46話 最終決戦
親の敵が如く睨み付ける俺に対し、先生はただいつもの柔和な笑みを浮かべながら俺を迎え入れた。それがただただ俺にとっては不気味だった。この人の本性が俺の知らない全く別の人格であれば、憎むことも出来た。
だが……この人はいつもの先生だった。
俺が敬愛し、尊敬し、目指した最高の魔術師……そのままの姿だった。
「それにしてもルイス、よくこの場所が分かりましたね。この地下研究室は一般には公開していない僕の秘密の研究室だったのに」
「……ここに部屋があることは知ってた。個人用の研究室を抱えることは魔術師なら珍しくもないからな。いつかアンタにこの部屋を紹介してもらいたかったよ。こんな……こんな形じゃなくてな」
「なるほど、流石に鋭いですね。それなりに偽装していたはずなんですが……まあ、君にとっては然したる障害でもありませんでしたか」
確かにこの部屋の入り口にはそうとは見えないように魔術的な結界と、侵入者排除の術式が組み込まれていたが、魔法陣研究に打ち込んできた俺にとって見抜けないものではない。
そもそも高度な魔法陣ほど、物理的な隠蔽が難しいものだからな。入り口を知っており、罠を警戒してさえいればまずまず解除は可能だ。しかもそれが何年も研究を手伝ってきたこの人の術式ならなおさらな。
「君は優秀な魔術師だ。素質こそ確かにいま一歩足りないかもしれませんが、その術式に関する理解と状況判断能力、及び情報処理能力はこの学園の生徒の中でも郡を抜いている。研究仲間に欲しいと言ったのは嘘ではないですよ」
「俺もそれが"普通の"研究なら喜んで手伝ってましたよ。だけど……」
部屋中に設置された機器と、壁中に貼られた術式理論に視線を向けた俺は……その内容におおまかな予想がついてしまっていた。
「"人体生成"……アンタ、一体この部屋で何をするつもりだったんだよ」
「……一目で見抜きますか」
俺の言葉に、そこで始めて先生は額に汗を滲ませた。
人体生成。つまり、人間一人を魔術により作り出す術法。これは魔導法により、禁忌に指定されている魔術の一つだ。どんな理由があろうとも、これを行ったものは魔術師としての資格を剥奪されるだけでなく、司法裁判に掛けられた後に……死刑となる。
それほどに重い罪なのだ。人体生成とは。
そして、それほどのリスクを覚悟してでも実行しようとする魔術師が後を立たない禁術でもある。それはこの魔術がただの人間を作るだけには留まらないからだ。多くの魔術師を魅了し、禁忌とされる所以でもあるこの魔術の最たる特徴。それは……
「先生、アンタ……一体、誰を蘇らせるつもりだったんだ」
それは、死者を蘇らせる禁忌の法。
術式により、記憶と人格を与えられたその人間は生前のその人とほとんど変わらない肉体と精神を持つ。故に、友人を、恋人を、家族を蘇らせようと魔術師は度々この禁忌の術式に手を染めるのだ。
だが……
「アンタだって何度も考えたことだろうけどよ……たとえこの魔術が成功したところで死んだ人は返って来ない。それがどんなに本人に似ていようとも、似ているだけの贋物だ。そんなもんじゃ何の慰めにもなりゃしない」
それはこの魔術唯一の欠点。
肉体や人格を幾ら取り繕っても、その人形には魂がない。ただ打ち込まれたプログラムに従って動くだけの機械人形なのだ。幾ら望もうとも、幾ら求めようとも、幾ら希おうとも……死んだ人はもう戻らない。それはこの世界の理だ。
そんな俺の正論を前に、先生は……
「はは……慰めにもならない、ですって? 分かったようなことを言いますね、ルイスは」
窪んだ瞳で俺を見つめると、乾いた笑いをその狂気に染まった顔に貼り付けるのだった。思わず一歩後ずさる俺に、先生は両手を広げ、叫ぶように言い放つ。
「僕の魔術は完璧だ! そこらの魔術師が作り出す紛い物とは違う! 僕は……僕だけは完璧な姿と心を持った彼女達を蘇らせることが出来る!」
「……アンタ……」
いつも自分の持つ技術に絶対の自信を持っていた先生だったが……ここまで根拠のない自信を振りかざす先生は始めてみる。
狂っている。
一言で形容するならそれだ。
いつもの理知的な様子もなりを潜め、焦燥感すら滲ませる狂気の本音が表面化していた。そんな先生の姿を前に、俺は……
「……俺はアンタを止めるぞ。マクレガー先生」
静かに白銀を構え、戦闘の意思を示す。
話して駄目なら力尽くで。もとよりそのつもりで来たのだ。躊躇いはない。
「君なら分かるはずだ、ルイス! 君がこの学園に来た目的、もしもそれが果たせなかったらどうする!? "彼女"がもしも救えなかったら!? 君は己の無力さを後悔するはずだ! そして僕と同じ道を辿る! なぜなら……」
しかし、自らの命を脅かす刃物の切っ先を前にしても先生は全く動じることなく、むしろ自分から俺の前へとその姿を現した。
「──君は、僕に良く似ているから! 必ず君も僕と同じことをするはずだ!」
確信している口調で語る先生。
確かに……俺と先生は良く似ている。
平民の出身で、魔法陣研究を専攻しており、得意な系統も同じく水系統。
またそう言った表面的なプロフィールだけでなく、性格や考え方まで俺たちは驚くほどに似通っている。何年も一緒に研究を続けられたのは、そういうウマの合う部分があったからだ。
だが……
「……アンタは俺に言ったよな」
それを認め、彼の軍門に下ることだけは出来なかった。
「前に進め、と。俺はまだ何も失ってなどいないのだから、と。だったら……俺はアンタも止めてみせる」
俺はこれまで一の為に全てを捨てる覚悟だった。
だけど……それでは駄目なのだと、気付かされた。
リリィと、そして他ならぬこの人自身に気付かされたのだ。
「アンタは俺にとって大切な恩師だ。だから……そんな人にこんなことはさせられない。何がなんでも、止めさせる。後悔すると分かっている未来に、むざむざアンタを見捨てて行かせてなんてやるもんかよ!」
まだゴルゾフとの戦闘によるダメージも抜け切らない体のまま、俺はようやく辿り着いたこの場所で、最後の魔術を詠唱する。
「《清廉なる水精よ、我が身に加護を与え給え──》」
今度こそ……全てを拾い上げるために。
「──『水閃』ッ!」
リリィを救う為、そして……恩師を救う為に。
光のないこの地下室にて、俺の最後の戦いが幕を上げるのだった。




