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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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44話 記憶の欠片

 ──暗い、冷たい。


(ここは……どこだ?)


 ──嫌だよ……お母さん。


(真っ暗だ。何も見えない)


 ──助けてよ……お父さん。


 先ほどまでいた白銀の世界から一転、周囲を闇に染められた空間で一人、俺は立ちつくしていた。いや……一人じゃない。先ほどから俺の頭に誰かの声が響き続けている。


 それは助けを求める声。

 その"子供"は震えていた。

 冷たい世界にたった一人で。


(なんだ……この感情は……)


 まるでその子供の感情を直接流されているかのように、俺の脳裏にその光景が流れ込んできた。

 雪の降る小さな街で、頼れる人もおらず、たった一人で歩き続ける少女。ぼろぼろの布切れを体に纏い、今にも倒れそうな足取りで前に前にと進む女の子。

 だけど、それは意思によって支えられているものではなかった。それも当然。彼女に行く当てなど存在しないのだから。


「お母さん……お父さん……寒い……寒いよぉ……」


 もうどこにもいない両親の名を呼びながら歩き続ける少女はやがて、力尽きたのかその場に倒れこんだ。どこに行けば良いのか分からない。とっくの昔に女の子は自らの居場所を失ってしまっていた。


(──痛い)


 唐突に胸を襲った感情の正体。

 それは"孤独"と言う名の痛みだった。

 少女の孤独を知った俺は、まるで自分自身がその少女になったかのような錯覚を感じながら……


「──ルイスっ!」


 唐突に元の部屋、俺の住んでいる男子寮へと意識を引き戻されるのだった。


「……ティア?」


 見ればティアが心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。そこで俺はようやく自分が倒れたのだと理解した。


(さっきの光景は……まさかリリィの記憶か?)


 先ほど見た幻のような光景に、俺はそう理論付けた。眷属召喚とは魂と魂の交流。ゆえに、両者の間に何かしらの回路(パス)が作られていてもおかしくはない。そこを通ってリリィの記憶や感情が俺の中に流れ込んできた……そう考えるが妥当だろう。


「ぐっ……儀式はどうなった?」


「……失敗した。術式自体は発動していたけど、リリィは応えなかった。もしくは……」


「応えられる状態にないか、だな」


 口ごもるティアに代わり、俺はその可能性を挙げた。

 自慢じゃないが、俺とリリィは鉄壁の絆によって結ばれている。俺が呼んでリリィが応えないなんて、誰かが妨害している以外には考えられない。そして、それをしているのは恐らく……


「……行くしかねえ、か」


「え?」


 ぽかんとした表情を浮かべるティアを無視して立ち上がる。

 どういうわけか、俺の魔粒子は少しだけ回復していた。普通はこんな速度で回復するようなものではないのだが、この現象に俺は一つだけ心当たりがあった。


(……俺に力を貸してくれたんだな、リリィ)


 先ほどの光景、あれがリリィとの絆の証なのだとしたら俺とリリィの間にはまだ仮契約の術式が生きている。そこを通ってリリィの魔粒子が俺に流れてきたのだろう。先ほどの記憶と共に。

 そして……


(分かる……リリィはまだ……この学園の敷地内にいる)


 その回路を自覚すれば、リリィとの距離も何となくだが分かるような気がした。暗闇の中で近くにいる人間の気配をなんとなく察知するように。俺は五感以外の感覚でリリィの存在を察していた。


「ルイス……その傷で行くつもりなの?」


「ああ」


「それは……流石に無茶。一緒に来てくれる教師を探すべき。少なくとも先生に助力を……」


「悪いが、そんな悠長なことを言っている時間はなさそうなんでな」


 リリィが俺にあの光景を見せた理由。それはリリィが今、窮地にいるからだ。彼女から流れ込んできた負の感情は今まさに、一人で助けを待っているリリィが見せた俺への救助信号。俺はそう考えている。


「リリィが助けを求めているんだ。俺は一秒でも早くそれに応えてやりたい」


「…………」


 俺の頑固さを知っているからか、ティアは俺を止めることはしなかった。

 その代わり……


「……分かった。だけど、一つだけ約束して」


「ん?」


「絶対に帰ってきて。そして、また私と一緒に……研究しよ?」


 最後にくらりと来そうなほど可愛らしい表情で懇願するティア。

 けどまあ、その内容が魔術の研究だってのがコイツらしいと言えばコイツらしいな。


「分かった。約束だ」


「……絶対。絶対だから」


 泣きそうな顔を隠しながら、俺を見送るティア。

 俺はずっとこの学園で一人戦っていたつもりだった。だけど……俺のすぐ近くにずっと味方はいてくれたらしい。今更そんなことに気付くなんて鈍感にもほどがあるが、今はただ純粋に俺のことを心配してくれるティアの存在が有り難かった。


「行ってくる」


 ようやく見つけた俺の理解者に一度だけ視線を向け……俺はリリィの元へ駆け出した。


(……悪いな。ティア)


 もしかしたらその約束には応えられないかもしれないと、心の中でティアへ謝りながら。これから向かう先はそれほどに危険な場所なのだ。生きて帰れる保障はどこにもない。

 だけど、それでも……


「待ってろよ、リリィ……」


 俺はもう、止まるわけには行かなかった。

 もう二度と……大切な人を失わないために。

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