18話 どっちもお子ちゃまだから仕方ない
「はあ……まさかルイスがあそこまで盲目になるとはね」
「ご、ごめんなさい。私のせいでおしごとの邪魔しちゃって……」
「ああ、リリィちゃんのせいじゃないから心配しなくていいよ。今回のはルイスが暴走しただけだから」
研究室に残されたリリィの謝罪に、マクレガーは手を振って否定した。
事実、部屋の片づけを無償で手伝ってくれていたリリィには感謝こそすれ文句など言える立場にはなかった。
「……でも少し意外。あんなにお喋りなルイスは始めてみた」
「あー、確かにそうかもしれないね」
「? そうなの?」
「……昔のルイスはもっと無愛想だった。あんなに表情豊かになったのもリリィが来てから」
昔を思い出すように遠い目をするティアに、リリィはどうしても聞いてみたいことがあった。
「ね、ねえ。昔のルイスってどんなだったの?」
「……基本的には今と変わらない。でもずっと何かに追われるようにしてた」
「追われるように? 何か悪いことでもしたの?」
「はは、ミスティアの言いたいのはそういうことじゃないよ。ルイスはきっと早く卒業したいんだろうね。期末試験が近づくたびにどんどん目の下にクマを増やしていってね。当日なんて冬眠から覚めたばかりの熊みたいだったよ」
「……そういえばもうすぐそんな時期」
「ならリリィちゃんもすぐに分かるかもね。もっとも、今回は少し勝手が違うかもしれないけど」
「…………」
期末試験。
それがルイスにとってどういう意味を持つのかをすでに知っているリリィは胸元でぎゅっと手を握りながら不安げに二人に尋ねる。
「リリィは……ルイスの役に立てるかな」
「「…………」」
その問いにマクレガーとティアは顔を見合わせ、同時に答えた。
「「立てない(だろう)ね」」
「ひぅっ」
そのばっさりな物言いに涙目になるリリィ。だけど、そんな彼女にマクレガーは優しく微笑みかけた。
「別に試験で役に立つ必要なんてないさ。それはルイスだって求めてはいないだろうしね。リリィちゃんはただ今までみたいにルイスの隣で励ましてあげれば良いと思うよ」
「それだけ? それだけで良いの?」
「うん。口には出さないだろうけど、きっとルイスもそれを望んでいるはずだから」
「そ、そうかなぁ……」
マクレガー先生の言葉にも、リリィは納得していないようだった。
ルイスがリリィを召喚した理由を考えればそれも当然だが、マクレガーにはなぜ眷属として役に立たないことが分かっているリリィをルイスは未だに手元に置いているのか、その理由が分かるような気がした。
「ルイスは地方から身一つで上都してきたからね。頼れる人のいないこの土地で随分と苦労したんだと思う」
「ルイスが?」
「ああ、そうだよ。ルイスだってまだ16歳になったばかり。まだまだ子供なんだから寂しさだって感じているはずだ。丁度リリィちゃんと同じようにね」
「…………」
「だからこそ分かるはずだ。傍に誰かがいてくれるってことがどれだけ有り難いことなのか。応援してくれる人がどれだけ頼りになるのかをね。特にルイスは平民だから学園内での立場も弱い。恐らくずっと求めていたんだと思うよ。リリィちゃんみたいに、裏表なく信用できる人をね」
マクレガーの言葉をいつしかリリィは真剣に聞き入っていた。
これまで感じてきた不安、それはリリィがつい最近ルイスに解消してもらったばかりの感情だった。そして、それを未だにルイスが抱えているというのなら……リリィはそれを何とかしてあげたかった。
「……ルイスには私という理解者がいるから何の問題もない」
「うん。ミスティアはちょっと黙っててね」
「リリィは……」
ぽつり、と言葉を漏らしたリリィに二人は注目する。
すでにこの二人に対してはさして人見知りすることもなくなったリリィは、本心からの問いを口にすることが出来た。
「ルイスにとって、一緒にいたいって思えるほどの人になれるかな?」
ルイスはリリィに一緒にいてもいいと言ってくれた。
それに対し、リリィは甘えるばかりでルイスの感情を慮ることをしてこなかった。もしかしたら……ルイスは無理をして自分と一緒にいてくれているのかもしれない。
そんな風に思っての問いだったが……
それに対する回答も、二人同時だった。
「「もうなってるよ」」
「……っ」
ルイスと特に親しい二人の言葉だからこそ、リリィはその答えを素直に受け入れることができた。自分はルイスと一緒にいてもいいのだと、そう心から思うことができた。
「り、リリィっ! ルイスのところに行ってくる!」
そして、子供らしい行動力の高さでリリィは研究室を飛び出すように後にするのだった。少し前に出て行った少年の姿を探して。
「ふう……まったく、手のかかることですね。二人とも」
「……どっちもお子ちゃまだから仕方ない」
更に人の減った研究室で溜息を漏らすマクレガーにティアが同意する。
「でも……ルイスがあれだけ熱を上げるのもなんだか分かる気がしますね。あの子は今時珍しいほどに純粋だ」
「……私の方が純粋」
「それはただ単に世間知らずというだけでしょう。僕は心の綺麗さを言っているんですよ」
ルイスのことになると途端に張り合い始めるティアにマクレガーは苦笑して、
「しかし、そう考えると案外お似合いなのかもしれませんね。あの二人」
優しい笑みを浮かべ、二人が出て行った方向を見るのだった。
「……訂正を求む。私とルイスのほうが絶対にお似合い」
「痛っ!? ちょっとミスティア!? 幾らなんでも教授に手を上げるのは校則的にまずいようなっ!?」
「……否定。これは侮辱に対する正当な反撃。天罰」
「天罰はちょっと意味が違うでしょッ!」
そして、同時におかんむりとなったティナから理不尽な暴力を振るわれるのだった。




