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2話 納得いきません!

 人生には人の身では想定できぬことが間々起こるものだ。

 そして、それをどのように受け入れ己の糧とするかが人間としての格を決めると俺は思っている。要は柔軟性に長け、より環境に対応したものが勝ち残っていくということ。


 だからこそ俺はこれまでの16年の人生で、常に努力を続けてきた。周囲に適応する努力を続けてきたのだ。そのおかげでこの国内有数の魔術学園に成績優秀者として入学することが出来たのは俺の数少ない自慢の一つでもある。


 進歩なき者に勝利なし。

 それが俺、ルイス・カーライルの人生哲学だ。


 つまりは目の前の難題に頭を抱えている暇があったら、解決する手段を探し奔走してろってこと。現実逃避なんて時間の無駄以外の何者でもない。

 だが……今回ばかりはこの俺も自らの信条を捨て、現実逃避をせざるをえなかった。先ほど行った眷属召喚の儀式の結果、現れたのが何の変哲もない"幼女"だったという現実だけは。


「納得いきません! これは何かの間違いです! 俺は儀式のやり直しを要求します!」


 バンッ! と近くのテーブルを叩きながら、俺は内心の怒りをぶつけるように啖呵を切っていた。

 ここは学園の中にある学務科と呼ばれる教師陣が普段集まる一室。

 眷属召喚の儀式において、前代未聞の幼女召喚という珍事により儀式会場はちょっとした騒ぎになってしまった。そのため、こうして当事者である俺と謎の幼女は呼び出しを喰らっているというわけだ。


 ほとんど強引に連れて来られた幼女は今にも泣きそうな顔で不安げに周囲を見渡している。召喚してしまった身としては心苦しいばかりだが、今はそれよりも重要なことがある。


「やり直しと言ってもねえ……君も知っているとは思うが眷属召喚の儀式を一度成功させれば再召喚は出来ぬ決まりなのだよ」


「成功!? あなたにはこれが成功に見えるってんですか!?」


 先ほどから俺が苛立っているのはこの副学園長の態度が原因だ。

 平民嫌いとして有名なこの副学園長は平民である俺を明らかに見下した態度で接していた。こういった経験はこの二年半で嫌というほど味わってきたが、今回ばかりは俺も人生が懸かっている。いつもみたいに半笑いでスルーというわけにもいかない。


「そもそも眷属として呼ばれるのは人型を除く魔物の種に限られるはずでしょう。人族の女の子が召喚されている時点でおかしいんですよ、今回の召喚は」


「それは"原則"として、なのだよ。魔法陣である程度の条件指定はされているが、それ以上に重要視されるのは術者の意思……つまりは呪文により書き換えることは不可能ではないのだよ」


「……つまり俺はこんないたいけのない少女を自分の所有物にしようと心から願い呪文を唱えたと? 本気で言ってるんですか?」


「ふん。下賎の者が考えそうなことなのだよ」


「────ッ」


 ついに体裁すら取り繕わなくなったストレートな物言いに思わず手が伸びそうになる。だがここで手を出したりすれば俺は即退学、これまでの努力が全て水の泡になってしまうのだ。


 爪が肌に食い込むほどに強く拳を握り締め、必死に耐える。

 貴族の連中が平民を下に見るのは今に始まったことじゃない。

 だから落ち着け。この程度の嫌味、これまでの苦労に比べればなんてことはない。

 俺が自分にそう言い聞かせていると、ガラッと扉の開く音と共に学務科に新たな人物が顔を覗かせた。


「いやー、遅れてしまって申し訳ありません。今回の魔法陣製作を担当しましたマルク・マクレガーです」


「……マクレガー先生?」


 気だるげな態度のまま入室してきたのは俺がこの学園で最もお世話になっている教授の一人だった。名をマルク・マクレガーというこの若き魔術師は幾つもの術式構築において多大なる成果を挙げておりその筋の研究の第一人者とまで呼ばれる凄腕の術師だ。

 ちなみに俺が学内で唯一尊敬している先生でもある。


「あれ、ルイスじゃないか。どうしてここに……って、まさか今回の儀式でやらかした生徒ってのは……」


「俺じゃないです」


「いや、君以外に生徒いないじゃない。どうしてすぐバレる嘘をつくかな」


「俺はやらかしてないって意味ですよ。今回の件は何かの間違いなんです。俺はこんな結果、欠片も望んじゃいない。先生なら分かるでしょう?」


 マクレガー先生には俺が入学した時からお世話になっているのだ。

 当然、俺がどうしてこの学園に入学したのかも知っている。その理由を考えれば俺がこんな子供を眷属として求めるはずがないことも分かるはずなのだ。


「まあ、ね。でもだとしたら術式に問題があったってことになる。それはそれでおかしな話だ。僕は自分の仕事に絶対に自信を持っている。今回の件も手抜かりはないよ」


 手抜かりはない? ああ……そうか。さっきマクレガー先生は今回の魔法陣製作を担当したといっていた。他の先生ならいざしれず、この人がこと術式構築の分野でミスをするなんてことは確かに考えられない。

 だが、だとしたら……どういうことだ?


「幸い魔法陣はそのままにしてもらっているようだから確認はしてみるけどね。これで不備が見つかれば申し開きも出来ないけど、それも全ては結果を見てからだ。それまで待ってくれるかな?」


「先生がそういうのなら待ちますが……」


「なら決まりだ。副学園長殿もそれでよろしいでしょうか?」


「問題ないのだよ。さっさと調べて何の問題もないことを確認してくれたまえ」


 現れてすぐにその場の指揮を取り始めた先生。

 どうやら俺と副学園長の相性が悪いことを入ってすぐに見抜いてくれたらしい。俺とコイツでは文字通りお話にならないからな。先生の登場は凄く助かった。


「では、ルイスと……君も。ひとまずここを出ようか」


 先生は明らかに固くなっている幼女に柔和な笑みを浮かべ、手を差し伸べるのだが……


「…………っ!」


 幼女はビクッと体を強張らせたかと思うと、俺の影に隠れるようにさっと移動してしまった。どうやら長身の先生に迫られたことでびっくりしてしまったらしい。


「あら、怖がらせてしまいましたか」


「先生のその無駄に伸びた上背が悪いんですよ」


「ふむ。僕もルイスくらい低身長なら良かったかもですね」


「俺の成長期は明日なんです!」


 俺は別に背が低いわけじゃない。

 同じ年代の男子に比べれば確かにやや微かに届いていないかもしれないが、それは単純に成長期が遅いだけだ。決して、俺の身長が他と比べて低いわけではない。


「はいはい。分かりましたよ。そういうことにしておきましょう。それよりルイス、その子を今後どうするか決めているんですか?」


「え?」


「いや、え? じゃないでしょう。今回のケースは確かに特殊ではありますが、彼女は貴方の召喚した"眷属"だ。ルイスには彼女の衣食住を保障する義務があるんですよ?」


「い、いや衣食住の保障って、俺が貧乏学生なのは先生も知ってるでしょう?」


「だから心配して忠告したんですよ……ですが、その様子では何も考えていなかったみたいですね」


 はあ、と溜息を漏らした先生はそのクマの目立つ目で女の子を見ると、


「仕方ありません。事態が落ち着くまでは僕が面倒を見てあげましょう」


「い、良いんですか!?」


「君とも長い付き合いですからね。このぐらいの助力なら惜しみませんよ」


 やった……助かった。

 先生から話を聞いたときは焦ったけど、何とかなりそうだ。やっぱりマクレガー先生は頼りになる。


「それも勿論そちらのお嬢さんが良ければ……なんですが。どうも僕ではご不満のようですね」


「え?」


 先生の視線を追って後ろに目をやれば……なぜか俺の左腕にひしっとしがみつく幼女の姿があった。


「お前何やってんだよ。折角、先生が親切で言ってくれてるんだから大人しく世話になっとけって」


 俺がその手をどかせようと手を伸ばすが、幼女は首を横に振って頑として離れようとはしなかった。お前は親にしがみつく子コアラか。


「やはり契約を行ったことにより信頼関係が築かれているようですね。通常は危険な上位種と対等に対話するためのものでしたが……今回ばかりは裏目のようです」


「信頼関係って……俺達はまともに話したことさえないんですよ?」


「ルイスも一度契約を交わしたなら分かるはずです。契約とは魂の交流、言葉は必要ありません。目には見えなくても、今も二人は魂の絆によって結ばれているのですよ」


「……そんなもんですかねえ」


 先生はそういうが俺には全く実感が沸かない。

 信頼関係なんて……そんなもの求めたこともないからな。


「とにかく今は時間が必要なのです。お互いがお互いをより理解するためにね。その子の処遇についてなど細かいことは後回しにしましょう。まずはその子と仲良くなること。それが貴方の役目ですからね、ルイス」


 マクレガー先生はそれだけ言うと「もう言いたい事は言い終えた」と言わんばかりの迷いない足取りで研究室に向け歩き去っていく。

 どうやら本当にこの幼女のことは俺に任せるらしい。正気か?


「……どうしたものかね、全く」


 いまだ俺の腕を掴んで離さない幼女に視線を向け、呟いてみるも返ってくるのはきょとんとした表情だけだった。

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