1話 幼女召喚
千年に渡る栄光を誇るバレンシア大陸西部に位置する王政国家・エルフリーデン王国。自国領土内に存在する豊富な鉱物資源を頼りに生み出される数々の兵器は周囲の国々を蹂躙し、エルフリーデン王国を大陸の覇者へと押し上げた。
この時代において、軍事力として最も注目されていたのはその鉱物資源……俗に『魔鉱石』と呼ばれる物質を利用した軍事産業であった。
人々は長年に渡り、この鉱物を最も効率よく運用する術を探し続けた。
そして、いつしかそれは体系化され制御しうる技術としてその名を歴史に刻むこととなる。
その技術の名を人は畏怖と尊敬を込め、こう呼んだ。
悪魔の呪術。即ち──『魔術』と。
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夏の日差しも陰りを見せ始めた9月の初頭。
エルフリーデン王国有数の教育機関であるアンディール魔術学園の研究室にて、その儀式は行われようとしていた。
暗めに設定された室内は魔法陣用に用意された蝋燭の火だけが怪しげに揺らめいており、魔術に精通しないものでもその静謐な雰囲気からこの儀式が重要なものであることを悟るだろう。
誰もが緊張に息を呑む中、俺は瞳を閉じ静かに瞑想を繰り返していた。
今日は俺にとって、人生を左右しかねない重要な日。間違っても失敗するわけにはいかない重要な局面だった。
「では次……3組所属、ゴルゾフ・ディーン。前に」
「はい」
この珍しい儀式を一目見ようと集まる群衆の中、名前を呼ばれたその生徒は礼儀正しく一礼し、つかつかと迷いない足取りで進むと魔法陣の手前で立ち止まった。
今、この場で執り行われているのは『眷属召喚』と呼ばれる儀式だ。
より高位な魔術研究を行おうとするならば、眷属の存在は欠かせない。どんな眷属が召喚されるかは術者の力量に左右されるが、基本的にこの眷属召喚の儀式は一生に一度しか行えないしきたりだ。
何度も何度も召喚していては生態系を崩しかねないというのが一つの理由としてある。召喚される眷属の中には稀少な種族も存在するからだ。
「では……ゴルゾフ君、始めなさい」
「分かりました」
立会いの教師の指示に従い、懐から取り出したナイフで自らの指先に傷をつけて流した血を用意してあった台座に垂らすゴルゾフ。彼はこの学園でも優秀な魔術師の一人だ。そんな彼がどんな眷属を召喚することが出来るのか、その場の誰もが固唾を飲んで見守る中……
「《其は原初の理。我が身を捧げ、希う。我が願い、聞き届け給え。契約は等価。我が身を以って対価とす。汝にその意あるならば……我が呼び声に応えよ──荘厳なる太古の神獣よ》!」
その詠唱が、大気に響き渡った。
まず始めに感じたのは魔粒子の波動。
魔術師達は高位次元上に存在するとされている魔粒子を三次元上に顕現させる術を持つ。始めは無から、眩しいほどの光へと。
その光を『魔力光』と呼ぶ。
これは魔術師が正確に魔粒子を制御している証だ。
ゴルゾフの生み出した魔力光は目を焼くような紅色をしていた。
(これは……成功するか?)
ここに来て初めて見せた成就の兆候に、その場の全員が釘付けになる。
この眷属召喚の儀式では術式を起動させたにも関わらず、何の眷属も応えてくれないという冴えない失敗が数多く存在する。現にこれまで挑戦した他数名の生徒は皆全滅だった。
それほどに成功率の低い儀式なのだ、眷属召喚とは。
(紅の魔力光……となると系統は火。呼び出されるのはそれに連なる眷族になるか)
魔力光は術者の魔粒子特性によってその色合いを変える。
目の前に広がる光景から召喚されるであろう眷属に当たりをつける俺の前で、
「来た……来たぞ! 凄い、とんでもない魔力だ!」
鼻息荒く興奮を露にする監督教師。
そして、次の瞬間……更に眩い紅蓮の光が部屋を包みこんだ。
「ぐっ……!」
思わず目を閉じてしまうほどの光量。
相当の魔力量を持った眷属であることが予想される。
高まる期待の中、魔法陣の中央に佇んでいたのは……
「さ、火竜!? まだ子供のようだがこんな上位種が呼び出されるとは……学園の歴史でも数えるほどしか例がない。喜びたまえ、大成功だ!」
教師の高潮した声に、わっと立ち見の生徒達が歓声を上げた。
それもそうだろう。こんな大物を一学生の身分で呼び出すなんて相当に珍しいことだ。当の本人はこれで当たり前と言わんばかりの態度で腕を組んでいる。相変わらず嫌味なやつだ。
「失礼、これほどの眷属が召喚されるのを見るのは私も久しぶりでつい昂ぶってしまった。次の儀式を始めよう。では……」
興奮する観客を落ち着かせ、一度魔法陣を整理し直したその教師はちらりとこちらに視線を向け、
「次……4組所属、ルイス・カーライル。前に」
「はい!」
名前を呼ばれた俺は意気揚々と魔法陣の元へと歩み寄る。
今回の儀式、俺も眷属召喚の許可を得ていた。
これからの学園生活において、いれば絶対に有利となる眷属。ぜひともここは先ほどのサラマンダーのような高位種族の眷属を手に入れたいところだ。
「分かってはいると思うが、儀式に必要なのは具体的なイメージ。どんな眷属を求めるのかを明確に思い浮かべることが肝要となる」
「ええ、分かってます」
監督教師の忠告に頷き返す。
今日、この日のために俺はずっと研究してきた。
俺の"目的"の為に、どんな眷属を手に入れるのが最も近道となるのかを。
「ふー……」
瞑想で精神を落ち着かせてはいたが、それでもやはり緊張する。
俺の一生のパートナーとなる眷属が決まるかもしれないのだから、緊張するなというほうが無理な相談ではあるが。
(俺はこれ以上、失敗するわけにはいかないんだ。だから……頼むぞ)
最後に神に祈りを捧げ、俺はゆっくりとその詠唱を開始する。
「《其は原初の理。我が身を捧げ、希う。我が願い、聞き届け給え──》」
イメージするのは純粋な力のビジョン。
全ての生物の上に君臨する絶対的な力の象徴だ。
「《──契約は等価。我が身を以って対価とす。汝にその意あるならば……我が呼び声に応えよ──》」
目的の為、俺にはどうしてもそれが必要なのだ。
だから……頼む。どうか、その力を貸してくれ!
「《──高貴なる獣の王よ》!」
心の底からの願いと共に、詠唱を完成させる。
それと同時に、先ほどと引けを取らない量の光が俺の両手から解き放たれた。
その色は俺の魔粒子特性を示す白銀。美しく輝く純白の光が飛び交う中、俺は確かな手応えを感じていた。
(分かる……分かるぞ! 向こうもこちらを求めている!)
契約とは一方通行の約束事ではない。
こちらが持ちかける以上、こちらが求めるもの以上の対価を支払わなくてはならない。これほどの魔力量を持つ眷族ならばその代償は途方もないものになるだろう。だが……
(構わない。その力を貸してくれるってんならこの魂だってくれてやる!)
俺はすでに全てを捨てる覚悟を決めていた。
俺には為さねばならない大義がある。そのためにはどんなものだろうと惜しくはなかった。
そして……俺の覚悟が届いたのか、光り輝く魔法陣からとてつもない魔力量を持つ存在がその影を現した。
教師も、周囲の見物人も、そして勿論俺も、その場の誰もが注目する中、魔法陣より現れたのは……
「…………あ、あれ? ここどこぉ?」
ぼろぼろの服を身にまとう、年端もいかない"幼女"だった。