24話 石の上にも三年。石を買うのに三年
魔粒子の操作は簡単そうに見えて、実は困難を極める。
イメージとしては目には見えない第三の腕を使って腕立て伏せをしろと言われているようなもの。そこに確かにあると理解していたとしても、いきなりそれを使いこなせる人間はまず存在しない。
目に見えない人に色を教えるように、耳が聞こえない人が声を出すように。
認識外の存在というのは、それだけ再現が難しいものなのだ。
特に魔粒子などという、存在からして不確かなものならなおさら。
だからどんな魔術師だろうとも、魔粒子の操作には一年以上の時間をかけて習得していく。魔力光を発生させられるかどうかが一つの基準になったりするのだが、普通そこまで持っていくのに少なくとも半年はかかる。俺だってそのぐらいの時間は必要だった。
だというのに……
「おまえ……どうやって……」
「え? ルイスが言ったようにやってみたんだけど……だ、だめだった?」
「いや、駄目じゃないが……」
リリィが生み出した黒色の魔力光。
俺はその光景が信じられなかった。
だがこんな真昼間にこんな目立つ色合いの魔力光を見間違えるはずもない。間違いなくリリィは自分の意思で魔力光を生み出している。
だが……そんなことがありえるのか?
何度か講義に顔を出しているから、基本的な理論について直感的に理解していたのかもしれない。しかし、それを差し引いてもいきなり魔力光を生み出せるほどに魔粒子を操作しているだなんて信じられない。
「リリィ、お前、この練習を何度かしたか?」
「ううん。さっきルイスの教えてもらったのがはじめてだよ?」
「そう……だよな」
俺の説明をリリィは興味深そうに聞いていた。
だから魔力光や魔粒子特性に関しても一般人レベルの知識しか持っていなかったはずだ。つまり、今ここでこの超常を実現しているのは完全にリリィの素質……天性の感覚に他ならない。
(しかも……黒色の魔力光だって?)
基本的に魔力光とは陽性……つまりは外向きに流動するタイプと陰性、内向きに流動するタイプの魔粒子によってその色合いに変化が訪れる。俺のように極端な陽性を持つと白色。逆に極端に陰性に傾くと黒色の魔力光となってしまうのだ。
この陽性、陰性というのは二つずつ存在するそれぞれの系統の魔粒子特性のどちらにより適性があるかを示すもので、その度合いによってⅠからⅣまでのレベルで分けられている。
極端に偏ればそれだけ特化した魔粒子特性となり、中性、つまりはどちらにも振れる魔粒子ならばどちらの適性も使えるバランスタイプの魔術師になれる。
つまり黒色の魔力光を持つリリィは恐らく……というよりまず間違いなく、陰性Ⅳ種の魔粒子使いだ。しかし、ここまで極端な黒色の魔力光は見たことがない。それは即ちレアな才能を持っているということ。
珍しい魔粒子を持つことがイコールで優秀とは限らないが、稀有な才能というのはそれだけで価値を持つ。
加えていきなり魔力光まで発現できる天性の魔粒子操作のセンス。恐らく、この子は魔術師になれるだろう。それも王国の歴史に名を残しても不思議ではないほどの魔術師に。
──『天才』。目の前の少女を見て、俺の脳裏にそんな言葉が過ぎった。
「はは、すげえな……これが本物の才能ってやつか」
「……ルイス?」
「なんだろうな、悔しさもあるけどそれ以上に……感動したよ」
まるでとてつもなく大きなダイヤの原石を見つけたかのような気分だった。
陰性が強すぎるせいで、どんな系統の魔術が得意なのかは分からなかったがそれはまたおいおい調べていけば良い。これだけ若ければ未来の可能性は無限だろうし、今からすでに将来が楽しみだ。
「そういえばお前が召喚されたとき、火竜に匹敵するほどの魔力光を感じたんだよな。となるとリリィが潜在的に持つ魔粒子量は相当多いはずだ。ここだと調査できないからまずは先生にでも相談して……」
今後のリリィの身の振り方について考えている途中、俺はふと気になることがあった。俺は体内に持つ魔粒子量がとてつもなく少ない。だから安物の魔鉱石でも問題なく受け止め切れていたのだが……
「り、リリィ! 待った! すぐにネックレスを捨てろ!」
「ふえ?」
その可能性に気付いた俺は咄嗟にリリィに叫ぶのだが……少しばかり、遅かった。
俺が目を向けた丁度その時、ネックレスに取り付けられた魔鉱石の表面にヒビが入り、そして次の瞬間、
──パッキーン!
と、小気味良い音を奏でながら魔鉱石が粉々に砕け散った。




