31話 学園に潜む者
面接時間も過ぎた深夜零時過ぎ。
俺は治療の為に魔粒子を活性化させながら、思案に暮れていた。
考えるのはリリィを襲った犯人のこと。見たことのない顔だったが、どう見ても学生と言うには歳を取りすぎていた。学園に在学できる期間は年齢制限により決められているため、29歳以上の生徒は存在しない。だが、あの疲れ果てたような顔立ちは老けて見えたとしても確実に30代のもの。学生でないという保証はないが、その可能性は低いだろう。
(学費のかかる学園で年齢制限ぎりぎりの生徒ってのも少ないしな)
リリィをさらった魔術師が学園の生徒であると言う可能性は一度捨ててしまってもいいだろう。しかし、そうなるとティアの言葉が気になってくる。
(あの組織だった動きは間違いなくリリィを狙ってのものだった。となると、浮浪者を集めていたその若い男子学生ってのが裏で糸を引いていたと考えるのが妥当だ)
しかし……どうしてリリィだったんだ?
学園の生徒だとすると、どこかでリリィを見かけた可能性は高い。あれだけ目立っていたのだから当然だ。だが、そこからなぜリリィを襲うことにしたのかが分からない。リリィはどこにでもいる普通の女の子のはず……いや、待てよ。
「そういえば……あの手紙……」
ふと思い出したのは少し前に俺の部屋に届いた郵便の件だった。
あの時は悪戯だと思って真面目に取り合わなかったのだが、確かあの手紙には……
「……君の眷属は狙われている」
そう……そうだ。確かそう書かれていたはずだ。
君の眷属、つまりはリリィのことだ。それが狙われているとあの手紙には書かれていた。
「…………」
これは……偶然か? たまたま悪戯で届いた手紙が未来の出来事を言い当てた?
「……偶然として片付けるには違和感が強い、か」
そもそもあの手紙は悪戯としては妙だった。
本当に俺を害する目的があるのなら、もっと露骨に、それこそ俺の気分を抉るような内容で送りつけてくるはずだ。しかし、あの手紙に書かれていた内容はともすれば俺への警告とも取れるような内容だった。
(警告……? だが、一体誰がわざわざそんな……)
あの手紙を悪戯として処理するには状況があまりにも不穏に過ぎる。だが、それを第三者の善意による忠告と取るにもやっぱり無理がある。
(本当にリリィもしくは俺の身を案じてのことならもっと直接的な表現にするべきじゃないのか? それこそ、誰が狙っているのか、いつ狙われているのか……それが分からなくてもせめて差出人くらいは明かすべきだろう)
手紙の差出人の意図が見えない。
一言で言えば中途半端に過ぎるのだ。この手紙の内容は。
(……少なくとも現状分かっていることはリリィを狙っている人物がいること。そして、そいつは貧困街で戦力を集めていた学生服の若い男の可能性が高いということ。だとしたら……その男の思惑を学園の誰かが感付いていた可能性はある、か?)
そう考えるのが一番、現状にしっくりくる。
リリィを狙う謎の男子学生。そして、その動きを察知し、密かに俺へと警告文を送りつけた人物。少なくともこの学園にその二人はいると見て動くべきだろう。
(完全に信じるのは危険だが……俺達寄りの人間がいるらしいことだけが救いか)
だが、それにしたって謎は多く残っている。
なぜ手紙の主は名を明かさないのか。どうやって、男の動きを知ったのか。そして、そもそもどうしてリリィが狙われているのか。
全てがまだ謎のままだ。だが……これだけは言える。
(あれだけ手を回していた男がそう簡単に諦めるとは思えない。リリィはまだ……狙われている)
少なくとも、その前提で今後は動くべきだろう。
期末試験も近いこの時期に厄介な事案を抱えてしまったのものだ。
(だけど、やるしかない。リリィを危険な目に遭わせるわけにはいかないからな)
窓から差し込む月明かりに、そっと手のひらを伸ばす。
見えてはいるのに、決して届かない月に向けて。
「……"ソラ"」
不意に漏れた言葉は完全に無意識のものだった。
彼女は……今も夜空を眺めているのだろうか? 俺と同じようにこの月を見上げているのだろうか?
「…………っ」
不意に脳裏に映像と共に一瞬の痛みが走った。
時々夢に見る、俺の出発点。
『貴方に……貴方なんかに、私の何が分かるって言うんですかっ!』
泣きながら俺を糾弾する少女の姿に、今度は胸に引き裂くような痛みが走った。あれから何年も経つと言うのに未だ俺を苛み続ける痛み。それはまるで呪いのように俺に囁き続けるのだ。
「……ああ、分かってるよ。俺には……時間がない」
──進め、進め、前に進め! と。
すでに定めた未来があるのなら、俺に立ち止まっている時間などない。そんなことは分かっている。だけど……
『ルイスっ、早く良くなってねっ』
先ほど別れたばかりの彼女の言葉が蘇る。
俺の身を案じて、心から心配してくれる女の子の姿。
それはかつての少女と被って、俺の記憶に焼き付いていた。性格なんてまるで違うはずなのに、俺の目からは二人の姿が被って見えたのだ。
「俺は……」
俺は今度こそ……"彼女"を守れるのだろうか?
胸の奥で問いかけたその問いに、答えるものはいなかった。




