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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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12話 タイムアップ

 寮の自室にて、ぱたぱたと駆け回る足音が聞こえてくる。

 ベッドに横になり、濡れたタオルで視界を塞いだ俺の知覚できる情報はそれだけだった。


「ルイス、怪我の具合はどう?」


「……問題ない」


「だ、だけどこんなに腫れてるし、やっぱりお医者さんに見せたほうが……」


「俺は水系統の魔術師だ。治療に関しても覚えがある。下手な医者にかかって大金払うより自分で治した方が早い」


「う、うう~、だけどこんなにいたそうだよ?」


「なら見るな。お前に見られたところで怪我が治るわけじゃない」


 魔粒子の操作は魔術と同様に集中力が必要とされる。

 会話する程度で魔粒子が乱れるほどやわな訓練は積んでいないが、どうしても口調がきつくなるのを止められなかった。


「う、うん……それならリリィはお掃除しているからなにかあったら呼んでね?」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、再び家事に戻っていくリリィ。

 だけど多分またそう時間の経たない内に似たような会話をすることになるだろう。こういうときは居候の存在が煩わしく思えてしまう。


(まさか看病するはずが看病される羽目になるとはな。情けねえ……)


 日陰で休んだおかげか、リリィの体調はかなり良くなっていた。

 その代わりに真っ直ぐ歩くことすら困難だったのが俺。

 ダメージ自体はそれほどでもなかったが、あの戦闘は精神的に来るものがあった。以前に戦った時も善戦には程遠いものだったが、それでもここまでこっぴどくやられることはなかった。


 弱くなっている。

 ゴルゾフに言われた言葉が頭の中で繰り返される。

 昇級することでレベルの高い生徒に囲まれるようになり、相対的に自分の実力が下がったように思えることはあるだろう。これまではそんな弱気さえも乗り越えて戦ってきたのだが……去年の敗戦が全てを狂わせてしまった。


 昇級を賭けた大事な実技試験にて、俺は対戦相手に手も足もでず敗北した。

 その時のイメージが俺の中に出来上がってしまったのだろう。あれ以来、魔粒子の活動が鈍くなっているのを自覚していた。魔術師の世界では良くあることだが、精神の乱れが魔術師としての能力を左右することは良くある。そう呼べるほどに経験を積んできたわけではないが、俺は今、一種のスランプ状態にいた。


 そしてその思いは今日の戦いで更に強固なものになってしまった。

 一言で言えば負け癖がついてしまったのだ。


「……ちくしょう」


 思わず愚痴のような言葉が口から漏れる。

 昇級試験も近いこの時期にこんな調子ではとてもやっていられない。


 何とかしなければとは思うのだが、その方法が俺には分からなかった。

 一人静かに悩む俺の元に……


 ──ちりん、ちりーん──


 来客を告げる鈴の音が聞こえてきた。

 俺しか使っていないこの部屋を訪れる人間は限られている。一体誰だろうと玄関に向かうと、


「……ルイス、その顔どうしたの?」


 開口一番俺の顔を見て、無表情のまま問いかけるティアの姿があった。


「なんでもない。それより何のようだ?」


「先生が呼んでる。研究室に来るようにって」


「先生が?」


 何のようかと一瞬考えて、気付く。

 恐らく魔法陣の解析が終わったのだろう。その報告を俺は先生に頼んでいるんだった。


「分かった。すぐに行く。ティアも一緒に行くか?」


「私はこれから工房に行かないといけない」


「そうか。教えてくれてありがとな」


「……うん」


 最後にこくりと頷いたティアはてくてくと歩き去っていった。

 今回は本当に伝言だけが用事だったらしい。ああ見えて意外とティアは面倒見がいい。頼めば大抵のことはしてくれる。


「リリィ、先生の研究室に行くぞ」


「リリィも?」


「ああ。多分、お前にも関係がある話だ」


 リリィを連れて、まだ痛む体を何とか動かしながら先生の研究室へと向かう。

 寮と研究室は少し離れているから、辿り着くまでに俺はリリィに伝えておくことにした。


「……リリィ、今日が期限だったことは覚えているよな」


「……うん」


「お前はこの一週間頑張ってくれたと思う。家事も率先して手伝ってくれたし、素直に言うことも聞いてくれた。だけど……魔術の分野ではこれといった成果が残せなかった」


「…………」


「前にも言ったが、俺にはどうしても叶えないといけない目的がある。だから……お前を眷属にすることは出来ない」


「……うん」


 リリィの声が震えている。

 今にも泣き出しそうなのを我慢している声音だった。


 残酷な宣言だとは思ったが、こればかりは避けて通ることは出来ない。

 俺とリリィの望みはかけ離れている。だとしたら一緒にいることに意味はない。だからこれはいつか訪れる未来だった。


「ご、ごめんね。せっかく、ルイスが呼んでくれたのに……リリィ、役に立てなかった……」


 目元をごしごしと擦りながらリリィが言う。

 その姿に胸が痛んだが、俺にはどうしようもない。一度リリィを拒んだ俺にはかける言葉なんて存在しないのだ。

 もしも俺にもっと力があれば、リリィの願いを叶えてやることも出来たかもしれない。だけど俺は俺のことだけで精一杯なんだ。許してくれ……リリィ。


 無言のまま並び歩く俺たち。

 赤々と燃える夕焼けがやけに目に染みるような気がした。

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