21話 水系統は援護職
アンディール魔導学園の期末試験には大きく分けて二つの評価基準が存在する。一つは普段の座学の成果を試される筆記試験。そして、もう一つは魔術師としての腕前を競う実技試験だ。
平等に採点することができる筆記試験と違い、実技試験は個々の技量が大きく違うことから同一の採点方法を採用することが出来ない。そこで考えられたのが古くから伝わる伝統決闘をベースにした実戦形式での採点方法だ。
これには単純な体格の違いや、魔粒子適性の向き不向きにより大きく有利不利がついてしまう採点方法だが、魔術が元々戦うことを前提に発展してきた技術であることを考えるとそれほどズレた内容でもない。
俺にとっては都合の悪いことだがな。
「ルイスは戦うのが苦手なの?」
「まあ、他の魔術師に比べれば、だな」
居間で食事をしていると、唐突にリリィが期末試験について尋ねてきたので俺は少し詳細にその内容を語ることにした。
「俺に一番適性があるのは『活性』の性質を持つ水系統魔粒子だ。これは治療や生育には向いてるが、直接戦闘ではあまり役に立たない」
「そうなの? でも体を強くするのはそのとくせいだったよね?」
「ああ。だけど身体能力の拡張は魔粒子を制御できる人間なら誰にでも出来る。何も水系統魔術師の専売特許ってわけじゃないんだ」
よく誤解されることなのだが、魔術師は別に魔術を使わなくても超常現象を起こすことが出来る。魔術とはより効率的に魔粒子を運用する技術体系に過ぎない。
「まあ、効率的に運用できる分、効果は段違いになるけどな」
実際、身体能力に限って言えば俺は学園でもそこそこ上位に入ることだろう。
だが、それをした場合俺は大きな代償を支払わなければならなくなる。
「当たり前の話だが、無茶な強化をすれば体に反動が来る。骨や筋肉の全てを同時に強化できるわけじゃないからな。そういう意味で水系統魔術師は戦闘に不向きなんだよ」
「たしかにルイスが大怪我しちゃうのはいやだね……」
「まあでも、それで昇級できるなら俺は迷わず使っただろうけどな」
「ええぇっ!? だ、だめだよっ! 危ないよっ!」
「慌てるな。そうしない、いやそうできない理由が他にあるんだよ」
まだやってもいない内から俺の体を心配して慌てふためくリリィに俺は苦笑しながら説明を続ける。
「さっきも言ったように水系統魔術は戦闘に不向き。それが一般的な見解だ。だから戦闘向きの魔術が研究されていないんだよ。一応あるにはあるが、普通に水系統魔粒子を纏うのと大差ないから誰も使ってない」
「そ、そっか……良かった、でいいのかな?」
「俺としてはあんまり良くない。この時点ですでに不利になってるようなもんだからな」
とはいえこればっかりはどうしようもない。
魔粒子適性は先天的な才能で決まる。魔術師としての素質、即ち血統を重視し何代にも渡って優秀な遺伝子を受け継いできた貴族連中相手には最初から平民では勝ち目がないのだ。
「でもそれだときぞく? の人に有利ってことだよね? ずるくないの?」
「まあ……そうだな。魔術師は貴族が圧倒的に多いから、制度上向こうに有利なことが多い。だけど、それは言っても仕方ねえよ。そういうもんなんだからな」
「むう……」
俺の説明にどうやらリリィは納得していないようだった。
「まあ、安心しろ。俺だってずっと遊んでたわけじゃない。手はある。実際に今のクラスまで昇級してきたわけだしな」
「そうなの?」
「ああ。といっても奥の手みたいなもんだけどな」
完成というにはあまりにも錬度の足りない奥の手。
本音を言うならそれを使うような事態だけは避けたいところだ。
実践データが少なすぎて、どんな反動がくるかも良く分かっていないからな。
「んー……リリィにも何か出来ることがあると良いんだけど……」
「はは、それなら俺と一緒に出て戦うか? 眷属を従えるのも才能ってことで、眷属に限り助太刀が許可されてるからさ」
どこまでも献身的なリリィの言葉に、思わず冗談が漏れる。
こんな幼女を矢面に立たせたとあれば学園中の良い笑いものだ。そんなことできるはずがない。
だけど、リリィは俺の言葉を冗談とは捉えなかったようで、無言のまま真剣な表情で何かを考えていた。
「…………」
「……いや、出さないからね?」
「ええぇっ!?」
「ええって……それはこっちの台詞だよ。何で出ようと思ったんだよ」
絶対に役に立たないどころか、怪我することが確定しているというに。
そこまで俺のことを思ってくれるのはありがたいけど、今後は暴走しないように目を見張っておく必要がありそうだ。




