05 雨中の決戦
まさかの神風が吹きました。
朝から雲行きが怪しいと思っていたが、昼になってとうとう雨が降ってきた。
気象画面を見ると、なんと台風が接近していることに気付いた。
このあいだから天気が愚図つき気味だったのはそのせいだったのか。
言われてみれば、風も強くなって来てるし、湿気もかなり高めな感じだ。
海に面した所だったら波が荒くなるなどして、もっと早く気付いたかも知れないが、それでも台風か、ただの低気圧かまでは区別つかないだろう。
やはり、天災は最強の敵なのだ。
経路からみて、どうやら紀伊半島から伊勢湾にかけて上陸しそうな感じで、この辺も下手をすると直撃コースだな。
正直、戦争などやってる場合じゃ無いのだが、敵はもちろんそんなことに気づいてはいないだろう。
本当はすぐに帰って戸締まりとか、水門の開放とかやっておかないといけないのだが、今は無理だな。
危険覚悟で伝令を飛ばすか。
しかし災害対策とは別に、雨になったことでこちらが有利になる点もある。
ウチで作った連弩と鉄砲は皆、小雨程度なら使えるということだ。
国友村から流出した鉄砲も、ある程度防水仕様になっていたのだが、市中に出回っている物を見ると、そこは簡略化されて火縄が剥き出しの物がほとんどだった。
防水対策には油紙やロウなど、高価で稀少な材料を使うので量産には向かない。
敵が持ってた連発銃も防水になってはいなかった。
雨になれば火矢の効果も薄くなるので、城が火攻めに遭うことも無くなる。
雨雲の動きを見ると、本格的に降り出すのは明日以降のようだが、今日も断続的に降ったり止んだりを繰り返す感じだ。
一時的には強く降ることもあるだろう。
こういった雨の予想が立てられることも、こっちに有利な点だな。
だからと言ってこちらから攻勢を掛けられるほどの戦力は無いので、桶狭間のような訳にはいかない。
向こうから攻めて来るのを待つしか無いのだが、あえて誘いを仕掛けるぐらいは出来るかもしれない。
偽の文書を持たせ、破壊工作によって矢弾と兵糧が底を突いたと見せかけ、敵に攻撃させるよう促すというのはどうだろう。
実際、門は燃やされ、厩は破壊された訳だし、(破壊したのは俺だけど)結構信憑性があるんじゃないか?
ただ普通に伝令飛ばしてもむざむざ殺されるだけなので、下の者にやらせるより、むしろ茂吉あたりなら敵に捕まっても上手く逃げられるんじゃないかな?
そう思い、茂吉に相談してみると、ニヤリと笑って「そういう仕事を待ってたんです。お任せください」と言って早速準備に取り掛かってくれた。
いや、相当なムチャ振りだと思うのだが、笑って引き受けるとか凄いなあいつ。
それとも茂吉なりの気遣いなのだろうか。
仮にそうだとしても、この場を切り抜ける策を他に思い付かなかったので、その厚意に甘えるしか無いのだがな。
俺は同じ文面で3通、偽の文書を作り、茂吉とその部下に持たせた。
敵に捕まっても何も喋らなくて良いし、運良く(悪く?)領地にたどり着けたら、その時は台風が接近していることを皆に知らせるという手筈にした。
茂吉とその部下は、慎重に敵の監視網をかいくぐり、城の外に出た。
ただし、ちょっとだけミスをしたように見せかけて、ほんの一瞬、敵の忍びにわざと見つかるように動いた。
敵の技量をどれだけ正確に把握しているかに、全て掛かっているのだが、そこは茂吉のことだ、上手くやったと思う。
実際、敵兵には見つからなかったが、敵の忍びと思しき人影が数人跡を追っていくのを目撃した。
上手く釣られてくれたようだな。
後は、茂吉が必死に逃げれば逃げるほど、信憑性が増す。
そして何人もの忍びと殺し合った末に捕まれば、その偽文書の内容は敵にとって真実になるのだ。
この作戦の問題点は、結果がすぐにわからない所だろう。
敵が総攻めに出てきて、初めて効果があったことが分かるし、茂吉が帰ってこなければ成否がハッキリしないのも問題だ。
万一逃れられなかった場合の対処法は本人任せだし、かなり無責任な話ではあるが、茂吉はなぜか非常に乗り気だ。
忍びとしての技量を試したいという思いもあるのかも知れない。
風が一段と強くなり雲行きは益々怪しくなって来たが、まだ雨はそれほどでも無い。
とは言え、通常の火縄銃であれば、もう使用は憚られる状況だ。
これだけ湿度が高いと火薬が湿気って、着火不良を起こしやすくなるのだ。
しかし、敵の持つ4連発もこちらと同じ防水紙のカートリッジなので、この程度なら使用可能だ。
茂吉がここを出てから既に4時間。
作戦が上手く行っていればそろそろ動き出す頃合いだ。
タイミング良く雨が降り出してくれれば良いのだが。
日没間際になって敵陣からホラ貝を吹く音が聞こえてきた。
外に出てみると、敵が陣容を固めて総攻めの準備を終えていた。
そして蒲生賢秀と思しき武将が現れ、俺を呼び出し、降伏勧告をしにきたようだ。
見れば茂吉が縄でギュウギュウに縛られ引っ立てられて、しかもあちこち怪我もしているようだ。
随分と痛めつけられたようだな。
そして蒲生賢秀は「今すぐこの城を明け渡すなら、此奴は解放してやろう」と言って、茂吉を蹴っ飛ばしてこっちに放り出した。
おやおや、そんなことで明け渡すと思ってるのかしら。
しかし良く見ると、かなり茂吉の状態が悪いな。
まともに立てないところをみると、足を折られたのかも知れない。
ちょっと予定通りじゃ無かったようだな。
どうするか。
だが、茂吉は俺の目を見ながら、予定通りにやってくれと訴えているように見えた。
もしかしたらここで死ぬ気なのかも知れないがそれは嫌だな。
それとも何か腹積もりがあるのか。
ちょっと賭けてみるか。
追加で補充された兵の中に、以前人材発掘で弥四郎が見つけてきた玉三郎というめっぽう肩が強い男がいた。
そいつに煙玉を持たせて、50mほど離れたところにいる蒲生賢秀に命中させられるか聞いてみた。
「お安い御用で」と言うと、いきなり150km/hくらいの剛速球で投げつけた。
おーい、まだやれって言って無いじゃんよ。
煙玉は見事蒲生賢秀の頭に当たり、そこら中が煙に覆われてしまった。
まあ良いか。
そして、その煙の中から茂吉が風のように駆け抜けてくるのを確認すると、「全員配置に就け!」と命じてそのまま戦闘の幕開けとなった。
敵はまた例の攻城櫓を持ち出してきたが、今回は鉄砲隊には長射程の無限連発銃がある。
攻城櫓が接近する前に櫓に乗せた連弩は、はるかの正確な射撃によってズタボロにされていった。
それでも櫓の上から恐らく吉田重高と思しき武将が矢を射かけようとしたが、これも“はるか”が弓の射程外からの連射で吉田重高を圧倒して、重高は櫓の上からの攻撃を断念したようだ。
この時代の鉄砲の弾除けには、歩楯以外にも竹束という物もある。
単純に竹を何十本も束ねただけの物だが、これが意外と効果が高い。
当たり所にもよるが、10発程度なら耐えることが出来る。
今回、敵はそれを大量に用意して臨んできた。
なるほど、ちょっとは考えて来たようだな。
最前列と2列目に竹束を抱えた兵士を立たせ、全軍が隊列を組んでジワジワと押し込むように前進してきた。
部分的には連弩で弾き飛ばせるのだが、列を成してくるので、周囲の者がすぐカバーに入る。
なるほど、ついに数の力で圧倒しに来たわけだ。
しかし、こちらも弾の物量では負けてないと思うぜ。
隊列が鉄砲隊の射程に入ると、楯になって進む最前列は猛烈な斉射を受ける。
竹束と言えど5分と持たなかったようだ。
それでも、なんとか城壁まで後50mという所まで接近してきた。
この時になって、急に雨が強く降り出した。
敵は鉄砲隊を用意していたようだが、この雨で撤退していった。
こちらはと言えば、鉄砲隊の上には屋根のように防弾板を設置してあるので、この程度の雨なら関係無い。
連弩も自走式のままなので、馬車には母衣が付いているから、強風でも吹かない限り問題無い。
竹束が無くなり、丸裸になった敵は、列を組んだまま屠殺場に向かうようなものである。
鉄砲隊、連弩隊、弓隊から一斉に攻撃を食らい、無情にも最前列から順々に敵兵は倒されていく。
この時点で失敗を悟った蒲生賢秀は退却させるため、予備としてもう一列用意してあったのだろう、再び竹束隊を前面に出し、全隊を後退させていった。
何か敵の集団の中から「この大嘘つきめが!」と叫ぶ声が聞こえた気がしたが、何を言っているのやら。
そうするウチに風雨が本格的に強くなってきて、いよいよ戦どころでは無くなりつつあったので、陣地に展開していた兵士全てを撤収させた。
その様子は敵にも見えていたのだろう。
こちらが退いたと思ったのかもしれないが、全員城内に移っただけで戦闘は可能ではある。
だが俺は、戸締まりをしっかりとさせ、台風に備えさせた。
敵はこっちが陣地を放棄したと思ったのか、鉄砲隊がいた場所に陣取り、こちらの様子を窺っている。
俺はこの時点で、外にいては危険と思えるほどの暴風雨が1時間後に襲ってくることを既に全員に知らせていた。
敵が再び隊列を組んで城の周りを包囲してきたが、蒲生さん、そんなところにいると怪我するよ。
そして、みるみるうちに猛烈な雨と風が襲ってきた。
気象画面を見ると、940hPaの大型で猛烈な台風が志摩半島に上陸し、そのまま北上して再び伊勢湾に抜けようとしていた。
今はちょうど、その大型台風の暴風圏の外側の大きな雨雲が差しかかろうとしているところだった。
こりゃぁ、尾張もそうとう被害が出そうだな。
吉子村は大丈夫だろうか。
治水はどこよりもしっかりやったとは言え、これほどの台風は想定外だ。
少なくとも洪水は免れないだろうな。
いずれにしても俺が出来ることは無いし、今はともかく目の前の状況である。
屋根として置いてあった分厚い防弾板はあっけなく飛ばされ、周囲に居た兵士を襲い、廃材となった歩楯や竹束が、今度は凶器となって飛んでくる。
ゴォ〜〜という音と共に、山全体が煽られ、根の浅い杉などは倒されていく。
せっかく確保した陣地だったが、敵軍はどうやら全面撤退を決めたようだ。
崖崩れなどに巻き込まれたら、もっと被害が出てしまうだろうから、賢明な判断だろう。
その間に俺は茂吉の具合を確認していた。
捕まるまでは想定していたが、あそこまで紐でグルグル巻きにされるとは思ってなかったようだ。
しかし、痛めたように見えた足は、実はフェイクで、わざと関節を外して骨折しているように見せかけたという。
いやいや、俺まで騙されるところだったぜ。
凄いな茂吉は、もう1ランク昇格で良いんじゃない?
そして、同時に伝令として飛ばした忍びたちは、無事領地に到着したようで、台風接近の知らせも届いたことだろう。
大手柄の茂吉には正式に苗字を与えて、武将として活躍してもらうとしよう。
本人に希望する苗字があるか聞いたところ、完全に予想外だったらしく全く思い付かないから任せるというので、大中小は使ったから上下で行くか。
と言うことで、上谷ってどうよ、と聞いたら「上だなんて滅相も無い、それなら下谷でお願いします」といわれたので、それで行くことにした。
下谷茂吉
1538年生まれ
年齢:26歳
大谷家:武将
所持金:5100
総合レベル:10
思想:革新
宗教:なし
名声:20
使用武器:忍刀
領地:なし
能力値:
統率58、武力78、知略65、政治40
体力77、腕力75、技量64、乗馬7、砲術2、走力9
常駐スキル:
製造スキル:
戦場スキル:看破、上忍
おぉ〜、いきなりのハイスペック武将ですやん。
まだ26歳だったんだな。
又右衛門とか皆さん若いのに貫禄あるよなあ。
15歳で成人だからな。
早く大人になることが良いとは限らないけど、時代のせいかやはり自立心が強いよな。
横並び主義で同調圧力が強い今の日本人とは、考え方がやはり違うんだろうな。
何にせよ、優秀な人材はそれに応じた評価をしてやらないとな。
俺は茂吉に信長さんから貰ったミニ火縄銃を「連絡用とかにどう?」と言って授けると、茂吉は涙を流して感謝してくれた。
妙に畏まってる茂吉を解すため「使いにくかったら鐵之助使って好きなように改造して良いから」と言うと「勿体なき事にございます」と言って下がっていった。
台風は夜半過ぎには勢いが最高潮に達し、しっかり固定したはずの羽目板もバタバタと音を立て、今にも捲れて飛んで行きそうだ。
こんな状態では敵も撤退せざるを得ないだろう。
佐和山城は大丈夫だろうか。
もちろん台風情報なんか入って無いから、暴風雨になってから大慌てで対策をしても間に合わなかった可能性がある。
固定してない楯や柵などは飛ばされてしまっただろうし、この城より高い山だから崖崩れとか起きてそうで心配だ。
気象画面を見ると、丁度台風の中心が尾張付近にあって、そこだけポッカリと雲が無い状態だ。
勢力は少し衰え950hPaになったが、それでも十分に強烈な台風だ。
広い範囲で大災害となっていることだろう。
今の領地も洪水対策はしてあるけど、多分あの程度では到底おぼつかない。
襲撃で焼かれ無かったとしても、どのみち今年は収穫出来なかった訳だ。
そう考えると少しは気が楽になるけどな。
幸い台風の西側にはさほど大きな雨雲は無いので、後2〜3時間こうして引き籠もっていれば、風雨は収まると思われる。
不安そうにしている者たちには、「城の中にいれば安全だから。もう一時の辛抱だ」と言って落ち着かせた。
まんじりとも出来ない夜を過ごし、明けてみれば台風一過で、見事なまでの晴天が広がっていた。
山城である磯山城も、所々で土砂崩れが起きており、人が外に居なくて本当に良かった。
城自体には被害は無く、事前の対策が功を奏したようだ。
心配された洪水の被害も、この辺ではさほど起きていないようだ。
ただ、3000を超える敵兵の死体は、そのまま放置されていた。
殺した側の責任として、これらをきちんと処理しなくてはならない。
気持ちの良いほどの晴天とは裏腹に、なんとも気の滅入る作業だったが、これを放置すれば、疫病の原因となったりするので、全て火葬にして土に埋めていく。
磯野さんには伝令で簡単に状況を伝えたが、本来補佐役である俺は真っ先に報告に戻るのが筋ではある。
だが、如何せん人手が足らないし、そういった「後始末」を任せられる副将を連れていなかったので、俺がやるしか無かった。
結局その作業に一日を費やし、磯野さんに報告するのが翌日なってしまった。
次の朝イチに佐和山城を訪ねてみると、こちらも敵軍は既に撤収済みで、城周辺の被害確認や崩れた城壁の復旧作業が行われていた。
結局佐和山城では戦闘らしい戦闘は行われておらず、城側の死者は0。
敵の被害も、俺が引っかき回して潰した陣地の300〜400人だけである。
なるほど、無駄に戦わないのも名将というものなのだろうな。
俺が尋ねて来たことが磯野さんに伝わると、早速現れて「大戦果を上げたそうじゃな」と褒め称えてくれた。
だが、その目は少しも笑っておらず、どこか蔑むような感じだった。
勝ったとは言わないけど、少なくとも10倍を超す兵力を相手に戦って、台風のおかげもあるが撃退したことには変わり無い。
もう少し喜んでくれても良さそうなものである。
そんなちょっとした不満が顔に出たのだろう。
ヤレヤレといった感じで「其方に見せたきものがある」と言って付いてくるように促した。
な〜んか嫌な予感がするな。
説教の予感が。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
どうやら勝って万々歳とはならない雰囲気ですね。
次回ではこれまで主人公のやって来た戦い方を根底から覆されます。
お楽しみに。
いや、楽しくはないか。
引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




