27 予報は晴れ時々嵐
「あんたは、またこないなもん拵えよって!どないすんねん!」と、なぜか怒られてしまったのだが、それがプリンを食べた今井さんの第一声である。
まあ、自分達はシュークリームさえ一個も売ってないところに、更に新商品なんか出してどうするんだという、焦りのような皮肉を込めた恫喝、と言う感じだろうか。
そうだなぁ、そろそろ暖簾分けのタイミングかもな。
後継者も育ってきたことだし。
それは近いうちに店と話し合って、2人ほど派遣すると約束した。
だがそれでは納得せず「近いうちやのうて、7月中に決めてや」と期日を切られてしまった。
まあそっちは問題無いだろう。
万一店が人手不足になったらサポートに玉ちゃんを動員しても良いし。
それよりも、俺としては三好家の動向が気になる。
三好長慶は無実の弟を手に掛けたことで、精神に異常をきたし、今月か遅くとも来月中にはこの世を去ることになる。
そうなれば統制の効かなくなった三好家は、結果的に松永久秀が実質受け継ぐことになる。
そのせいか安宅冬康の処刑について、松永久秀の謀略ではないかという噂が真しやかに囁かれているようだが、恐らく彼は本当に何もやってないと思う。
ただ、長慶が疑心暗鬼に陥り勝手に潰れていった、というのが実際なんじゃなかろうか。
三好三人衆と呼ばれる者たちも、武力には長けていても、政治的な嗅覚に乏しい。
現在、実質的に畿内を治めているのだから、将軍義輝を上手く担いで、政権を奪う気などさらさら無い振りをしておけば、最後に四面楚歌となって滅びることも無かったんじゃないかと思う。
実とともに名をも求めたが故に、永禄の変を起こしてしまい、諸侯から敵認定されてしまったのだ。
それを上手く利用したのが、信長さんだったわけだが、担いだ神輿がちょっと面倒くさいヤツだった。
俺としては、そんな面倒なヤツより、武人としての面目を保ちたい義輝の方が、担ぎやすいと思うのだが。
だから、上洛するにあたり、当面の敵は六角だけに絞って、三好とは敵対しない方が良い。
あくまで、将軍様の配下であることを強調しておけば、将軍様を蔑ろにしようとする動きを誅するという名目が立つ。
そうなってから三好と相対する方が、周囲に受け容れられ易いと思うのだ。
あからさまに将軍義昭をコントロールしようとしたが故に、包囲網が築かれて浅井もそれに乗っからざるを得なくなってしまった、というのが史実においての反省点と思う。
そういう意味では、朝倉とも事を構えるのは宜しく無いのだが、どうもそうは言っていられない状況になりつつあるようだ。
俺が今井さんに、恐らく久政派と思われる侍たちから襲撃を受けたことを伝えると、非常に険しい表情になって「あんさん、ここからは身の振り方一つで、将来が大きく変わりまっせ、気張って掛からんと」と、忠告してくれた。
まあ、俺としては将来の方向はもう決まっているので、それを阻害する要因が減るか増えるかの問題なのだが、ゲームでもそうであるように、結局は自分以外の勢力は全て潰さなければならないのだ。
遅いか早いか、大変かそうでもないか、の違いしか無いのだろうと思う。
だが、この時代に生きる人々にとって、そんな話は雲を摑むような妄想でしか無いだろうし、皆今日生き残ることで必死なのだ。
実際、まだ泡沫勢力でしかない俺などは、今井さんの言う通り、いかに勝ち馬に乗るかで将来が決まってしまうので、その見極めは確かに重要なのだが、俺としてはいずれ独立するに当たって、敵は小粒な方が助かる。
そういう意味では出身母体である織田家も、あまりに大勢力となると収拾をつけるのが大変なのだが、そこは本能寺の変の後に委ねるとして、当面自分の勢力を広げるには信長さんの力を利用するのが一番である事には変わり無い。
ただ、外様になったおかげで、どの勢力とも手を取らないという選択肢が摂りやすくなったとも言えるので、俺のやることは、とにかく経済力と戦で負けないことだけなんじゃないかと思う。
それが一番難しいという意見も有るが、なぜかそこは不思議と自信があるんだよな。
これまでの成功から、そう感じるのかも知れないが、俺が一番苦手で失敗しそうな権謀術数が、要らないからかもしれない
今井さんには、三好家が瓦解することは既に予見している事を伝えると「ほう、ならワシが言うことはあれへんがな」と、やや不満げながら納得したような顔をしていた。
とりあえず、わざわざ報告に来ていただいた礼を言い、紹介してもらった喜三郎のおかげで助かってること、更に新たに人を雇って、具足についても目処が立ってきたこと、大谷本舗に入った新人が天才だったことなど、お茶とプリンという不思議な取り合わせで頂きながら話をした。
抹茶プリンというものが有るくらいだから、合わないことは無いと思っていたが、結構良い取り合わせで、お茶菓子にも使えることが分かったのは良い発見だった。
シュークリームはどうしても口の中がまったりとしてしまい、抹茶とは合わない感じがしたが、プリンは割と後に残らないので茶会などでも受けが良いかもしれない。
特に寒天を使った硬めのババロアの方が、なお良い感じだな。
問題は売り方だな。
流通させるとしたら、何かの型に入れて売ることになるんだろうけど、銅とかで作るとそれだけでとんでもない値段になってしまいそうだし、やはり木の椀とかに入れて売るしか無いのだろうな。
でも、結局型から出す時に崩れちゃって、型の意味を成さなかったりするんだよな。
さらに、乾燥させないための密封されたパッケージを作るのが難しい、という問題もあるな。
やっぱり、店売りに限定するしか無いのかな。
ダメ元で今井さんに「これ売るとしたらどうやって売ります?」と、尋ねてみたところ、しばらく考えた末、結局「市中で売るのは無理やろな」と結論づけた。
やっぱり店の前で食べられるようにするしか無いようだな。
仕方ない、大谷本舗にテラス席を作るか。
また、店員を雇わないといけないな。
そして、今井さんがわざわざ訪ねて来た理由は、三好の動向を伝えるだけでは無かった。
「実はな、関白近衛前久様があんさんの噂聞きつけてな、その吉子饅なるもの食してみたいと仰られてな」
「は?関白様?」
「そうや、どうやら焚き付けたんは山科はんやろけどな」
「はあ、山科言継様」
「いずれ直々に朝廷から使者が来ると思うわ」
「朝廷から使者!」
いやいや、これは来てますね、流れが。
朝廷に食い入る大チャンス到来だな。
ここで大谷本舗を強く印象づけられれば、朝廷御用達になる日も遠くないのではないかな。
だが、今井さんはもう一つ喜んでない感じだ。
「ただな、近衛様は関白やけど関白の仕事、ほとんどしとらんのや」
「はあ職場放棄ですか?」
「さあ、なにやら武田と上杉の争いに首突っ込んだり、お公家さんやのに鷹狩りに興じたり、そのくせ将軍様とは疎遠になったりと、何がしたいんかよう分からんのや」
「全然関白らしくないですね」
「まあ、武家に憧れでもあんのやないか思うけど、公家らしゅうないと言うより、公家を超えたいちゃうんかな、そんな感じやからあまり頼りにはせんほうがええかもしれんで」
「それでも位は高いんでしょうから、例え関白クビになっても影響力はあるでしょう」
「ま、そらそうやけどな、それだけに敵も多いっちゅうこっちゃ。誰と敵対するか分からんから、ワシやったらあまり近づかんようにするけどな」
「なるほど〜、苦手な分野だ」
俺がそう答えると、今井さんは苦笑いして「案外それがええ事かもしれんな」と半分独り言のような言い方で答えた。
「ま、あんさんの好いたようにやったらええがな。ワシが入れ知恵なんぞしても、それに蹴躓いてまうやろしな」
「それはまた、随分な言われようですね」
「ほらほら、そうやってすぐ食ってかかるやろ、お公家さん相手にそんなんやったら即刻出入り禁止や」
「むぅ〜」
「ただ、近衛様なら大丈夫かもしれん。そういう意味や」
そこまで言うとすぐに立ち上がり「ほな、大谷本舗の職人さん、早うたのんまっせ。ごちそうさん」と言って帰って行った。
今井さんはいろいろ心配しているようだが、大チャンスには違いない。
雲上人と思っていた近衛前久と繋がりが出来れば、織田家を通さずともダイレクトに朝廷と連絡が取れることになる。
これは大きな前進になるに違いない。
しかし、もし朝廷御用達とかになって、本格的にプリンだ、シュークリームだ、と需要が増えれば、牛もさらに増やさないといけなくなる。
そうなると、エサがちょっと心配になってくるな。
今は雑草や稲わらなどで間に合っているが、じきにそんなことを言っていられなくなるだろう。
トウモロコシなどという奇跡の野菜はまだ無いし、麦や大豆は人間が食う方が先だからな。
エサにしようものなら「牛なんぞに喰わしてなるものか」と暴動が起きかねない。
まずは、米がちゃんと出来てからだよな。
やはりまだ酪農は贅沢なのかねぇ。
まあ、洋菓子はまだ希少価値を売り物にして行くしか無さそうだな。
そんなことを考えていると、するりと茂吉が部屋に入ってきた。
雇って三ヶ月ほど経った “かおる”を連れてきて、今後連絡業務は彼女から行うことを告げてきた。
諜報部隊の人員をつい先日拡充したばかりではあるが、単に人数を揃えただけで、まだ使いっ走りぐらいしか出来ない。
やはり本格的に運用しようとすれば教育期間が必要になるのだが、今のところ茂吉しか指導出来るヤツがいないので、しばらくはそちらに専念することにして、日常の業務は彼女に任せることにしたようだ。
ほう、かおる君はそれだけ優秀だってことか。
ちょっと目が離れ気味ではあるが、美人だし、ホントは現場で使いたいタイプだと思うけど、今は仕方ないのだろう。
今は普通に小袖姿でいるのだが、醸し出す雰囲気のせいか、つい全身タイツとか着せたくなってしまうのは、やはり変な刷り込みがあるせいだろうか。
そんな、変態的な妄想はともかく、早速報告があるようで、朝倉家の青木景康が密かに浅井久政と会っていたという情報が、遠藤直経から流れてきたそうだ。
茂吉は裏を取ってないので確証は無いと言っているが、事実なら大きな動きと言える。
もしかすると長政側の偽情報の可能性もあるが、いよいよクーデターが現実味をおびてきたようだな。
それにしてもこの時期に茂吉が現場から離れるのは不味いな、その訓練の方は延期出来ないのかね。
そう茂吉に聞いたところ、10日だけ時間をくれと言う。
その間に、最低限の訓練をして、岐阜との連絡くらいは任せられるようにしておきたいのだそうだ。
確かに一理あるが、もしかすると、その10日で事態が動くこともある。
悩ましいところだと思ったが、よく考えたらこちらから出来る事ってあまり無いし、何か起きたときすぐ動けるようにしておけば良いだけの話で、あとは心の準備があるかどうかだ。
恐らく狙われるのは長政かそれに近い者たちで、その中でも実権のある者だろうし、俺が狙われることがあるとすれば、この前のように岐阜と連絡を取ろうとした時だろう。
ならば俺とは別に信頼出来る連絡係がいた方が助かるのは確かだ。
俺は茂吉の方針で行くことを認め、万一の襲撃に備え防衛陣地の構築を急ぐよう、いつの間にか家老に昇進していた又右衛門に指示を出した。
えぇ?いつ昇進したんだろう。
まあ、こんな泡沫領主の家老といっても、鼻で笑われそうだけどな。
単純に勤続年数と総合レベルだけで言えば、確かに一番上かも知れないな。
あと、顔が一番家老っぽいかな。
悪いことは出来なさそうだけど。
しょうがない、昇進祝にプリンでも食わしてやろう。
今井さんに出した残りのプリンをあげたら、涙を流しながら「家宝にします」とか訳の分からないことを言っていたので、すぐに食えと言っておいた。
それから5日ほど経ち、かおる君はずっと俺に付いてまわってるので、すっかり秘書のような感じになっていた。
俺の行動パターンも分かってきたのか、気がつくとお茶が入っていたり、書類が揃えられてたりと、なかなか気が利く。
特に右筆という役職は決めてなかったが、すっかりそんな立場になりつつあった。
旅芸人などをやっていたにしては、諸事に通じており、意外に物知りでもある。
実は何処か良いところのお嬢様だったんじゃないかという疑問が湧いてくる。
茂吉も何処まで彼女のことを把握しているのか分からないが、いくら俺が見つけてきたからと言って、あまりに怪しい素性の者は雇うはずがないので、敵の間者などでは無いことは間違いないのだろうが、家系までは調べないかも知れない。
そして、その服装から“彼女”と言う形容が正しいのかも、疑問に思うようになってきた。
旅芸人ならば身軽な服装で居るのが普通だが、彼女は小袖より薄着にはならない。
この夏の炎天下でさえだ。
見た目は確かに美しい女性であるが、俺の変態の勘が告げているのだ。
もしかして、こいつは男なんじゃないか、と。
そんな状態の所に、岐阜からの使いと称して慶次が訪ねてきた。
どうやら信長さんから、直々に俺との連絡係を仰せつかったらしい。
信長さんもそろそろ事態が動くとみて、偵察に寄越したんだろうな。
「いや〜、暑い暑い」と言って、いきなり冷や酒をくれと言われたのには驚いたが、既にウチに常に清酒が置いてあることは知れているので、「うちは居酒屋じゃないよ」と言いながらも飲ませてやった。
そんな慶次がかおる君を見て、「お、新しく近習を付けたのか」と言ってしばらく眺めていたが、「あんた、男だよな、なんでそんな姿でいる?」と、いきなり性別を看破してしまった。
あまりのことに衝撃を受けたのか、かおる君は真っ青になってその場にひれ伏したかと思うと、「申し訳ございません」と言って、何処かへ行ってしまった。
ありゃりゃ、どうしてくれんの!せっかく良い秘書が出来たと思ったのに。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
なかなか繫ぎの話から抜け出せませんねぇ。
次回はそろそろ具体的な動きが……
引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




