3話 ほら、服を脱げよ
「とりあえず入れよ」
「う、うん……」
迷いの見える幼女の背中を押し、自室へと押し込む。
こんな場面を誰かに見られたら事だからな。さっさと扉を閉めさせてもらおう。
「学生寮だからあんま広くはないんだが……幸い、同室のやつもいないからな。中のものは好きに使ってくれていいぞ」
言いながら明かりとなる光源用の魔導具を起動させる。
照らされた室内には二段ベッドが左右に分けて配置されており、奥には簡易ではあるがキッチンも用意されているのが見えた。
「トイレとバスルームはこっちな」
「わあ……綺麗」
「最新式らしいからな。入学費用に高い金を取るだけのことはある」
4人部屋として使うにはやや手狭だが、その分室内の設備は最高級となっている。
まあ俺の場合は相部屋の連中がいないから狭さも特に感じないが。
「他の人、いないの?」
「ああ。平民の俺と同じ部屋なのが気に入らないらしくてな。もっと家賃の高い部屋に移って行ったよ……っと、それより……」
ぺたぺたと歩く幼女の足元をよく見ればその歩いてきた道に黒っぽい足跡が続いていた。
「お前、まずはシャワー浴びてこい」
「しゃわー?」
「何だ? もしかして使ったことが……なさそうだな、その様子だと」
きょとんと可愛らしく首を傾げる幼女に溜息が漏れる。
まあ、大体予想はしていたけどな。身なりから見ても、まともな生活をしてきたようには見えないし。
「ほら、こっちに来い」
「わ、わわわっ」
幼女の手を引き、強引にバスルームに連れ込む。
灰色のローブのような服を着ているが、それもところどころが千切れたりしてぼろぼろだ。恐らく服を新調する余裕のない人種……貧民街に住むガキとかそんなところなのだろう。
「ほら、服を脱げよ。どうせ中の魔導具の使い方も分からないだろうから手伝ってやる」
「~~~~っ」
俺が催促すると、幼女はいやいやと首を横に振って顔を赤く染めた。
どうやら照れているらしい。
「何をいっちょまえに照れてんだか、10年早ぇっての」
「ひゃうっ!」
可愛らしい悲鳴を上げる幼女の服をばさっと脱ぎ捨てさせ、そのまま浴室へと放り投げる。その際にぼさぼさの金髪が宙を舞ったがこっちも綺麗に洗わないとな。折角綺麗な色をしているんだし。地味な黒髪の俺からしたら羨ましい限りだ。
「よっと……よし、準備できたぞ。少し目を閉じてな」
言う前からぎゅっと目を閉じ、恥ずかしそうにその場にへたり込んでいる幼女の上から豪快に温水をぶっかける。
「温度は大丈夫か?」
「……う、うん」
「なら良かった」
俺はこの魔導具の調整が下手糞だ。温度の調整には火系統の魔粒子特性が必要となるのだが、俺にはその適性がほとんどない。だから少し心配だったのだが、問題ないようで何より。
「おうおう、水がすぐに真っ黒になりやがる。どんだけ汚れてたんだよお前」
「き、汚くないもん!」
「今はな。ほら、石鹸貸してやるから体洗えよ。言っとくけど使いすぎるなよ。俺も滅多に使えねえんだからな」
ぽんっと拳大の石鹸を投げて渡しながら、俺は幼女の金髪を梳くように洗っていく。腰の辺りまで伸ばされた髪はかなりの量になる。これは少し時間がかかりそうだ。
(しかし女ってのはどうしてこんなに髪を伸ばしたがるのかね。手入れが大変なだけだろうに)
ぼんやりとそんなことを考えながら髪を洗い流していると、俺は今更ながら幼女の名前も聞いていないことに気が付いた。
「なあ、お前名前なんていうんだ?」
「なまえ?」
「ああ。名前。ちなみに俺はルイス・カーライルだ。今後王国の歴史に名を刻むことになるだろうから覚えておいて損はないぞ」
少し大げさな物言いだと自分でも思ったが、まあいいだろう。
嘘は言っていない。
「るいす……ルイス。ん、覚えた」
「よしよし、それで? お前の名前は?」
頭を撫でる様に洗っていると、くいっと顔を上げた幼女の碧色の瞳が俺を真っ直ぐに捉えた。吸い込まれそうなその瞳に俺は今更ながらに気が付く。
(こいつ……滅茶苦茶整った顔立ちをしていやがる)
ひょっとすれば精巧な人形と見間違えてしまいそうなほどに。
将来、美人になるであろうことが容易に想像できる幼さを残したその女の子は小さな口を開き、
「……リリィ」
ぽつりと漏れた言葉。
その鈴の音のような声を聞いたとき、俺はようやくこの幼女の名前を知るのだった。
「リリィの名前はリリィだよ」