47話 立体魔法陣
「──『水閃』ッ!」
魔粒子を起動し、限界いっぱいまで身体能力を強化する。
水閃は先生に教えてもらった魔術だ。となると、当然先生も使えることを前提に動く必要がある。魔術戦において、俺より確実に一日の長がある先生相手に使える戦法はそれほど多くない。
確実に言えることは長期戦になればなるほど実力の差は明白に現れるだろうということ。故に、俺は最初から全力。自分の持てる全ての力をこの初撃に賭けた。即ち……
「うおおおおおおおおおおッ!」
──電撃戦。
最速で攻め立て、相手に反撃の隙すら与えない。それこそが俺に与えられた唯一の勝機だったのだが……
「…………ッ!」
先生へと向かう俺の前に立ち塞がるようにその男は現れた。
目の下にクマを作った薄気味悪い風貌の男。俺はその男に見覚えがあった。
「コイツっ……路地裏のっ!?」
それは以前にリリィを誘拐した細身の男だった。
あれ以来、自警団も消息を掴めていなかったのだが……灯台下暗し。こんなところに潜伏していやがったのか。
「ちっ!」
邪魔な男に向け、白銀を振るう。それに対し、男は分厚い刃を持つ戦闘用のコンバットナイフをぶつけ返してきた。
──ギィィィィンッ!
つんざくような金属音と共に火花が周囲に飛び散る。
この男との戦闘は二度目になるが、正直、前回の戦闘は俺の判定負けだった。実力的には拮抗もしくは俺にやや不利かそれぐらいだろう。先生の前の前座としては余りにも強力すぎる魔術師だが……
(……先生は動かない、か。戦いに参加するつもりはないのか?)
先生は現場で働く軍人魔術師などとは違い、完全な研究職の人間だ。戦闘自体はそれほど得意ではないのかもしれない。だとしたら……2対1のこの現状にも活路はある。
「せえええああッ!」
俺はひとまず、目の前の男に意識を集中させることにした。
男の体から漏れる魔力光は変わらず薄緑色。ということは、この男は風系統の魔術師ということで間違いない。
『移動』と『固定』に特化した魔術系統、それが風系統だ。まずは、この男がどんな魔術を使うのかを見極める必要があるが……それもある程度の目星はついている。
(以前こいつは刃物の切れ味を強化していた。あれは恐らく、刃の表面の魔粒子を高速で『移動』させることにより切れ味を増していたんだろう)
それ以外に風系統の魔粒子であの現象は説明出来ない。
だが、そうなるとこの男は魔粒子の操作においてかなりの熟練度を誇っていることになる。近接戦闘における武器の性能はそのまま勝敗に影響する重要な要素だ。
現状、把握出来ている情報だけでもこの男が戦闘用に訓練を積んだ魔術師だということが分かる。反面、こちらの手札は身体強化の『水閃』と傷を癒す『水蓮』の二つのみ。
圧倒的に、相手の動きに対する手札が少なすぎるのだ。
そう言う意味でも短期決戦は臨むところ。
「──シッ!」
狙うは男の持つコンバットナイフ。あれも魔粒子を通しているところを見るに、アダマンタイトなのだろう。となると強度自体は普通の武器よりも劣るはず。
後は俺の魔粒子操作の精度、そしてどちらの武器がより優れているかの勝負になるが……
「おおおおおおおおおおおッ!」
俺は絶対の信頼を持って、白銀を全力で振り抜いた。
この武器を打ったのはあの天才魔導少女だ。普段はとんちんかんな奴だが、こと魔導具製作において間違いはない。
(これで……決めるっ!)
下から振り上げるような軌道で男のナイフを弾き上げる。
完全に破壊することは出来なかったが、隙は出来た。俺は男の懐に飛び込み、必殺の掌底を叩きこむ。だが……
「ちいっ!」
男の反応速度も流石の一言だった。
水閃により強化された俺の一撃一撃を全て、片手で受け止めていく男。そのたびに、まるで爆発でもしているかのような衝突音が鳴り響く。
防戦に回ってしまった状況を打開しようとしたのか、男がナイフを逆手に構え俺の首筋を狙ってきた。僅かに体を逸らしてそれを回避し、更にもう一撃……
「…………ッ」
いや、違う! 逆の手だ!
俺の意識が右手に逸れた瞬間に、男は左手に新たなナイフを取り出していた。今度のそれは細長く、刺突用にデザインされたナイフ。以前に俺を突き刺したのと同じ型のナイフだった。
上から振り下ろされるコンバットナイフを白銀で、下から迫る刺突用ナイフを男の手首を左手で掴むことにより防ぎきる。だが……今のはぎりぎりだった。後一瞬反応が遅れていたらぶっすり刺されていただろう。
以前に一度戦った経験が活きた。最初から二本とも出さなかったのは俺の油断を誘う為なんだろうが……何とか間に合ったぞ。
「それで終わりか? なら……次はこっちの番だ!」
男の手首を掴んでいた俺は強引に両手を左右に広げると、飛び膝蹴りを男の腹部に向けて叩き込む。全ての意識を攻撃に割り振っていたのだろう、強烈なカウンターとして俺の攻撃は男に突き刺さった。
両手から離れたナイフがからからと床を転がり、手の届かない範囲に逃げる。これで……チェックメイトだ。
「……ふう」
最後に使ったカウンター。
あれは以前にゴルゾフが使っていた格闘術を見よう見真似で再現したものだったのだが……何とか形になっていたようだ。
「さあ、取り巻きは潰したぜ。先生。後は……アンタだけだ」
男は倒れた拍子に頭でも打ったのか、気絶しているようだった。
そうでなくても俺の全力で蹴り飛ばしたのだから、肋骨の一本や二本折れていてもおかしくはない。事実上、彼は完全に戦闘不能だろう。
「まだ魔術を学び始めて3年目だというのに……君には魔術を使う才能もあったのかもしれませんね。見事な動きです。ルイス」
事の成り行きをただ静観していた先生は俺に賞賛の声を上げると……
「ですが戦略家としては大成出来そうにありませんね」
にっこりと、諭すように俺にそう告げるのだった。
そして……ゴウンッ、と何かの機械が動き出す音が聞こえた。
「なっ!」
周囲を見れば壁や床、果ては天井にまで彫り書かれた術式が魔粒子の輝きを得て漆黒色の閃光を放ち始めていた。
(ちっ、周囲に張られてた紙はこれを隠す為の偽装かっ! だけど……なんだ!? 何の魔術を起動したんだ!?)
俺も魔法陣の術式に関しては一家言持っている。だが、それでもこれが何の魔術を起動するものなのか判断付かなかった。
(普通、魔法陣は二次元的に配置するものだ! なのにこれは……ッ!)
この部屋全てを使い、三次元的に配置された立体魔法陣。
これだけ複雑な魔法陣は授業でも見たことがない。
──魔法陣製作の第一人者、マルク・マクレガー。
若くして魔導学園の教師にまで上り詰めたその手腕に偽りはない、か。
「くそっ! おい! アンタ、一体何をするつもりだっ!」
「そう慌てなくてもそのうち分かりますよ。術式配置に比べ、現象そのものは非常に分かりやすい構造をしていますからね、これは」
にこやかに笑う先生の視線の先、そこには……
「うっ……あああああああああああっ!」
苦悶の表情を浮かべ、絶叫を上げるリリィの姿があった。
「リリィッ!?」
そして、その瞬間に俺は気付いた。
この魔法陣、この術式の中心は……
──部屋の最奥。即ち、リリィの囚われている場所だということに。




