28 墨俣襲撃される
妙な時間にすみません
寄せ手の総大将は斎藤龍興では無く、桑原直元(氏家卜全の方が通りが良いだろう)である。
おそらく大垣城から出張ってきたのだろう。
桑原さん独断ということも、考えられなくはないが、こちらが何か仕掛けてくる前に牽制する目的での襲撃と思われる。
あるいは大きな動きの前触れという線もあり得るが、斎藤が浅井と手を組む前に動くとも思えないので、そっちの可能性は低いだろう。
いずれにしても、ここで良いようにやられるようでは、浅井との同盟話が更に難航してしまうだろう。
織田侮り難しと思わせ、返り討ちにするくらいの勢いを見せておかねばならないのだ。
まずは、現在の敵の位置と陣容を確認するため、水晶玉を出して全員に見せる。
敵はどうやら川の対岸にある小山に陣取っているようだ。
墨俣城は長良川とそこに流れ込む犀川との合流地点にある。
敵が陣取っているのはこの、犀川の対岸である。
大垣からは本当に目と鼻の先であるが、これまで動きが無かったのは稲葉山城の本陣との連携が上手くいってなかったのかも知れない。
今回、斎藤本陣に動きは無いようなので、本当に桑原さんの単独犯ということなのかもしれない。
鉄砲隊500、騎馬隊500、弓隊1000、槍隊1000というのがザッと見たところの構成だ。
包囲もしていないので具体的な戦果を期待してというより、町を襲って住民の忠誠度を下げたり、収穫前の農作物を略奪したりといった破壊工作で、領地運営にダメージを与えるのが主目的のように思える。
あわよくば抵抗しようとした敵武将の2〜3人を倒せれば大成功というところか。
もちろん一人も倒させる気は無いがな。
さぁて、どうするかな。
いかに火炎かまいたちがチートくさくても、一人でこれだけの軍勢に抗えるわけが無い。
とは言え敵も城を落とすほどの軍勢ではないので、こちらが籠城していれば、城には攻めてこないだろう。
その代わり城下町は良いように蹂躙されてしまうだろうが。
事態が動くとすれば、どちらかの陣営に増援が加わったときである。
敵はおそらくそれを待っているのだ。
我々の救援に大軍が乗り出してくれば退くし、籠城したままであれば稲葉山から増援が出るのを待って城攻めに移るかもしれない。
ならば、こちらとしてはそうなる前に損害を与えて、手を引いてもらうのが一番だ。
戦果の期待出来ない戦いで戦死するほど無益なことは無い。
待機していても損害が増えるばかりとなれば、打って出るか退くしか無くなるだろう。
そこで我々の出来ることは、夜陰に紛れてのゲリラ攻撃である。
城の守備隊500のうち、弓の達者な者を50人選抜する。
矢に毒を仕込み、たとえかすり傷でも放置すれば死に至ると、最初に思い知らせる必要がある。
全員に黒ずくめの衣裳を着せ、陣頭指揮は俺が執ることにした。
みんなからは止められたが、夜目が利かないのはこっちも同じである。
だが、水晶玉を使えば夜でも敵の位置を特定出来るのだ。
だから俺が行かねばならないのだ。
日没を待って川を渡り、敵の陣取る小山付近に身を潜める。
一応夜襲があることを想定していたのだろう。
篝火を焚き、見張りを立てている。
弓隊には当たっても当たらなくても2射したら退く、という鉄のルールを設け、退路を確認しながら敵陣に近づく。
敵は陣の正面に弓隊、槍隊を置き、中央に騎馬隊を置いている。
鉄砲隊は左右に分ける形でそれぞれ200ずつ、中央に100という配置で防御にあたっていた。
最初なので、なるべく狙いやすいところから行きたいところだが、敵もまだ本格的に警戒していない今が、一番戦果を上げやすい。
出来れば敵の主力の騎馬隊に損害を与えたいところだが、さすがにそこまで深く侵入は出来ない。
片翼の鉄砲隊を狙うのが上策であろう。
篝火の薄いところから近づき、およそ50mの距離まで接近する。
見張りが一人居るが、声を上げる前に殺せば大丈夫だろう。
今回火炎かまいたちは最後の手段だ。
戴いた脇差しが早速役立つ時が来たというわけだ。
俺はスネークにでもなった気分で、気配を消しつつ見張りに近づく。
見張りが篝火の方に向きを変えた瞬間、背後から襲いかかった。
口を押さえ、喉笛を掻き切ると、血しぶきが草に掛かる音がして、見張りは脱力した。
即座に距離を取ると、鉄扇を軽く叩いて弓隊に音で合図を送る。
次の瞬間、頭上を50本の矢が風切り音と共に飛翔していく。
俺は弓隊に合流すると、もう一射させた後、弓隊を退却させる。
敵は2射目でようやく夜襲と気付き、悲鳴と怒号が飛び交う。
大量の松明が掲げられ、「敵はどこじゃ!探せ!」と指揮官の声が響く。
弓隊の最後尾を守りつつ、夜襲部隊は川に全員入った。
水音を立てぬよう川を渡り、つつがなく第1回夜襲部隊は全員帰還した。
戦果は正直良く分からないが、弓隊の者によれば最低でも10名は倒れたと言っているので、まあまあの戦果である。
さあ、これで敵はどういう手を打ってくるかな。
まず、城下町への襲撃が容赦無い物になるだろう。
あるいは向こうも夜襲を仕掛けてくるかも知れない。
城下町の襲撃に備え、朝になるのを待って住民達を城内に避難させる。
だが、予想に反して敵は次の日、動きを見せなかった。
ならば、今夜も同じことを繰り返すだけである。
前日の奇襲成功の話を聞いたのか、今夜は志願者が多く名乗り出た。
だが、そういう功を焦る者はえてして失敗を招くので、今回も同じメンバーで行く。
川を上がって敵陣に近づこうとしたところ、やはり敵は対策を施していた。
陣の周囲に杭を立て、そこに鳴子を張り巡らしてあった。
篝火と見張りが倍に増えており、手薄な箇所が見つけづらい。
だが、水晶玉によれば、すこし奥まで進まねばならないが、手薄な箇所がまだまだある。
敵の誘いとも考えられるが、逃げ方さえ間違わなければ大丈夫だろう。
いざとなれば俺がおとりとなる。
俺たちは昨日とは反対側の陣に近寄り、やはり手薄な見張りを倒して毒矢を2射だけして退散した。
今回は馬に乗った者が追いかけてきたが、こちらを見つけられず、明後日の方向に向かって行ったので、楽々帰還することが出来た。
今回の戦果も前回と同じくらいか、もう少し多かったかも知れない。
さすがに今日こそは何かやって来るだろうと思い、敵の様子を水晶玉で見ていると、一人の騎馬武者が城に近づいてくる。
顔の感じからして、どうやら桑原直元本人のようだ。
お供も連れず中々に剛胆である。
何やら門の前で喋っているが遠いので良く聞こえない。
すぐに物見が報告に上がってきた。
それによると、やはり騎馬武者は氏家直元本人で、御城主にお出ましいただきたいという。
秀吉が俺の顔を見るので、どうぞと仕草で示すと、あんたのせいで何で俺がこんな目に、と言わんばかりの顔でこちらを睨みながら、土塁の先端まで出て行った。
そこでどういうやり取りが行われているかは分からないが、どうやら秀吉と桑原さんが笑い合っている。
そして、双方が引き返し、桑原さんは自陣まで戻っていった。
戻ってきた秀吉に聞くと、桑原さんはすぐに陣を引き払うから追撃をしないで欲しいと言う話であった。
どうやら彼の大事な小姓の一人が矢傷を負ったあと、毒が回って亡くなってしまったという。
我々の攻撃については「まこと卑怯なれど、戦国の世にあればこれもやむなし。恨んではおらぬ」と言って去って行ったという。
まさかこういう形で収束するとは思いもしなかったが、桑原さんもこういう手段で抵抗されるとは思ってなかったのだろう。
普通は敵を追い詰め、逃げ場を無くした時などに、ゲリラ的というかバンザイアタック的な抵抗に遭い、思わぬ損害を被ることはあっただろうが、開戦した当日から奇襲を受けることは想定外だったようだ。
聞けば2回の攻撃で28名が亡くなったそうで、損害としては軽微であっても、一方的にやられ続けることが看過出来なかったのだろう。
戦果は無いのに小姓が死んだとなれば、士気の低下は免れず、お互い無意味な死が広がるだけである。
ある意味、引き際はあざやかと言える。
こういうところは、柴田さんと同じ匂いがするな。
昔気質と言うか、いかにも武士道な感じである。
なんとなく柴田さんがニヤニヤしているところを見ると、どうやら好感を抱いているにちがいない。
いずれ仲間になることを考えると、悪いことではないが、攻める手が緩みはしないか心配にはなる。
敵も去り、一段落ついて、我々も自分の城に戻ってきたが、墨俣の城下町が結構手ひどく荒らされてしまったため復旧工事が急務となった。
桑原さんとしては双方痛み分けと思っているかもしれないが、こっちは城下町を焼かれているので、俺としてはそっちの方が痛い。
畑や田んぼもだいぶ荒らされたようで、今年の年貢はちょっと厳しいかもしれない。
秀吉が町の再建に人手が居ると言うので、仕方なしに小一郎を1ヶ月戻すことにした。
町子ちゃんには、天ぷら店出店はもう1ヶ月待ってもらうことにして、その代わり千恵蔵をみっちり鍛えてやって欲しいと告げた。
次の日、俺は襲撃に遭った経緯と結果の説明のため、に清洲に向かった。
信長さんは他の予定をすっ飛ばして、面会してくれた。
なにしろ襲撃から2日で敵が帰っていったという事態が、聞いただけではよく分からなかったのだと思う。
今回の襲撃が、桑原直元の単独によるものであること、その目的が破壊工作であったこと、こちらの2度の夜襲で直元の小姓が戦死したこと言う事実と共に、それによって士気が下がり、このまま損害が増えるより引いて出直すことを選んだのではないか、さらには当主の龍興が軍を起こさないことへの苛立ちが有るのではないか、という俺の推測を含めて報告した。
「つまりは直元が稲葉山を動かすためにやったいうわけか?」
「おそらくは」
「ふうむ、龍興とはやはり上手くいっとらんようじゃな」
そんな大して戦果も見込めない襲撃を、なぜ今やったのかという結論まで、信長さんは今の話で理解したようだ。
相変わらず頭の回転が尋常じゃ無いな。
「桑原三河守は我々が留守の間を見計らって襲撃を仕掛けてきました。こちらの動きは把握していると見て間違いないでしょう」
「つまり、稲葉山が動いておれば墨俣は取られておったわけじゃな」
「そうですね、そうなれば防御に適さないうちの城では支えきれず、一ノ宮まで後退せざるを得ないでしょう」
「なるほど、さすがは美濃随一の大身というところじゃな」
「闘うよりは、調略をお勧めします」
「うむ、して、浅井との経過はどうじゃ?」
うっわ、今一番聞かれたくない話だなぁ。
思いっきり顔に出てたのだろう、それを見て信長さんは笑い出してしまった。
「お主をからかうと、まこと面白いのう」
からかってたのかよっ!
人が悪いな信長さん。
「今、調略の担い手が各々で当たっておるが、これを一度纏めようと思うのでな、お主もそこに加われ」
「はあ、それは願ってもないことですが、いつになるでしょう?」
「だから今じゃ」
「えっ!?」
「一緒に参れ」
そう言うと信長さんは立ち上がり、俺についてくるよう促した。
ひょっとしてすっ飛ばした今日の予定というのはその会合でしたか。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
この辺から、出来事が史実より早まっていきますので、悪しからずご了承ください。




