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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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29話 一瞬の交錯

 王都の中に存在する貧困街(スラム)と呼ばれるエリアを駆け抜ける。

 どうやら犯人は奥へ奥へと向かっているようで、周囲の風景がどんどん荒れていくのが分かった。何かが焼けたような異臭に、倒れたままぴくりと動かない人間もちらほら散見される。


 ここは学園でも決して近づかないようにと注意を受けるような危険地帯だ。

 暴力と喧騒が日常的に充満しており、一介の学生風情が立ち入っていい領域ではない。だが……そこにリリィがいると言うのなら、俺は今すぐにでも駆けつけてやらなければならない。


「ちぃっ……どけぇッ!」


 時折現れる物騒な武器を持った男達をなぎ倒しながら進む。

 しかし、幾らなんでも妙だ。俺の身体能力は今、軽く人間を越えている。身体能力を強化する魔術、『水閃』を発動している俺は現在、時速100キロに迫る勢いで疾走している。

 それなのに未だ男の背中を補足出来ていないと言うことがとてつもない違和感だった。


(妨害やルート確認に時間を取られてるってのはあるが、それにしたって向こうが早すぎる。まさかとは思うが……向こうも……)


 その疑惑が頭を過ぎった瞬間、ついに俺は男の背中を肉眼で捉えることに成功した。

 細身ではあるが、長身のその男は僅かに漏れる薄緑色の光を纏いながら薄暗い路地裏を走り抜けていた。そして、その光を見た瞬間に俺の疑惑は確信に変わった。


(こいつ……魔術師だっ!)


 その緑色の光は間違いなく魔術師が放つ魔力光。

 向こうも魔粒子を発動させていることの証明に他ならない。


(くそっ……魔術師が相手となると今までみたいなチンピラ相手にすんのとは訳が違うぞ!)


 俺は学園で模擬的に魔術師戦闘を学んだことがある。

 だが、それはあくまで模擬戦だ。本当の魔術師同士の戦闘、特に殺し合いの中で発展してきたこの技術を用いれば相手を絶命させることなんて容易い。こちらにその気がなくても、向こうにあれば……俺は今日、殺されてしまうかもしれない。


「…………ッ!」


 背筋を走った寒気に歯を食いしばって叱責する。

 馬鹿が! ここで引いたらリリィがどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない!

 非合法に扱われる奴隷の中には魔術の人体実験用に買い叩かれる者も少なくないと聞く。連れ去られたリリィがそうならない保障はどこにもない。


「リリィッ!」


 衝動のまま叫ぶと、男も背後から迫るこちらに気付いたようだった。

 俺を見て、撒けないと判断したのだろう。男は懐からナイフを取り出すと、手に持っていた袋を投げ捨てるとそのまま反転。こちらの準備が整う前にその鋭利な切っ先を突き出してきた。


「……ッ!」


 身体能力を強化しているとは言っても、反応速度まで上昇しているわけではない。唐突に繰り出された斬撃を何とか回避しようと、大きく仰け反って交わすが男はその隙を見逃さなかった。


「ぐ、は……ッ!」


 腹部に突き刺さる男の膝蹴りに、肺にたまった酸素をまとめて吐き出す。

 呼吸は血液の循環を正常に働かせると共に、魔術の発動に欠かせない重要なルーチンの一つだ。呼吸を乱されることはそれ即ち、魔粒子の活動を遮られることに等しい。


 自分の魔術、『水閃』が強制的に解除されてしまうのを感じながら俺は目の前の刃を必死で交わしていた。

 喉、心臓、動脈、一度でも受ければ必死の急所ばかりを狙う男は明らかに俺の命を取りに来ていた。初めての実戦、死の恐怖に体が固くなる俺に……


「ルイスっ! 負けないでっ!」


 すぐ近くに放り投げられた袋から、何とか身を出したリリィの叫ぶ声が耳に届いた。

 そうだ……もしも俺がここで負ければ、リリィも危険に晒される。

 俺の命にはすでにリリィの身もかかっているのだ。


「……っ、おおおおおおおおッ!」


 そう思うと、震えていた体が自然と引き締まるのを感じた。

 水閃は切れてしまったが、魔粒子の活動自体はまだ生きている。


(それなら……ッ!)


 俺はナイフを回避することを諦め、伸びてきたその刃を……生身の左手で受け止めた。


「つ……ッ!」


 どうやら相手もナイフに魔粒子を流して、その切れ味を増していたようだ。本来なら傷一つなく掴めるはずだが俺の手からは真っ赤な鮮血が滴り落ちていた。

 だが、それでも……


「捕まえたぞ……この野郎ぉぉッ!!」


 動きを止めた隙に、俺は渾身の右ストレートを男の顔面に叩きこんだ。

 敵の防御も間に合わず、一直線に吹き飛んでいく男を見ながら、俺は確かな手応えを感じていた。

 間違いなくもろに入った。顔面の骨が砕けていてもおかしくない一撃だった。

 だが……


「ルイスっ! ルイスっ!」


「ぐ……あ……」


 ぐらり、と視界が傾いて俺は右膝を屈し地面にへたり込んでしまう。

 見れば俺の腹部に深々と刺さるナイフが見えた。


(そうか……交差する一瞬、左手に隠し持ってやがったか……)


 あまりにもあっさり決まったと思ったら、相手も必殺の一撃を用意していたらしい。ここで抜けば俺は出血多量で死に至るだろう。

 俺はわき腹を右手で押さえながらも何とか立ち上がり、ふらふらとリリィの元へと歩いていく。


「ルイス、そ、それ……血が……っ!」


「はあ……はあ……帰る、ぞ。急げ……」


 こんな治安の悪い場所で弱った獲物がどうなるか、考えたくもない。

 俺はリリィが動けることを確認して、肩を借りながらその場を後にすることにした。最後にちらり、と男に視線をやるがやはり見覚えのない顔立ち。


 なぜリリィが攫われたのか。

 その理由はひとまず後回しにするしかないようだ。


「ルイスっ、早く! 早く病院に……っ!」


「騒ぐな……怪我してることがバレる……」


 すでに朦朧とし始めている意識の中、触れ合うリリィの体だけを頼りに歩みを進める。何とか守ることが出来たと、少なくない安堵を胸の内に感じながら。

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