43話 二度目の眷属召喚
魔法陣とは一定の法則に従い文字と線を並べた図形のことを指す。簡単なものなら魔力光の操作により描くことも出来るのだが、暗記することも難しいような複雑な魔法陣は手ずから線を描くしかない。
「頼む、急いでくれ、ティア。時間がないんだ」
「……分かった。でもこれ……校則違反どころか、法律違反」
ティアの言う通り、私的に眷属召喚の儀式を行うことは王国が定めた魔導法により禁止されている。これはみだりに眷属を悪用したり出来ないように管理するためのものなのだが、これを犯せば魔術師としての人生はその瞬間に終わりを告げる。
だが……
「罰則なら後で受ける。だから今はとにかく急いでくれ」
今はとにかくリリィの無事を確保することが最優先だった。
「……ここは、こう。そして、こっちが……」
「待て待て! それは普通の眷属召喚の術式だろ! それだとリリィが呼び出せない。そこはこっちの文字列を使ってだな……」
先生のところで勉強を続けてきた俺達は即興で術式を弄りながら魔法陣を作成していく。普通の学生には不可能だろうが、俺とティアなら出来る。共に魔法陣に関する分野を専攻する俺達なら。
「良し、良し、後は触媒と対価だな……対価は俺の血で良いとして、問題は触媒か……何か魔粒子抵抗の低い物質は……」
「それなら丁度良いのがある」
そう言ってティアはポーチから布に包まれた短い棒状の物を取り出した。
「それは?」
「ルイスに頼まれていたアダマンタイト」
くるり、と巻かれていた包みを解くとそこには銀色に輝くナイフがあった。
僅かに反りの入った刀身はやや長め。その形状と、刀身の長さからそれが戦闘用の物であることは一目で分かった。
「銘は古代語で"白銀"を意味する『シルヴィア』。私の過去最高傑作」
「これ……そんなにすげえのか?」
「柄部分の内部機構に立体魔法陣を設置している。魔術名を呼ぶだけで起動する仕組み……けど、今は全てを説明している暇はない」
ティアの説明に思わずあんぐりと口が開きかける。これはそれだけ凄いことだ。なぜなら魔術名を読むだけで良いってことは複雑な術式処理は全てこのアダマンタイトがやってくれるってことだ。それは即ち魔粒子の操作が出来る人間なら適性さえあえば誰でもお手軽に魔術が使えるということなのだから。
しかし、今は驚いている場合ではない。
それだけの内部機構が実現できるということは、魔粒子親和性もかなり高い水準で保たれているはずだ。そうでなくては、魔法陣に魔粒子を流す際に魔粒子抵抗によりまともな魔術起動は行えなくなるはずだからな。
「儀式の触媒に使うには十分ってことか……良し。早速始めるぞ。ティアは下がっていてくれ」
「……(こくり)」
小さく頷いたティアが魔法陣から安全な位置まで離れたことを確認し、俺は受け取ったばかりのナイフで手首を切った。ちょっとヤバイくらいの血が流れるが、足りない魔粒子を補うには少しでも魔法陣自体の魔粒子抵抗を下げておくしかない。そし、それには魔粒子親和性の高い血液を使うしか方法はなかった。
「良し……行くぞ」
瞳を閉じ、静かに深呼吸を繰り返す。
そして、自らの集中力が極限まで研ぎ澄まされた瞬間を狙い……
「《其は原初の理。我が身を捧げ、希う。我が願い、聞き届け給え──》」
俺は眷属召喚の詠唱を開始した。
俺とリリィはまだきちんと眷属召喚の儀式を完了させたわけではない。だから再び同じ術式によってリリィを呼び出すことは可能なはずだ。
「《契約は等価。我が身を以って対価とす。汝にその意あるならば……》」
イメージするのはリリィの姿。
伝聞でしか聞いたことがない高位の霊獣に比べれば、簡単なものだった。
あの日からずっとリリィは俺と一緒にいた。ご飯を食べるときも、勉強するときも、眠るときだっていつもリリィは隣にいた。だから……もう一度それを願うだけで良い。
問題はリリィがこちらの呼び声に応えてくれるかだが……
(リリィ……俺はお前を信じてる。だから……)
瞳を閉じ、これまでの日々を思い出す。
それだけで、不思議と勇気が沸いてくるような気がした。
(お前も俺を信じて応えてくれ……っ! 今度こそ、俺は……っ!)
「《我が呼び声に応えよ──高貴なる獣の王よ》!」
──俺はお前を守ってみせる!
心の中で静かに誓った瞬間、魔法陣が白銀色に輝き始め部屋中を満たし始めた。それはかつての光景の再現。俺がリリィと初めて出会ったあの日の、光景だった。




