22話 努力は嘘をつかない
期末試験が近づいた休日。
俺はリリィを連れて学生に向けて解放されている訓練場の一角を訪れていた。
「今日は陽が強くなくて助かったな。絶好の特訓日和だぜ」
「ここのとこずっと暑かったもんね……溶けるかと思ったよ」
「陸に上がった魚みたいにぐだってたもんな、お前」
「る、ルイスだって似たようなもんだったじゃん!」
「俺も暑いのは苦手だけど、お前ほどじゃねえよ」
リリィをからかいながら人気の少ない場所を探す。
それから出来るだけ木々の密集している場所を選び、持ってきた荷物を下ろして陣を敷く。今日は一日、ここで特訓するつもりだった。
「さて……やりますかね」
「今日は何をするの?」
「前も言った俺の奥の手の練習だよ」
問いかけるリリィに俺はにっと笑みを浮かべる。
実はここ最近続けていた研究がようやく実用性を伴ってきたのだ。先生から直々に教えてもらった術式だから、その信用度もかなり高い。
今日は人気も少ないし、試すには絶好の条件が揃っていた。
「奥の手って……大丈夫なの?」
「ああ、怪我とかは特にしない……はず」
「はず!?」
「魔術の行使に絶対はないからな。術式構築をミスって暴発なんてない話じゃないし。もし俺に何かあったら頼むな」
「いきなり大役任されたぁ!」
今日は見学くらいの気分でついてきたのだろう。急におろおろし始めるリリィ。可愛い。
「まあ、そうそうまずいことにはならねえよ。静かに見守っててくれ」
「だ、だけど……」
「騒いで俺の集中力を乱すな。そっちの方が失敗するリスクが上がる」
俺の言葉に、ぴたりと黙りこくるリリィ。
うんうん。素直でよろしい。
さて……
(──始めるか)
意識を日常から魔術へと切り替える。
魔粒子の操作には高い集中力が必要だ。
魔鉱石を通して自らの体内に眠る魔粒子を三次元上に顕現。そこまでは学園一年生でも出来る初歩中の初歩。魔術の起動はここからが重要だ。
(術式──構築。展開──可能)
魔術とは高位次元上に存在する魔粒子を操作し、超常を起こす術だ。
昔はこれを悪魔の仕業として認識されていたが、今でもその考え方は根強く残っている。言い回しが変化し、悪魔が精霊と呼ばれるようにこそなったがその本質は同じ。
言ってしまえば、魔術の術式とは精霊と対話するためのツールなのだ。
基本的には物理現象と同じ。
こう呼びかければこう応えてくれる。
そういうパターンを形式化したものが魔術の本質だ。
故に、自らに最適な魔術運用となればそれは術者によって微妙に異なる。だからこそ魔術師は魔術に必要な詠唱を自分なりにアレンジして使うものなのだが……その調整がつい先日、終了したのだ。
「《清廉なる水精よ、我が身に加護を与え給え》!」
白銀色の魔粒子が宙に浮かび、魔法陣を築く。
どうやら俺の構築した術式は正しく機能しているらしい。
俺は確かな手応えを感じながら一気に魔術を展開していった。
始めは僅かな熱を、そして一気に高まるその昂ぶりを感じ取る。
自らの肉体を活性化し、圧倒的な身体能力を手に入れるその魔術の名は……
「──『水閃』ッ!」
魔術名を唱えると同時に俺は衝動のまま飛翔した。
「……えっ」
リリィの驚く声が聞こえる。
飛翔……俺は飛ぶという表現が相応しい勢いで跳んでいた。
「ぐっ!」
予想以上の跳躍力に目測を誤りかけるが、体を捻り体勢を立て直すことで何とか木の側面に足をつけることに成功する。
ミシミシと木の表面が割れるのを足裏に感じながら、俺は再び跳躍。
木々の間をまるで階段跳びをするかのような気軽さで渡っていく。
自分のイメージした通りの身体能力に思わず頬が緩む。だけど、反動は思ったよりきつそうだ。
「……ふう」
やがて感覚を掴んだ俺はたんっ、と軽く着地して術式を一旦解除する。
今のところ肉離れなんかの怪我はないようだけど、多分これ明日には酷い筋肉痛になってる。こんなことならもう少し地の筋力を鍛えておくべきだったな。「る、ルイスっ……」
「おっ、見てたかリリィ。どうだ。結構様になってなかったか?」
温めていた術式の成功に、どうしても頬が緩む。
今なら大抵のお願いは聞いちゃいそうだ。
「か、かっこよかった! 凄く!」
「そうだろう、そうだろう」
鼻息荒く興奮しているリリィにうんうんと頷き返す。
水閃は公式には発表されていない先生の固有魔術だ。分類で言えば水系統の初級魔術だが、中でも特に習得難易度が高い。初級とはいえ、魔術の習得には二年かかると言われているこの業界。たった半年で習得した俺は間違いなく優秀な部類に入るだろう。
いや……もう優秀どころか天才なのではなかろうか?
うむ。流石俺だ。
魔粒子適性で劣るなら術式理論で武装する。
これぞ平民魔術師の理想像だな。
「リリィもやってみたい!」
「ははっ、幾らなんでもまだ早いっての。魔術を使うなら少なくとも魔法陣の引き方、術式構築の段階的詳細化、魔粒子の顕現方法について学ばないとな」
「むう……いまやってみたいのにぃ」
「まあ、そう焦るな。リリィも折角こんなところにいるんだから、どうせならしっかりと魔術を学んでみればいい」
「そう、かな?」
「ああ。魔術を使うにはある程度才能がいるけどな」
平民であれば千人に一人程度の割合でしか、魔粒子を操作できるものは現れない。まさかリリィがその一人とは思えないが、試すだけならタダだ。
「ちょっと今からやってみるか?」
「いいのっ!?」
「ああ。俺の方もうまくいったことだし、時間もある。まずはリリィがどんな魔粒子特性なのかから測ってみよう」
「うんっ!」
良い返事だ。
俺はやる気満々のリリィを笑いながら眺めていた。
この決断が、あんな結末を引き起こすことになるとも知らず。。




