4話 ルイスのためならなんでもするよ!
「よし、それでだ、リリィ。これからいくつか質問するからそれに答えてくれるか? 勿論、分かる範囲でいいから」
「ん……分かった」
自己紹介と入浴を終えた俺達は自室の中央に用意された丸テーブルに向き合うように座って、話し合いをすることにした。現状、お互いに分からないことだらけだろうからな。
ちなみに替えの服を持っていなかったリリィには俺のお古の服を貸してやった。小柄なリリィにはシャツ一枚で十分だったのも具合が良い。女モノの服なんて当然持ってないからな。そこだけは助かった。とりあえず、これで彼女の"衣"に関してはクリアと言って良いだろう。
「まず……そうだな。リリィは自分がどこから来たか分かるか?」
手始めにそんな質問から投げかけた俺に、リリィは考える様子を見せゆっくりと語り始めた。
「……なまえはわかんない。けど、暗くてこわい場所ってことはおぼえてるよ」
「暗くて怖い……なるほど、大体分かった」
どうやら俺が予想した通り、リリィは貧民街から召喚されてきたらしい。
あそこは普段常駐している騎士も巡回しない、いわゆる無法地帯の一つだ。身なりから大体の想像はしていたが、これでいよいよ確定したわけだな。
「ご両親……お母さんかお父さんは? 一緒に暮らしていたのか?」
「お父さんはいたよ……けど、少し前に……その……」
「ああ、言いにくいことなら言わなくていいからな。これは尋問じゃないんだ。リリィも何か聞きたいことがあるなら聞いてくれていいぞ」
話が少しまずい方向に行きかけたので、強引に軌道修正する。
貧民街ではその手の話題に事欠かないからな。注意していて良かった。
「えと……ルイスがリリィを呼んだ、んだよね?」
「あー、そのことか。確かに眷属召喚でお前を呼んだのは……俺だ」
些か、いや、かなり不満ではあるが。
「ならリリィのお願い、聞いてくれるの?」
「待て待て、確かに俺はお前を呼び出しこそしたが、契約するつもりはないぞ」
「……そうなの?」
「当たり前だろ。普通に考えて人族のお前を眷属になんて出来るわけがない。最近は奴隷解放の動きも強まってるからな。またどっかの人権団体とかが騒ぎ出すに決まってる」
この国には奴隷制度があるのだが、これに対して最近反対する声が強まってきている。俺としては何を今更と思わないでもない。広い目で見れば家畜や眷属も奴隷となんら変わらないからな。
「そういうわけで俺はお前とは契約出来ない。そもそもお前だと俺の願いを叶えるには力不足だ。俺の大願成就の相棒はお前みたいなガキには務まらん」
「……む、むずかしい言葉いっぱい」
「つまりお前はいらんということだ。チェンジで」
くるりと指を回転してみせる俺に、がーんという効果音でも付きそうな顔で慄くリリィ。少し辛辣すぎたかとも思ったが、最初はこれくらい言っておかないとなあなあで世話を任されることになりそうだからな。
早いところこの幼女を孤児院にでも送りつけて魔術研究に励みたいのだ、俺は。
「リリィ、ルイスのためならなんでもするよ! お願いだってちゃんと聞くから!」
「そういう問題じゃねえよ。倫理的にも能力的にもお前には無理だ。諦めろ」
「そ、そんなぁ……」
俺が明らかな拒絶の意思を見せると、リリィは泣きそうな顔でへたり込んでしまった。というか……
「というか何でお前はそんなに眷属になりたがるんだよ。そんなに叶えたい願いでもあるのか?」
「う、うん……」
俺の目的に値する願い、か。
そんなもの引き受ける余裕なんて俺にはない。
今は自分のことで手一杯だからな。ギブアンドテイクならともかく、一方的に手を貸してやるほど俺はお人好しではない。
「リリィはルイスが呼んだから来たのに……」
「それは悪かったと思ってるよ。お前が望むなら帰り道の駄賃くらいは用意してやる。だから今回は諦めて帰ってくれ」
「うぅ……」
召喚されてそのままUターンなんてあまりないケースだが今回ばかりは仕方ない。あまりにもイレギュラーに過ぎた。
「分かったか? なら後は先生の報告を待って、それから……」
「……リリィはちゃんと聞いたよ。ルイスの"力を貸してくれ"って声」
このまま話が終わるかと思った矢先、リリィはぽつりと下を向いたままそんなことを言い始めた。
「ルイスの声がすごく真剣だったからリリィは来たの。この人にならって、そう思ったから。何でもするって言葉、うそじゃないよ?」
顔を上げたリリィはどこまでも真面目な顔をしていた。
多分、というかほとんど間違いなく嘘をついていないだろう。声音からもそのことは良く分かった。だけど……俺にはリリィの願いを聞いてやることは出来ない。
「……女の子が軽々しく何でもするなんて言ってんじゃねーよ」
「ルイス!」
「そんな顔したって駄目なものは駄目だ。お願いなら他の人に頼むんだな」
強引に話を切り上げるべく、立ち上がった俺に……がばっ! とテーブルを飛び越えてリリィが飛びついてきた。
「お、おい! 何してんだ! 離れろ!」
「やだやだやだー! ルイスが呼んだんだからちゃんとやくそく守ってよぉ!」
地味に俺が恐れていた事態、それが起こってしまった。
つまり……
──このガキ、ついに実力行使にきやがった!
子供のわがままほど面倒なものはない。それを俺は実家に暮らす妹で嫌というほど味わってきた。こうなるとこいつらはもう聞く耳を持たない。泣かれでもした日にはどんなにこちらに正義があろうとも屈服するしかないのだ。
「わ、分かった! 分かったよ! お前が本当に俺の役に立つなら契約してやる! だからまずは騒ぐのをやめろ!」
ここは学園が用意した学生寮。
つまり当然、隣の部屋にも人がいるのだ。
こんな時間に幼女を連れ込んだと思われれば良くない噂が立ちかねない。俺にはそんな趣味は皆無だというのに。
最悪のシナリオを回避すべく、妥協案を提示する俺に、
「ほんと!? うそじゃないよね!?」
リリィは憎たらしいほど嬉しそうな声を上げる。
だがまあ、こんな幼女に助けられるほど俺も落ちぶれてはいない。まずまず契約は破棄されることになるだろう。契約とは対等なるもの。リリィが俺の望みを叶えられなければ当然、こちらもリリィの要求を呑む必要はなくなる。
「ああ。だが期間は先生が魔法陣のチェックを終えるまでだ。儀式用の術式は入り組んでて、それなりに時間がかかるだろうが……まあ、遅くても一週間ってところだな。それまでに何の成果も見られなければ契約は破棄、分かったな?」
「わかった!」
何も分かってなさそうな顔で大きく頷くリリィ。
すでに契約の成就を確信しているかのような満面の笑みだ。
こんな子供が俺の役に立てる可能性なんて皆無に等しいのだが……その笑顔に俺はどうしても嫌な予感を感じずにはいられないのだった。