50話 白と黒の決闘
以前に俺は先生に弟子入りしようとしたことがある。彼の持つ技術を本格的に学ぼうと思ったからだ。そして、その際に俺に出された条件はとある技術を習得すること。
それは『複合展開』と呼ばれる複数の魔術を同時に展開する技術だった。国内でも使える魔術師が限られる超高等技術。最早嫌がらせを通り過ぎて、苛めの域に達しているお題だったが俺はこれに挑戦した。
体の良い追い返しかもしれないと言う疑念を抱えながらも丸々一年をかけ……俺はこの技術を習得した。
だが、俺が生来持っている魔粒子量は二つの魔術を同時に使えるだけの魔粒子容量を持っていなかった。例えるなら両手で別々に絵を描くような技術なのだが、俺にはその腕があっても絵の具が足りなかったのだ。
だから俺の挑戦は結果的に失敗に落ち着き、当時かなり忙しく魔術研究に勤しんでいた先生の額に冷や汗を流させるだけに終わったのだった。
そんな先生との懐かしいやり取りを思い起こさせる『複合展開』だが……こと戦闘において、この技術は途方もない効果を発揮する。
それも当然。殴り合いのインファイトにおいて手が一本増えるようなものなのだ。明らかに使えた方が有利になる。そして、そんな技術を今まさに最強と言うに相応しい魔粒子を持つ先生が扱っている。
その事実がどういう意味を持つのか……最早、思考を停止したくなるほどの難関だった。
「ぐっ……子供相手にそれは流石に大人気ないだろ……」
「理想ばかりを語る子供に現実を見せるのが大人の役目ですよ。君もいい加減……目を覚ますべきだ」
水閃の二重展開。
それはつまり、単純に考えても身体能力に二倍の開きがあるということだ。単一展開の水閃と二重展開の水閃ではその性能には圧倒的な開きがある。加えて先生には『魔弾』に『変成』という厄介な技もある。
こちらは単純な魔粒子の活用故に、魔術の複数展開という条件には当たらない。さっきの腕の話になぞらえるなら、これはいわゆる蹴り技だ。魔粒子のキャパに余裕さえあれば幾らでも繰り出すことが出来る。
これらの情報を総合的に判断するに……今の先生はまさしく無敵だ。
魔術師戦闘においてはほぼ理想とも言える態勢を整えている。
(何より詠唱不要ってのが厄介過ぎる。技の初動が全く見えないからな)
通常の魔術戦なら詠唱を読み取り、相手の動きを先読みすることが可能なのだが、その過程をすっ飛ばしていきなり結果をぶつけてくる先生の戦い方にはそれも通用しない。
となると残された道は……
(『変成』も『魔弾』も使えないほどの接近戦! これしかない!)
弾かれたように駆け出した俺は右手に白銀を構え、先生へと突撃する。
狙いは右肩。利き腕を封じてしまえば、接近戦に勝ち目はなくなるはずだ。
「なるほど。そう来ました。でも良いんですか? ルイス」
刀身の短い小太刀を振るう俺に対し、無手の先生は無表情のまま呟いた。
「──そこは鬼門ですよ?」
そして先生の両手が一瞬にして動き、俺の手を取ると強引に体を捻ってきた。体の構造上、痛みを避けようと俺の体は自ら地面に倒れるように動き、圧倒的な隙を生み出してしまう。
咄嗟に視線を上げると、漆黒の手刀を構える先生の姿が見えた。
「ちぃッ!」
白銀で反撃に転じるが、それさえも弾き返した先生の手刀は俺の首筋を掠めそのまま地面に突き刺さった。その手刀が本物の刀にも劣らない鋭さを持っていることは明白。体で受ければ俺の体は林檎のように叩き割られることだろう。
「今の僕を相手に接近戦は、虎と素手で組み合うようなものですよ?」
「離れれば竜の咆哮が来るんだ。それに比べりゃ随分マシだろっ!」
「なるほど。確かに」
転んだまま放った俺の足払い。
それを軽く跳躍して交わした先生はそのまま落下の勢いを乗せて、俺の顔面に掌底を放ってくる。
これに対し、体を捻って交わそうとするのだが……
(なっ!? 体が……動かねえっ!?)
見れば俺の体の一部に先生の漆黒の魔粒子が纏わりついていた。
風系統の『固定』。これにより、俺の動きを封じてきたのだ。
体の自由を奪われた俺は先生の一撃を避けることも叶わず……
──ドゴォォッッッッ!
まるで万力で押しつぶされるかのように地面ごと破砕されるのだった。
しかし……
「む……?」
俺の方も魔粒子の展開が間に合った。
向こうが『固定』によって俺の動きを封じるのなら、俺も『固定』を使って周囲に即席の結界を張るまで。『水蓮』には直接対象に影響を与える効果はない。言ってしまえば、超強力なハンマーで叩かれているのと変わらないわけだ。それなら防御に徹してしまえば魔術師に受け切れない道理はない。
「いい加減っ、どけっ!」
マウントを取られたままでは戦えないと判断した俺は、強引に先生の体を蹴り上げる。その勢いを利用して向こうも距離を取ってしまったが、あのまま殴られ続けるよりはマシだ。
しかし、距離を取られれば当然……
「『──魔弾』」
これが飛んでくるわけだ。
流星の如き勢いで飛んでくるそれは魔粒子の固まり。つまり、先ほどと同じやり方では防げない。三次元上の物質には特大の影響力を持つ魔粒子も同じ高位次元に存在する魔粒子には干渉力が低いからだ。
ということは……
(全部かわすしかねえっ!)
身を低くし、俺はその流星群を何とかやり過ごそうとするのだが……流石に全てを回避することはできなかった。『水閃』の身体能力でもかわしきれない分は白銀を使って弾くしかない。
魔粒子親和性の高いアダマンタイトなら、相手の魔粒子に対する対抗措置としては悪くない。とはいえ、あの勢いだ。斬り飛ばす度に右腕に痺れるような衝撃が走る。そう長くは持ちそうにないぞ。
(こっちは元より短期決戦のつもりで来てんだ! そろそろ……決めるぞ!)
魔粒子を白銀へと集める。
イメージするのは全てを切り裂く必殺の刃。切り裂くという行為に置いて他の追随を許さないその一撃に名を付けるなら……
「うおおおおおおおおおおッ!」
──『白閃』。
眩く輝く白銀色の魔粒子を引き連れて、俺の全力の一撃が先生へと迫る。
迎え撃つのは先生の漆黒。手刀を構えるその腕には、何重にも重ねられた魔粒子の層が見えている。実力で言えば俺が圧倒的に負けている。だが……こちらにはティアの授けてくれたアダマンタイトがある。
圧倒的な魔粒子親和性を誇るこの武器ならば、先生の魔粒子さえも貫ける可能性があった。
(頼むっ! これで決まってくれっ!)
祈るような想いと共に、この一撃に全てを賭ける。
そして……眩い光の交錯と共に、白銀と漆黒が衝突した。




