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召喚されたのは幼女でした。  作者: 秋野 錦


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10話 魔粒子特性

 リリィが召喚されてから一週間。

 今日が賭けの期日だった。

 これまでリリィが俺に対してもたらした成果はやはりというか何と言うか限りなくゼロに近いものだった。

 それはリリィ自身も分かっているのだろう。今日は珍しく俺より早く起きてやる気に満ちた表情で待ち構えていた。


「今日は実技の講義があるから、訓練場に移動するぞ」


「うん、分かった!」


 返事だけは立派なんだよなあ。返事だけは。


「でも実技ってなにするの?」


「具体的には魔術の実演がメインだな。新しく覚えた魔術を使ってみたり、習得済みの魔術の錬度を上げたりとかそこは個人の好きにしていいことになってる」


 魔術の適性は人それぞれ。画一的な授業内容に意味はないため、座学を除いた講義では基本的に生徒の好きに内容を組んでいいことになっているのだ。


「俺は実技の評価が低いから特に重要になる講義だ。今日は気合入れていくぞ」


「うんっ!」


 朝から元気なリリィを連れて、訓練場に向かう。

 学園内の敷地の半分近くを使って設立された訓練場は幾つかの区画に分かれており、傾斜があったり、植林されていたり、湖になっていたりと様々な魔術が使えるように配慮されている。


 そんな中、俺が選んだのは植林エリア。

 周囲に木々が立ち並ぶこの区画は基本的に人がいない。

 人気のある発火系や操作系に該当する大規模な魔術運用が難しいからだ。


「ここでやるの?」


「ああ。実技の結果は事後報告で構わないことになっているからな。今日は別に試験ってわけでもないから監督はつかないんだ」


 数が少ないとはいえ、この広い訓練場の中で全ての生徒の動きを把握するのは実質的に不可能だ。ある程度は自由にやらせるしかないこの講義内容は集団行動が苦手な俺にとっては有り難い。誰の目も気にすることなく魔術に集中することができるからな。


「それでリリィは何をすればいい?」


「そうだな……とりあえずこれを渡すからその辺に植えてくれるか?」


「これって……種?」


 俺が渡した子袋の中に入っていた小さな粒を見たリリィが小首を傾げながら問い返す。細い指で摘み、掲げるようにしてそのくりくりとした瞳で見つめている。いちいち仕草が可愛いな、こいつ。


「ああ。品種は知らないが豆類の種だ。俺たちが普段食ってる豆もやしもそいつが発芽したものだぞ」


「へえー、これがあんなのになるんだぁ」


「成長観察も良いが、今日することを忘れてくれるなよ」


「わ、分かってるよぉ!」


 俺の軽口に大げさに反応して周囲に一粒一粒丁寧に植えていくリリィ。


「でも、これを使って何をするつもりなの?」


「ん? ああ……まあ、口で説明するより見てもらったほうが早いかな」


 リリィの問いに俺は両手を重ね、意識を集中することで答える。

 何度も何度も行ってきた工程ゆえに淀みはない。

 俺は首元のネックレスに取り付けられた白色の魔鉱石を媒介として、己の中に眠る魔粒子アルマへと呼びかける。


「《清廉なる水精よ、我が呼び声に応え、()の身に祝福を》」


 脳内で構築した術式を呪文により展開する。

 高位次元に存在するとされる精霊に感応し、自らの魔粒子を操作する術……即ち"魔術"を。


 俺が今行っている魔術は『水蓮』と呼ばれる対象を活性化させる魔術だ。人に使えば自然治癒力を増加することで肉体回復を計るこの魔術は、別の用途でも広く採用されているため知名度が高い。

 即ち──


「わっ、わわっ! すごい、すごいよルイス! もう芽が出てきた!」


「植物は水系統魔粒子の影響を受けやすい物質だからな。人よりも効果が顕著に出るんだよ。んで、それを利用して植物の成長速度を活性。異常な速度で育つ植物の出来上がりってわけだ」


 見る見るうちに芽を伸ばしていく種に嬉しそうにはしゃぐリリィ。

 その姿にかつての自分を見ているようで、ついつい笑みが浮かんでしまう。

 やっぱり誰かに喜んでもらえるってのはいいことだ。それがこんな小さな奇跡だとしても。


「すごいなあ……ねえ、ルイス。これって魔術師さんなら誰でもできるの?」


「いや、誰でもってわけじゃないな。水蓮は水系統魔術……つまり水系統の魔粒子特性が必要になる」


「?」


「普段の講義でも何度か聞いたことがあるだろ。魔粒子の十二性質ってやつだよ」


「え、えーと……えへへ……」


 こいつ、覚えてないな。


「……まあ、簡単に言うとどんな人間にも得意な魔術、不得意な魔術があるってこと。それはその人が体内に持っている魔粒子の特性によって決定されるわけだ。それが全部で六系統十二性質ある」


「ろくけいとうじゅうにせいしつ?」


「ああ。似た性質は一つの系統として分類分けされているからな。系統は火、水、風、土、光、闇の六系統。性質は『変化』、『停滞』、『活性』、『沈静』、『移動』、『固定』、『変換』、『硬化』、『収束』、『拡散』、『構築』、『分解』の十二性質。この性質をバランスよく、かつ高水準に保つ魔術師が優秀とされている」


 より詳しく説明するなら、

 『変化』、『停滞』に特化しているのが火系統魔粒子。

 『活性』、『沈静』に特化しているのが水系統魔粒子。

 『移動』、『固定』に特化しているのが風系統魔粒子。

 『変換』、『硬化』に特化しているのが土系統魔粒子。

 『収束』、『拡散』に特化しているのが光系統魔粒子。

 『構築』、『分解』に特化しているのが闇系統魔粒子とされている。


「魔粒子は様々な超常現象を起こすが、その全てがこの性質で説明できる。複数の魔粒子特性を持つ魔術はより複雑な現象を起こすことができるってわけだな。ただ、その分必要な魔粒子特性の条件が厳しくなるから使い手が限られる……固有魔術なんて呼ばれているのがそれだな」


「……あ、頭が痛くなってきたよ」


「理論的な部分は知らなくていい。ただ魔術にはたくさん種類があるってことだけ理解していればいい」


 まるで知恵熱を出したかのように顔を赤くしてふらふらし始めたリリィの体を近くの木陰に連れて行く。今日は普段より日差しが強いからな。少し休憩させておこう。


「水筒が荷物の中にある。水分補給はこまめにしておけよ」


「う、うん。ありがと」


 酷く疲れた様子で頷くリリィ。

 まさかさっきの説明で体力を使い切ったわけもないだろうが……もしかして日射病にでもかかったか? だとしたら早めに寮に戻る必要があるな。


 ここ数日で分かったことなのだが、リリィはそんなに体力がない。外を歩くだけですぐふらふらになるし、気付けば日陰で休んでいる様子をよく見かける。恐らくリリィはここよりも涼しい地方で暮らしていたのだろう。王都は国内でも気温の高くなる地域だからな。かくいう俺も北方から出てきたため、一年目はここの暑さに驚いたのを覚えている。


「これは今日の講義は早退だな」


 監督教師がいなくて助かった。こういう風に融通が利くのも実技授業のいいところだ。


「り、リリィならだいじょうぶだよ。ルイスの邪魔にはならないから」


 明らかに体調が悪そうなのに、そういって気丈に振舞うリリィ。

 どうせ俺の予定を狂わせることが申し訳ないとか考えているのだろう。確かにここで時間を奪われるのは痛いが、辛そうなリリィを放置してまで魔術研究に没頭できるほど俺は鬼畜ではない。

 どの道、魔術の発動には集中力が必要になる。気が散っている状態では技術向上など望むべくもない。


「今回は食料調達も兼ねてるからすぐには無理だが……出来るだけ早く終わらせる。少し待ってろ」


「う、うん……」


 最後にそう言い残し、元の位置へと戻る。

 リリィの申し訳なさそうな顔が印象に残っていた。


(そういえば朝から張り切ってたもんな……こんな終わり方は本意じゃない、か)


 今、この機会を逃せばリリィはもう今後俺の眷属となることはないだろう。

 だがそれでいい。元々が無理な話だったのだ。人族の女の子を眷属にするなんて。


「……ちっ、気が散って集中できねえ」


 先ほどと同じように魔術を発動させようとするが……駄目。意識がどうしてもリリィにそれてしまい、術式構築がスムーズに行えなくなってしまっていた。

 何とか食料分は回収しようと意識を集中させていると……


「よお、ルイス。また会ったな」


 背後から俺を呼ぶ声が。

 振り返ると、そこには先日と同じように二人の女生徒を連れたゴルゾフの姿があった。その肩にはちろちろと赤い舌を見せる火竜の姿もある。


「この前はあんまり話せなかったからよ、今、良いか?」


 にやり、と粘つくような笑みを浮かべながらそう言ったゴルゾフに、俺はどうにも嫌な予感を止めることが出来なかった。

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