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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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34話 譲れないもの

 ゴルゾフに案内されたのは訓練場の一角だった。

 今日は試験日ということもあり、驚くほどに人が少ない。ほとんどの人間は本校舎にある試験場に向かっているだろうから、それも当然と言えば当然。


「お前と本気でやるのは一年ぶりくらいになるか? 懐かしいぜ」


「……お前がいっつも俺に絡んできたからだろうが」


「あん? ああ、まあ、そうだな」


 俺の言葉に笑みを浮かべたゴルゾフは足元の砂を足で払うと、臨戦態勢を取って見せた。


「言っておくが、俺も今回は本気だ。前みたいな無様を晒せばあっという間に死ぬぞ」


「なんだよ。まるで俺に死んで欲しくないみたいな言い方じゃねえか」


「お前が苦しむところを見るのが俺の一番の楽しみなんだ。お前が死んだらそれが見れなくなる」


「はっ、相変わらず自分勝手なことで」


 静かに構える俺とゴルゾフはお互い、同じタイミングで深呼吸を始めた。

 呼吸は魔粒子の活動を制御するのに重要な意味を持つ。

 お互いが自らのコンディションを最高潮まで高め上げたその瞬間……


「はっ!」


「ふっ!」


 ──戦いの火蓋が切って落とされた。


 初手をしかけたのは俺から。これまでの鬱憤の全てを乗せた渾身の拳をゴルゾフに向けて放つのだが……


「甘いんだよっ! 素人がっ!」


 あっさりとその拳はゴルゾフの左手によって受け流され、そのまま回転した勢いで強烈な肘撃ちを返してくるゴルゾフ。明らかに練習された一連のカウンター。


 人体でも特に固い部位とされている肘や膝は当たり所が悪ければ相手を即死させることも不可能ではない。何度も見た戦い方ではあるが、ゴルゾフは実戦向きの訓練を相当に積んできたことが分かる一連の攻防だった。


 対して俺は、格闘術に関しては全くの素人。

 取っ組み合いになって勝てないことは最初から分かっていた。


「あん?」


 最初から防御されることを前提に拳を放ったかいもあり、そのカウンターに対する対処はすぐに行うことができた。肘や膝を使った攻撃は確かに驚異的な威力を持つが、その分射程が短い。

 僅かに体を逸らして、攻撃圏内から脱した俺は次の手に打って出る。


「シッ!」


「……ッ!?」


 俺が振るった左腕が空を切る。

 だが、それでも良かった。別に拳をぶつけるつもりはなかったのだから。


「てめえ……」


 そこで初めてゴルゾフの顔に恐れのようなものが混じったのを見逃さなかった。俺はことさらその存在をアピールするかのように、左手に持っていた儀式用のナイフをゴルゾフの前に突き出して見せる。

 その切っ先には僅かに血液が付着しており、見ればゴルゾフの脇腹、俺が前に深手を負ったあたりに一筋の傷がつけられていた。


「水系統魔術師は戦闘に不向き。そんなことは誰でも知ってる常識だ。だからこそ油断したな」


「……なるほどな。武器を活性化させたのか。器用なことをしやがる」


 先日戦った魔術師は魔粒子によって守られているはずの俺の体をただの武器で傷をつけた。それは武器そのものを魔粒子によって強化していたからだ。


「本来ただの魔粒子を纏わせたところでそんな都合よく切れ味があがったりするわけがねえ。水系統の『活性』……それも刃物の情報体に干渉することで能力を引き出したのか」


 ゴルゾフが神妙な顔で口にした理論、それはずばりそのまま俺がしたことだった。

 魔粒子というのは個々人によって性能が違う。


 ただ魔粒子を纏わせただけでは何の意味もないが、水系統魔粒子の場合に限りその能力を引き上げることが出来る。


 そもそも、水系統の魔粒子は物質への干渉力が低いとされている。

 肉体や植物などの生きている存在を活性化させることが、その本質にあるからだ。だから水系統魔粒子といえどもただ纏わせただけでは何の効力も発揮しない。


 鉄をどれだけ活性化させたところで鉄に変わりはないように、成長性のない物質に水系統魔粒子は効力を示さない。なのに、どうして俺やあの魔術師が持っていた武器は本来の性能を大きく上回ることが出来たのか?


 その答えが情報体だ。

 魔粒子は高位次元に存在する物質なのだが、高位次元と3次元の間には他にも幾つかの次元が存在するとされている。観測することが不可能だから、断定出来ないあやふやなものだが、その中の一つとして認識されてるのが第7次元、通称・情報体世界(インフィリオ)だ。


 全ての物質は目には見えない情報体で構成されており、それは精霊の意思により構築されているとされる理論。魔術の発現は全てこの第7次元で行われているという説まである、魔術師にとっては常識とも言える理論だ。


 そして、その情報体世界では全ての物質は物理的な影響を受けない。

 全ては魂や意思と言った、目には見えない概念が形作る世界。


 もしも、そこに自由に干渉することが出来れば魔術師としての幅は大きく広がる。今回のように、刃物の『斬る』という情報を直接強化することも不可能ではなくなるのだ。


「強度、魔粒子抵抗、材質、効果。そういう魔術師にとって自由に出来るパラメーター全てを捨てての一点特化の情報強化……とても魔術師を目指す人間のやることとは思えねえな」


「良いんだよ。最初から万能型になれるわけがねえってのは、魔粒子特性から分かってた。だから……俺はこれでいい」


 手にある武器へ魔粒子を流し込む。

 物質として強化されているわけではないから、魔粒子を流しすぎれば自壊するし、より固い材質と当たれば簡単に砕けてしまうだろう。だが……


 ──人一人を斬るにはこれでも十分すぎる。


「……俺はさ、ずっと誤魔化してきたんだよ」


 俺には才能がない。魔粒子特性は戦闘に不向きな水系統。魔粒子属性は周囲に拡散してしまう陽性Ⅳ種。魔粒子特性と属性が理不尽なほどに噛み合っておらず、体内に保有できる魔粒子量も学園内では底辺も良いところ。

 そんな俺が前に進むには、己を奮わせる嘘が必要だった。


「自分には才能がある。だから貴族連中にも負けるわけがないってさ」


 自分には才能がない。そんなことは最初から分かっていた。

 だけど、それを認めてしまえばこの学園では生きてはいけない。精神的なコンディションが魔術の発動に直接影響する以上、自らを鼓舞する嘘を付くしかなかった。

 震える足を叩きながら、萎縮する腕を伸ばしながら、小さな体を大きく見せながら……俺は歩き続けるしかなかった。


「でもそんな嘘が長続きするわけもねえ。一度の失敗で俺は我に返ったのさ。本当の自分がどれだけしょうもない人間かってことをな」


 張り詰めた糸はちょっとした衝撃で千切れ飛ぶ。

 俺にとってのそれがあの時の失敗だった。


「だけど……もう一度歩いてみようって。もう一度頑張ってみようって、そう思えたんだ。そしてそう思えるようにようになったのは……あいつらのおかげなんだよ。だから……」


 俺がこれだけの技術を身につけることが出来たのは絶対に先生のおかげだ。

 俺が今もこうして戦えているのは確実にティアのおかげだ。

 俺がこうして、立ち向かえるようになったのは……間違いなくリリィのおかげだ。


 俺はもう、俺一人の力で歩いているわけではない。そう思えたから、素直に認めることができた。

 俺は何度も何度も負けて、地べたを這いつくばって生きてきた。


 だから……いい加減に認めよう。自分の弱さを。

 俺はどうやったって一流の魔術師にはなれないだろう。そんな素質が俺にはない。しかし……いや、だからこそ。この一瞬、この一瞬だけは……


「──譲るわけには、いかねえんだよ!」


 一点突破の特化型。

 ああ、それでいいぜ。それでお前が斬れるなら。


 ──大切な人が守れるのなら。


「二度とリリィに手を出すんじゃねえ! ゴルゾフ・ディーン!」


 全ての感情をぶつけた必殺の一撃。

 その、渾身の一振りを前に……


「……あはッ!」


 ゴルゾフは笑みを浮かべていた。

 どこまでも暗く、残虐なその笑みを。

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