第8話
そこにあったのは蹂躙だった。
決闘とは名ばかりの大多数による私刑。
だが、倒れ臥すのは重厚な鎧を纏った多くの聖騎士達。
「言っとくけど、先に敵意を向けてきたのはお前らだ。自業自得だろ?」
少年は唯一倒れていない法衣の男に告げた。
「二度と関わるな。次は無い」
「化け物が……」
「紛い物の神を崇める狂信者に言われたくはない」
「神を侮辱するか、この魔王が……!」
「生憎と俺は勇者としてここに喚ばれた。だが……俺に敵意を向けるなら、神だろうが殺してやるよ」
少年はそう言い放ち、踵を返した。
「ああ、そうそう。お前ら、喧嘩を売る相手はよく考えた方が良かったな。王国に帝国、皇国に諸国連邦。まあ、せいぜい頑張りなよ」
◇◆◇◆◇
これはいつの記憶だっただろうか。
ああ、そうだ。これは……
「あの時のだ」
放課後。
15分程度の仮眠をとり終えた迅の前には1人の少女──エレオノーラが居た。
「なにか用か、お姫様」
「降伏勧告をしに来たのよ。
今なら、恥をかく前にやめられるわ」
「大きなお世話だ、お姫様。それに心配するなら自分の身を心配しろよ」
迅はそう告げ、席を立った。
第三訓練場。
朝比奈学園の第三区画にあるそこには多くの勇者──正確には殆どの生徒はまだ勇者ではないため、準勇者とでも言うべきだが──が集まっていた。その中には例の十二騎士に属する生徒も見られた。
「両者、準備はいいな?」
「はい」「ああ」
その中央。
そこで、迅とエレオノーラは向かい合っていた。
「方式は、第二決闘方式。勝敗は戦闘続行が不可能な状態にどちらかが陥いるか、降伏によって決められる。この訓練場の特性上、内部での怪我は外へ出れば無かったことになる。ただし、死亡した場合はどうにもならないから注意しろ。2人とも、なにかあるか?」
「ありません」
「1つだけ」
「なんだ?」
「聖装の定義の範疇なら使用可能という解釈で?」
「?……つまり、それは聖装ということだろう?定義の範疇もなにも無いだろ」
「りょーかい」
第二決闘方式というのは、機関で定められている決闘方式の一つだ。
そのルールは、装備は自前の聖装のみ。その他の特殊装備──これについてはまた後ほど説明しよう──は使用不可。という単純なものだ。前に述べたトーナメントでも基本的にこの方式が取られている。
次に、聖装の定義。
これについては、詳しい事がまったくわかっていない聖装ではあるが、その状況のなかで決められているものだ。
一つ、勇者(異能者)が所持する。
二つ、本人以外には使えない。
三つ、特殊な能力をなにかしら持つ。
四つ、魂に刻まれた物である。
こんな感じだ。特に四つ目に関しては曖昧すぎるが、過去に存在した【司書】と呼ばれた勇者によってわかったことから、定義の一つとなっている。
そして、聖装について。
今、分かっていることとして、基本的に1人1つの聖装(剣と盾の2つで1つというものもある)。形状が変化することがある。稀に、2つないしは3つの聖装を持つ者もいる。などがある。それと、特殊な能力を持つとあるが、これは聖装自体のもので、勇者自身の異能とは異なるものだ。まあ、殆どの場合に於いてその異能を強化するものだったり、組み合わせやすいものだったりする。
「それでは、これより東雲迅、エレオノーラ・フレヤ・ヴァン・クリスティーナ・ヴァンへイムによる決闘を行う。両者、聖装を展開」
「『雷鳴よ、轟け。竜を殺せしその力を解き放て【竜殺しの雷剣】』!」
エレオノーラは自らの内に眠る聖装を顕現させるための詞を紡ぐ。
雷鳴と雷と共に120cmはある大剣が形作られその手に握られる。
稲妻を奔らせたその黄金の剣は、真っ直ぐ迅に向けられた。
「そういうの言ったほうがいいのかな?じゃあ、それっぽく『聖銀の剣よ、祓え【ちょっと強い聖銀の剣】』」
迅もエレオノーラに倣い、自らの持つ聖装──実際は違うが──の1つを顕現させるための詞を紡ぐ。
それと共に迅の右手にそれっぽい光が収束し、剣が現れる。
見た目は刀身にルーンが彫られていることくらいしか特徴の無い普通の剣。まったくもって業物……それも、聖装の中でも上位と呼ばれるエレオノーラの【竜殺しの雷剣】と打ち合えるものには見えない。
エレオノーラもそう思ったのだろう。
そして、彼女のなかにあった「男だからSランク」という考えもこれによって確実になった。
だが、この剣だけが迅の聖装だと断じているのはエレオノーラを含む大多数の人間だけだった。
そう、担任であるところの速水梓と理事長である天城奏。そして、かつてその命を救われた深瀬舞弥と御堂礼音はこの剣だけが迅の聖装では無いと知っていた。
特に、舞弥と礼音の2人に関してはこれ以上無い程に。
「そんな剣で……」
「早く始めようぜ。お姫様?」
迅の【ちょっと強い聖銀の剣】を見て呟いたエレオノーラに迅は言った。
「それに、その鈍らにはこのくらいで十分だ」
エレオノーラが打って変わってやる気を出すにはその言葉だけで十分だった。
「決闘開始ッ!」