41話 炎の中で
すでに火の手を肌で感じるほどに状況は切迫していた。
ゴルゾフの口から語られた真犯人の名前に呆然とする暇さえなく、俺たちは動かなくてはならなかった。
「ちっ、もうこんなところまで火が……おい、急げ。俺はリリィのところに行かなくちゃいけねえんだよ! こんなところで油を売ってる暇はねえんだ!」
ぐったりとしたまま動かないゴルゾフを催促する。
だが、ゴルゾフはすでに気合や根性でどうにかなるような状態ではないらしく、俺の言葉にも低い呻き声を漏らしながら何かに耐えるように顔をしかめるだけだった。
「おい! しっかりしろ! ゴルゾフ!」
俺より体格の良いゴルゾフを担いで歩けるような体力はすでに残っていない。だからこそ叫ぶようにゴルゾフに語りかけるのだが……
「俺は……駄目だ。体が、動かない……」
「諦めるなよッ! お前、こんなところで死ぬつもりかッ!?」
どこまでも弱気なゴルゾフの発言に思わず口調が荒くなる。
「お前、そんなキャラじゃねえだろ! いつもみたいに自信満々の面で構えてろよ! まだ……まだやれるはずだろっ!」
「……俺がそう見えたのは全部ただの強がりだ。本当の俺はもっとずっと……弱い」
「こんな時にお前……ッ!」
「……嘘じゃない」
すでに諦めてしまったかのように振舞うゴルゾフに俺は胸倉を掴んで怒鳴り散らしてやりたかった。だが、続くゴルゾフの言葉に思わず手が止まってしまう。
「俺は……お前みたいになりたかった。いつだって自信に満ちたお前みたいな男にな」
真っ直ぐにこちらを見るゴルゾフの言葉に嘘は感じられなかった。
だからこそ戸惑ってしまう。
俺みたいになりたかっただと?
そんなわけが……
「俺はディーン家の長男だが、魔術の才能を持って生まれなかった。だから……認められたかった。少しでも多くの人間に。俺は不良品なんかじゃないんだってことを証明したかった」
ゴルゾフが常に威張り散らしていた理由。
それはなんてことのないただの虚勢だったのだ。
俺が俺に嘘をつき騙そうとしたように、ゴルゾフもまた周囲に嘘をついていたらしい。だが……
「そんなの……当たり前だろうがよ。今の自分に満足出来る奴なんていねえよ。人はいつだって理想を求める。だからこそ、立ち上がれるんだろうが」
俺が今日まで戦ってこれたのは理想があったから。
譲れない目標があったからだ。
「お前は……満足しちまうのかよ。こんなところで無様に散って、それで満足なのかよ。俺が憧れたお前は……そんなちっぽけな人間だったのかよ!?」
痛む体を押して、俺はゴルゾフの体を強引に立ち上がらせる。
「立てよゴルゾフ・ディーン! 今までのお前が全て虚勢で作られた偽者だったとしても、それを最後まで貫き通して『本物』にしちまえば良い話だろうがっ!」
俺自身、どうしてこんなにも必死でゴルゾフに言い聞かせているのか不思議だった。さっきまで命のやり取りをしていた相手だ。そうでなくても、俺はコイツに何度も何度も煮え湯を呑まされて来た。
そんな相手に……
「俺は認めねえぞ! こんな結末も! こんなところで諦めちまうお前も! 俺の知ってるお前はこの程度で挫けるような男じゃねえはずだ! そうだろ! ゴルゾフっ!」
俺は祈るような想いで啖呵を切っていた。
どうしてそんなことをしてしまったのか……改めて考え、ようやく俺は気付いた。
ずっと俺を目の敵にして、何かと対立してきたゴルゾフ……だけど、コイツだけは俺のことを真っ直ぐに見つめていた。嫌がらせの手紙や、卑怯な方法で俺を引き摺り下ろそうとはしなかった。コイツだけが……この学園で唯一、俺と対等に戦ってくれた人間だったのだ。
俺はそんなゴルゾフのことを、きっと……
「お前はこんな窮地なんて物ともしねえ……すげえ奴のはずだろうがッ!」
──好敵手だと、思っていたんだ。
いつも成績優秀者に名を連ねる彼を、俺の先を往く彼を、いつも自信に満ち溢れていた彼を……俺は羨ましいと感じていたのだ。
なんてことはない。
俺もゴルゾフも同じだったのだ。
お互いに無いものねだりのはぐれ者。
俺がもっと普通の平民のように謙虚だったなら。
彼がもっと普通の貴族のように傲慢だったなら。
こんな結果は訪れなかっただろう。だけど……俺もコイツも譲れないものがあった。お互いがお互いの目的の為、決して退けない誓いがあった。そして、自らを奮い立たせて必死に前に進む様を俺たちはお互いに見てきた。
そして……コイツにだけは負けたくない、と。
それだけを思って競い合ってきたのだ。
ただ……それだけのことなのだ。
「……お前は……俺を認めてくれるのか……?」
「当たり前だ。とっくの昔に認めてるよ、お前がどんだけすげー奴なのかってことくらいな」
「……そうか」
俺の言葉にゴルゾフは瞳を閉じた。そして……
「それなら……俺は俺らしくしないとな」
小さく、笑みを浮かべると苦悶の表情と共に魔粒子を活性化させた。
すでに魔粒子は残り僅か。むしろ残っていることが不思議なほどだったがそれでもゴルゾフは立ち上がろうとした。強引な魔粒子の活性化に痛みすら走っているのか、表情を歪めるゴルゾフに俺は手を貸そうとして……
「……え?」
手を取られると思いっきり、突き飛ばされるようにその場から弾き出されるのだった。咄嗟に振り返るとそこには……
「──ゴルゾフっ!?」
頭上から火の付いた木々が倒れこむのが見えた。
俺をその場から強引に避難させたゴルゾフは、
「……ありがとな、ルイス・カーライル」
らしくもない笑みを浮かべ、炎の渦に呑まれていくのだった。




