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08 転機

なんだか、話があらぬ方向に…

 頭から泥に浸かってしまったので、髪も解して体を洗い、少しぬるいお湯に浸かって久しぶりにボーッと出来た。

 30分ぐらい呆けていたような気がするが、ギリギリの緊張感から解放されてリフレッシュ出来たので、「よしっ」と気合いを入れ直して風呂から出た。

 体を拭いていると、人の足音が近づいてくる。

 あ〜今スッポンポンなんだけど誰だよ。

 そう思っていると「大谷様はこちらか」と言って半兵衛が入ってきた。


 「…は!」


 半兵衛は慌てて引き返し「失礼つかまつった!出直して参ります」と言うとピューッと戻っていった。

 しっかり見られたな。

 大事なところは手拭いで隠していたけど、いかんなぁ。

 今はラブコメ展開やってる場合じゃないんだけど。

 とりあえず服を着たが、髪がまだ濡れているのでボサボサのままだ。

 乾くまで待ちたいところだが、外では睨み合いがまだ続いてるので放ってはおけない。

 このままで良いか。

 まずは半兵衛の用件を聞こうと廻りの者に半兵衛の居所を尋ねると、なぜか一旦城から出たという。

 何やってんだ?

 何か用事があったんじゃないのかよ。

 居ないんじゃしょうがない、敵の様子を見てみるか。


 前線の陣地に戻ってみると、敵に大きな動きはないが、どうやら周囲の木を切り倒してまた丸太を作ってるらしい。

 もしかして、もう一列筏を設置する気か?

 あるいは楯をまた追加してるのか。

 そうかぁ、やっぱちゃんとした投石機作るかな。

 急ごしらえでも、少なくとも100mは飛ぶようなものとなると、それなりにきちんとした物を作らないとならない。

 ローマ時代のカタパルトの資料を脳内ウィ○ペディアから引っ張り出すと、今より1000年も前の物なのに、けっこうしっかりした作りでサイズもハンパないので、ここでそれを作るのは現実的じゃない。

 急いで作るとしたら、重石おもしを使った、テコの原理で飛ばすヤツが一番簡単だ。

 そして、飛ばすにせよ、重石にするにせよ、とにかく大量に石が要る。

 だが、そもそもそんな大量の石をどうやって持ち込むかだが、またあの怪力男、巳之助と言ったっけ、あいつに頼まないといけないな。

 今からクレーンとか作ってる場合じゃ無いしな。

 ということでこっちも18mくらいの長さの材木と、太くて丈夫な縄を大量に用意させて、脳内プロッタで長さなどを予め計算。

 試行錯誤している暇がないので、いきなり完成品を作る時にはこういうツールがあるのは助かるな。

 それでも微調整は必要になるだろうが、組み上げた端から崩れ去るようなことは起きないから、かなり効率的である。

 大工の心得のある者が、俺の指示で組み立てているところに、半兵衛がようやく戻って来た。


 「先ほどはとんだご無礼を致しまして…」

 「いやいや、戦の最中に風呂など浴びてる方が悪いんだから」

 「申し訳ありません」

 「それより要件は何?」

 「まず、お人払いを…」

 「あ〜じゃ、ちょっと移動しようか」

 「はい」


 人気のないところに移動し、話を聞くと、まず良い知らせとして、秀吉たちの有志の軍が美濃を出たという。

 一両日中には小谷城ではなくここに到着するという。

 そして、小谷城の方は磯野員昌の加勢で形勢が逆転、朝倉勢は攻め取った東野山城に逃げ込み、そこを拠点に睨み合っていて、今は逆に包囲されている状況だという。

 郡上八幡からの兵が一乗谷城に向けて出発したという知らせもあったので、こちらは朝倉領に入るのに3〜4日掛かるだろうが、そうなれば朝倉軍は撤退せざるを得ないだろう。

 悪い知らせとは、俺の独断で弓削家澄を討ち取ったことと、その時追撃に使った兵はウチの兵ではなく長政から派遣されてきた兵なので、その行動が問題となっているらしく、後に詮議の対象となるだろうということだった。

 半兵衛によれば「せめて、殺さずに捕縛していれば問題とはならなかったかも知れないが、私としては致し方無いかと」と擁護してくれた。

 そうかぁ、仮にこのまま六角勢を退けられたとして、その戦の功を差し引いても、何らかの罰は覚悟しなければならないわけだな。

 まあ、半兵衛の言う通り、俺としては他に選択肢は無かったと思う。

 確かに冷静さは欠いていたが、冷静だったら連れて行く兵を換えられたかと言えば、そんな時間的猶予は無かったと思うし。

 +−差し引いて0なら御の字ってとこか。

 まあ仕方ないな。

 しかし、この程度の話であれば、あのまま風呂場でしても良かったんじゃないの?

 と聞くと、「自分の気持ちを落ち着かせるため、磯山城に行っておりました」と言う。

 何その自分の気持ちって。

 ちょっとちょっと、俺の裸見てムラムラきちゃったのか〜?

 そうか、こんな綺麗な顔してるけど、半兵衛も男だからな。

 いくら上司とは言え、裸で無防備な姿を見せたら、変な気を起こすってもんだよな。

 気を付けないと。

 そう言っている端から、さっきから半兵衛の目つきが変である。


 「どうしたの?なんか変?」

 「いえ、その、髪を靡かせてる姿が美しいなと……」

 「へ?」


 実はこっちに来て髪を切ったことが無く、4年間伸ばしっぱなしなので、今は腰の辺りまである。

 鬱陶しいからいつもは後にまとめて縛ってたのだが、まだ風呂から出てそのままだった。

 髪はすっかり乾いて風に靡いている様は、我ながらさぞや美しい姿に見えただろう。

 半兵衛の瞳に、そんな俺の姿が映っている。

 確かに美しい。

 そう思った瞬間、強い力で抱き寄せられ、唇を奪われてしまった!


 「はっ!何ということを!」

 「………」

 「大変ご無礼しました!失礼いたす!」


 あ、ちょっと…。

 行っちゃったよ。

 磯山城の状況を知りたかったのに。

 …いや、そうじゃないだろ。

 自分を誤魔化すのは止めろ。

 なんだか、自分の中でも胸騒ぎというか、ドキドキする気持ちが確かにあった。

 やべぇな。

 目覚めちゃったか?


 気持ちを落ち着かせるのに5分ぐらいかかってしまったが、しばらく唇の感触が消えることは無いだろう。

 戦の最中で無ければ、今すぐ半兵衛に自分の気持ちも伝えたいところだが、今はそれどころではない。

 ただ、この気持ちをそのままにしておくことは最早出来ないということだけは、確信した。

 なんてこった。

 どうにか気持ちを入れ替え、戦線に復帰すると、投石機はほぼ完成していた。

 俺は巳之助を呼びつけると、石を大量に運び込むよう指示、その間にこちらでは手元にある石で重りを作るため、余った漁網に石を詰めて投石機に取りつける作業を始めた。

 それにしても、巳之助というヤツは凄いな。

 一抱えほどある石(おそらく50kg以上ある)を両手に抱え、その上にもう一つ乗せてもらって運んでくるのだが、余裕で2往復3往復と繰り返してる。

 確かに背も高いし、相撲取りとはいわないまでもプロレスラー並の体格なのだが、全身筋肉の塊で脂肪があまり無い感じだ。

 だからと言ってボディービルダーとはまた違う、筋肉質ではあるがそこまでゴツくない、コッテリしてない感じだ。

 どちらかというと童顔で可愛らしい顔つきなので、ゴツく感じないのは顔の印象もあるのかもしれない。

 そんな巳之助のおかげで、投石機は着々と準備が整いつつある。

 その様子は敵からも見えているだろうが、妨害などを仕掛けてくる動きは見えない。

 何か対策を練っているのかも知れないが、茂吉からは新しい情報は入って無い。

 何とももどかしい時間が流れ、投石機の準備が完全に整ったころ、ようやく茂吉から情報が入った。

 敵は更に大きな楯を用意しているようで、投石機にも耐えうるよう単に丸太を並べただけで無く、斜めに組んでV字を仰向けに倒したような形(機関車の牛よけのような形と言えばお分かりいただけるだろうか)にして、強固な耐久性を持たせるようにしたようだ。

 全く、どこからそういう知識を持ってくるのやらだな。

 ただし、それだけの物となれば相当に大型になるわけで、今の筏では幅が足らない。

 そのために追加の筏を用意しているわけだな。

 ならば、嫌がらせに、今ある筏をドンドン破壊していってやろう。

 俺は出来たばかりの新たな投石機を使い、石を飛ばしてみた。

 すると、前の物よりはるかに高い放物線を描き、飛距離は100mを優に超え、敵の鉄砲隊の寸前まで飛んでしまった。

 予想より飛びすぎたが、それは敵にとっても度肝を抜かれる事態であり、鉄砲隊たちは色を成して後退していった。

 へぇ〜使えるな、これ。

 ちょっと面白いこと思い付いたぞ。

 俺はエドに頼んで、以前用水路の掘削用に使った台車付きのショベルを持って来てくれと指示をし、こっちはその間に石を大量に運べるよう大きめの荷車を作るよう頼んだ。

 そう、投石機を移動式にしようというわけだ。

 これで、敵を追い返すことが出来るんじゃないか?

 そう思った矢先である。

 先ほど聞いた巨大な楯が、鉄砲隊が引っ込んだ奥から現れたのだ。

 幅にして20m高さは15mはあろうかというデカブツだが、その巨大楯に車は付いておらず、丸太をコロにして運んできた。

 いやぁ、そんなデカいのどうするつもりだろう。

 ピラミッドの石材じゃあるまいし、そんなもの筏の上を運べないだろ。

 それともそもそも渡る気が無いのか?

 その巨大楯を、沼の寸前まで運び、そこでまた新たな筏を敷設するべく、歩楯を持った兵士たちが数人がかりで沼に敷き始めた。

 どうやって筏の上を渡すのか興味があったが、黙って見ている訳にもいかないので、投石機で筏を狙って打ち込んでみた。

 今度もちょっと狙いがはずれて、少し飛びすぎて巨大楯の手前のコロを並べていた上に落ちた。

 その反動で石はワンバウンドして巨大楯に当たる。

 巨大楯は多少後に下がったが、大してダメージは無いようだ。

 随分丈夫に作ったもんだな。

 しかし敷いてあったコロは2、3本が跳ね上がり、周囲に居た兵を巻き込み悲鳴が聞こえてきた。

 だがそれで、巨大楯が十分耐えうるものと確信したのだろう、再びズルズルと前へ進んできた。

 俺は投石機の角度を調節して再び発射。

 今度こそ投石機は筏の真ん中に着弾し、筏は真ん中の丸太が折れて大穴が空いたが、使えないほど壊れたわけじゃ無い。

 なるほど、下が軟弱だから威力が減衰したのか。

 こういうのはむしろ、端に当たる方が良いのかもしれない。

 少しだけ左右の角度を動かし、もう一度撃ってみると、今度は沼にドボンと落ちてしまった。

 う〜む、構造上しょうがないのだが狙いが定まらないのが問題か。

 とりあえず、筏にダメージを与える方が先だと思い、角度を元に戻すと、飛距離を少し短めにしてドンドンと石を撃つよう指示した。

 その結果、10発撃つうち、筏に当たったのが6発。

 そのうち1枚はひっくり返ったがダメージはほぼ無し。

 1枚は留めてあった縄が解け、丸太がバラバラになった。

 2枚は石が2回当たって、かなりボロボロになり、ほぼ使い物にならなくなった。

 まあ、運良く続けて当たれば、あの楯も壊せるかも知れないが、それこそ運次第だな。

 だがそれによって敵は、ついに泥沼を渡ることは断念したのか、楯を杭で地面に設置し、防衛拠点にしようとしてるようだ。

 これでまた、しばらくお見合いが続くのかなと思い、しばらく様子を見ていると、敵の大将と思しき武将が現れ、何か叫んでいる。

 よく聞こえないが、茂吉なら分かるかな?

 ちょうど横に茂吉がいたので聞いてみると、「このど阿呆が!と言っとるようですな」と答えた。

 はあ?何をそんなに怒ってるんだか。


 ど阿呆と罵ったのはどうやら蒲生賢秀だったようだが、その後の茂吉の情報で「ど阿呆」の意味がようやく分かってきた。

 茂吉の調べによると、敵は膠着状態を打開すべく、迂回路を探したようだが、行く先々で連弩やら鉄砲やらの斉射を受けた。

 まあ、敵の現れそうな所に配置しておいたから、そうなるのは当然なのだが、その度ごとに少なからぬ被害が出ており、更に山道に仕掛けたトラップなどにも引っ掛かったりと、相当にイライラが溜まっていたようだ。

 山道のトラップのことは知らなかったが、茂吉の指示で仕掛けた物らしいので、効果があったのだろう。

 そして、敵はまたもや前回と同じく磯山城を先に攻略することにしたようで、兵の大半をそっちに回すもようだ。

 蒲生賢秀は多分そっちに行かされるので、捨て台詞を吐いておきたかったのだろう。

 そうか、磯山城には半兵衛が行ってるはずだが、どうするかな。

 一両日中に秀吉たちが駆けつけてくれると聞いたが、半兵衛なら一日持ち堪えるくらいは、どうということは無いだろうが、鉄砲とかは全部こっちに持って来ちゃったからな。

 俺は茂吉に頼んで、間に合うようならこっちから鉄砲か連弩を磯山城に届けられないか聞いてみたら、何の問題も無いと、至極当たり前という風に答えた。

 じゃあ、ということでお願いしたが、実際はそんな簡単なことでは無いはずだ。

 敵も、同じ失敗を繰り返すとも思えないし、何らかの策を講じてくると思われる。

 琵琶湖周辺の警備を厳重にするとか、厳しい措置をしてくるだろうし、前回も補給の際に何名かの命が失われたと聞いている。

 大丈夫なんだろうか。

 しかし、茂吉が問題無いというのだから大丈夫なんだろう。

 ヤツは自走式連弩に鉄砲を5丁乗せ、更に領地に戻って弾薬を調達して磯山城に届けると約束してくれたのだ。

 後は信じて任せるしかない。

 茂吉を見送ったところでちょうど日没となった。

 もう敵は動かないだろう。

 今日はイロイロありすぎて、頭も気持ちも整理出来てない。

 到底眠れそうにないな。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

戦の最中だというのに、妙な案配になってきました。

横道から急に現れたプ○ウスにぶつけられたような気分ですね。

どうなってしまうんでしょう?

引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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