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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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11話 先を往く者

「用があるならまた今度にしてくれないか。俺の眷属の具合が悪そうなんだ。今は少しでも早く休ませたい」


 俺は出来るだけ早くこの場を去るために、周囲に伸びた豆を回収しながらそうゴルゾフに言ってやった。だが……


「そうつれないことを言うなよ。なあ?」


 グシャッ! と俺が手を伸ばした先にあった芽を踏み潰すゴルゾフ。

 ……どうやら今回は前のように逃がすつもりはないらしい。


「今は実技の時間のはずだろ? ちゃんと勉強しなきゃ駄目だぜ。優等生ちゃん」


「……それを言うならお前だって今は講義の時間のはずだろ」


「俺は良いんだよ。今更あんな授業受けたって意味ねえんだから」


 そう言って嫌味な笑みを向けてくるゴルゾフ。

 確かにこいつの言うとおり、今更授業なんて受ける必要はないのだろう。ゴルゾフは魔術師の名門、ディーン家の長男だ。すでに魔術師としての教育は実家で受けている。


 ゴルゾフは国家魔術師としての資格を得るために学園の卒業が必要なだけで、教育を受けに来ているわけではないのだ。まさしく典型的な貴族魔術師のお家柄。自らの優秀さを欠片も疑っていないと見える。


「……お前が自分の時間をどう使おうとお前の勝手だ。それについて何も文句はねえさ。だが、だからこそお前も俺の行動にケチをつけんじゃねえ」


 やや強引だが今はリリィの体調が心配だ。押しのけてでもここを……


「ぐ……はっ!?」


 ゴルゾフの隣を通り抜けようとしたその瞬間、奴の拳が俺の腹部に突き刺さるのが分かった。たまらず息を吐き出した俺に、ゴルゾフが追撃を加えてくる。


「なあ、おい。俺がわざわざお前に会うためだけにこんなところまで来てやったんだ。もう少し友好的な態度を取ってくれても良いだろう?」


 俺の髪を掴んだゴルゾフはぐいっ、と強引に俺を仰向かせた。

 俺を正面から見下ろすゴルゾフの視線には傲慢さも憐憫も含まれてはいない。

 そうだった……こいつはそういう奴だった。表面上は常識人ぶってはいるが、今みたいに人気のないところでは息をするように人を害することが出来る人種。


「は、なせ……!」


「……ふん」


 ぱっと手を離したゴルゾフにたららを踏む俺。

 腕力で勝てないことは(はな)から分かっていた。俺は田舎育ちのくせに体格には恵まれなかったからな。だが、こうまではっきりと敵意を向けられて黙っていられるほど俺も人間が出来てはいない。


「何のつもりだよゴルゾフ。俺は急いでいるんだ。用事があるならさっさと済ませろ」


 はっきりと拒絶の意思を込めて睨み返すが、俺の視線など欠片も怖くないのかゴルゾフは退屈そうに顔を歪めるとあからさまに溜息をついて見せた。


「なんだかつまんない奴になったな、お前」


「……何?」


「昔はなんつーか、もっとこう……向上心のある奴だと思ってた。周りのことなんかちっとも気にしないでよ。自分の研鑽に全てを費やしているように見えたぜ」


「それが何だってんだよ」


「前にも言ったが俺はお前のことを認めているんだぜ? 他の貴族連中とは違ってお前だけは俺の好敵手になり得るってな。そんな男が……」


 失望を隠そうともしないゴルゾフの体に魔粒子の輝きが見えたその瞬間……


「こんなところでおままごとなんかに時間を潰してるんじゃねえよ」


「────ッ!」


 ゴルゾフの声が背後から聞こえた。

 振り向く暇もなく、ほぼ反射的に屈んだ俺の耳に、


「残念、ハズレだ」


 ゴルゾフの声と共に、強烈なローキックが叩き込まれる。

 防御の構えをする暇もなく横腹に突き刺さったその一撃は俺の体を宙に浮かし、吹き飛ばす。魔粒子により活性化した肉体での一撃は最早常人のそれを遥かに超越している。

 だが……ぎりぎりだが俺も魔粒子の展開は間に合ったぞ。


「今の手応え……風系統魔粒子で防御したか」


 普通なら気絶どころか大怪我を負ってもおかしくない一撃。だがそれをちょっと痛かったぐらいに抑えた俺にゴルゾフが感嘆の声を漏らす。

 奴の言うように俺は『固定』に特化した風系統魔粒子により即席のバリアを張っていた。魔術師同士の戦闘において、純粋な物理攻撃があまり効果を上げない一番の理由がこれだ。


 特に術式を必要としない魔粒子の運用だけでこれだけの奇跡が起こせるのも魔術師が魔術師たる所以である。ゴルゾフがそうしたように身体能力の拡張、そしてこの圧倒的防御力。魔術師が軍事力として台頭するようになった理由が今の一連の攻防にも垣間見える。


「……これが今回のお前の用向きと捉えて良いのか?」


「まあ、半分はそうだな。こうして遊ぶのも久々だしよ、ちょっと付き合えや」


 とんとん、とステップを踏むゴルゾフは武術も収めているらしく、隙のない構えを見せてくる。去年、何度も見たゴルゾフの戦い方だ。


「前にも言ったが、いい加減俺に絡むのはやめてくれないか」


「前にも言ったが、断る。俺はお前と遊ぶのが一番楽しいんだ」


 にやにやと笑みを浮かべるゴルゾフは心底楽しそうに拳を構えている。戦闘凶、バトルジャンキーなんて言葉が脳裏に浮かんだ。魔術師の一部にはこういった人種が少なからず存在する。一般人とは一線を画する戦闘力を持つ魔術師は時としてそれを誇示したがるからだ。

 特に力を持て余す若い世代の魔術師には特に。


(ちっ……安い全能感を振り回す愚物が)


 一度火のついたゴルゾフから逃げ切るのは難しい。もし逃げ切れたとしても後になって消化不良のゴルゾフに付きまとわれるのも困る。ここはある程度付き合うしかないか。

 覚悟を決めゴルゾフと向き合う俺に……


「そういやお前と戦うのも久しぶりだからよ。忠告しとくぜ。今までの俺と同じだと思うなよ」


「ああ? なんだって?」


 意図の分からない言葉を告げるゴルゾフ。その言葉の真意を探す俺の上空に……さっと小柄な影が横切るのが見えた。


「吼えろ──火竜(サラマンダー)


「…………ッ!」


 その意味を察した瞬間、俺は横っ飛びに回避行動に移っていた。そして……ゴォォォォォオオオッ、と俺がさっきまでいた場所を炎の渦が通過していった。

 見れば上空を飛ぶ火竜が口から火を吹いているのが見えた。

 幼体でも飛べたのか……いや、それよりこの火力は……ッ!


「はっはぁ! どうだこの威力! まともに喰らえばただじゃ済まねえだろうぜ!」


「この、馬鹿がっ!」


 幾らなんでも危険すぎる。

 こんなの喧嘩で使っていいレベルの攻撃を遥かに超えている。


「くそっ!」


 迫りくる火球を何とか交わしながら斜線を防ごうと木々の間に逃げ込む。

 流石にゴルゾフも引火の危険があるこのエリアではそこまで大規模な攻撃は出来ないだろう。


「相変わらず逃げるのだけはうめえな」


 だがその動きはすでに読まれていたらしい。

 火竜のブレスに注意を持っていかれた俺はゴルゾフに回り込まれていることに気が付かなかった。


「これで詰みだぜっ!」


 ゴルゾフの拳が直撃する。

 いくら身体能力を強化しているといっても、衝撃にまで強くなっているわけではない。今回は魔粒子を纏うのも間に合わず、俺は呆気なくその一撃を顔面に貰ってしまうのだった。


「ぐ……あ……」


 口の中を切ったのか、僅かに漏れる血と共に呻き声を漏らす俺の頭上に影が落ちる。俺の傍らに立つゴルゾフは俺をはっきりと見下していた。


「……やっぱり弱くなってんじゃねえか、お前」


「ぐっ……!」


 何とか言い返してやりたかったが、痛みに耐える俺には声を出すことすら出来ずただゴルゾフの言葉を聞くしかなかった。


「もしかしたらと思ってたがよ。お前……去年のことでぽっきり折れちまったか?」


「…………」


「牙の折れたお前に用はねえ。そのまま醜態を晒すくらいなら悪いことは言わねえ。今すぐ田舎に帰るんだな」


 一方的にそう言い残したゴルゾフはまさしく用はないと言わんばかりにさっさと立ち去っていってしまった。

 そうして残されたのは手も足もでずに地を這わされた俺と、痛みすら掻き消すほどの強烈な屈辱だけだった。

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