどに純粋だ。


 だからこそ……この子だけは守りたいと強く思うのだ。


「すまない……本当にすまない。俺も……もっと一緒にいたかった。お前と同じ未来を見ていたかった。だけど……俺はもう、ここまでなんだ」


「そんなっ、そんなこと言わないでよぉ……ルイスぅ……っ」


 ぼろぼろと涙を零すリリィの小さな手を取る。

 その心に少しでも勇気が宿るように。


「俺の最後の頼みを聞いてくれ、リリィ。どうか……どうかお前だけは生きてくれ。生きてここから逃げ延びてくれ」


 最早、言葉を発することすら痛みを伴う死の淵で、俺はこれまで過ごした日々を思い返していた。これが走馬灯という奴なのだろうか。俺の記憶にあるリリィはいつも笑っていた。まるで太陽のように、周囲を明るくする希望の光だ。

 だから……


「お前と一緒にいた時間は楽しかった。だから……ありがとう。リリィ。俺と出会ってくれ。俺の声に応えてくれて……ありがとう」


 俺は彼女の記憶に残る最後の自分もまた、笑顔であるべきだと思った。

 うまく作れていたかは分からない。元々無愛想な俺だ。笑顔なんて意識して作ったことなんて数えるほどもない。だけど……この子の前でだけは、格好悪い自分は見せたくなんてなかった。


「……茶番は終わりですよ。ルイス」


 だが、そんな俺の必死の努力も背後からかけられた無情な声にかき消される。

 いつの間に距離を詰めていたのか、気付けば先生がすぐ背後まで迫っていた。

 俺は何とか時間を稼ごうと、立ち向かうのだが……


「ぐっ……あっ……」


 すでに体は動かせるような状態にはなかった。立ち上がるつもりだったのに、俺は無様に地面を這いつくばることしか出来なかった。


「ルイスっ!? ルイスっ! しっかりしてっ!」


「ぐ……に、げろ……リリィっ……」


 俺に寄り添うリリィのからだに、先生の手が伸びる。

 そして……


「ぐっ、あぅっ……」


 リリィの細い喉元に、先生の手がかかった。

 そのまま力任せにリリィの小さな体を宙に浮かせる先生。


「く、そっ……リリィを、離せっ!」


「ルイス。最後の講義です。いや、この場合は冥土の土産ですかね。これから死に往く君に、一つだけ真実を教えて上げましょう」


 体を動かすことも出来ず、ただ見上げることしかで出来ない俺の目の前で、先生は儀式用のナイフを懐から取り出した。

 そして……


「良く見ておきなさい。これが……」


 無情にもその刃は振り下ろされ……


「──『現実』です」


 鮮血が……宙を舞った。

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