第5話
「それで?うまくやっていけそうかね?」
シーフードピザを頬張りながら理事長はコーラを飲んでいる迅に問い掛けた。
「……普通だ」
「そうか。ああ、それと父君から伝言を預かっているよ」
「なんだ?」
「『死なないように頑張れ』だそうだ」
「俺が死ぬとでも思ってんのか?」
「事実、昔に事故にあっているだろう?」
「死んでねぇけどな」
迅はそう答えつつ最後の一切れを摘んで口の中に放り込んだ。
「んで、何時までここに居れば良いんだ?」
「さあ?」
「さあってな……」
「こういうことに対してのマスコミの意地っていうのはすごいからね。なんせ、メディア露出なんてただの一度もしてない君を撮せるチャンスなんだから」
「マスゴミにはこっちの都合も考えてもらいたいもんだな」
結局、迅が学校から出られたのは凡そ5時間後の午後6時30分。そんな時間になると外はすっかり暗くなり、電灯が辺りを照らしていた。
迅は、理事長に見送られつつ【橘重工】製のバイク、ファンタジアシリーズType-dragon限定モデル【黒龍】に乗り、学園を後にした。
◇◆◇◆◇
「飯どうするかな……」
家に帰る途中、朝と同じ信号を待ちながら呟いた。
こんな時間から材料を買って作るのも面倒だが、なにかを食べるにしても自宅のマンションの下にあるレストランくらいしか思い付かない。しかし、そこに行くと必ずと言っていいほどに偉そうなジジイに奇異の目で見られるので今日は止めておきたかった。
そんなことを考えているとスマートフォンが鳴った。
ヘルメットのヘッドセット機能を利用して、迅は応答して少し驚いた顔をする。
『もしもし……先輩ですか?』
「ん……ああ、篠宮か?」
『はい!』
電話をしてきたのは葛木中の後輩の篠宮絢瀬だった。
「なんか用か?」
バイクを走らせながら問う。
『あの……ちょっと頼みがあるんですけど……』
なにか言い難そうにしながら絢瀬は口を開いた。
『先輩……私の家に来てくれませんか?』
「……高北まで来いと?」
『い、いえいえ!私が今住んでるのは朝比奈ですよ……その、なんというか……相談に乗って欲しくて』
正直言えば帰りたいと迅は思っている。
だが、何時もの──少なくとも迅が知っている篠宮絢瀬という人間とは少しかけ離れたような声音と様子に違和感を覚えた。
「……どこ行けばいいんだ?それと飯は食ったか?」
『来てくれるんですか!?』
「行くからどこか訊いてんだよ。はよしろ」
『はい!えっと……朝比奈市音無5-6-2です。それと、ご飯はまだ食べてないです』
「わかった。そこなら……15分くらいで着くから待ってろ」
迅はそう伝えると半ば一方的に通話を終わらせ伝えられた住所へバイクを走らせた。
朝比奈市はオフィスビルや飲食店などが建ち並ぶ【中央】、山々が連なり秋には紅葉が見られ、大型の商業施設のある【北】、朝比奈学園やそれなりの上流階級向けの学校や名門校が並ぶ【東】、住宅が密集している【南】、迅の自宅である高層マンション【バベル】や富裕層の住む【西】に分けられる。
絢瀬に伝えられた【音無】はこれで言うと南西方向である。
血に飢えた獣の眼の様に紅いテールランプが尾を引きながら、閑静な住宅街を疾走している。
乗っている人間はフルフェイスのヘルメットを被っており顔が見えないが、その正体は言わずもがな迅だ。というより、こんな珍しいバイクに乗っているのは日本人で言えば迅ともう1人しか居ない。しかも、もう1人は社会人のため間違っても制服なんて着ているわけがない。
「ここか」
迅は周りに比べると一回り少しくらい大きい家の前でバイクを停め、呟いた。
そして、ヘルメットを取り、インターホンを押そうとして視線を感じ、その手を止めた。
「……なんだ、あいつ」
凡そ、90メートル程先の斜め前のアパートの一室。そこからこちらの様子を覗っている少年を迅は見つけた。
だが、そんなことは特に気にする必要も無いだろうと意識の外に追い出し今度こそインターホンを押した。
ピンポーン
「篠宮~来てやったぞー」
『……先輩ですか……今開けますね』
ガチャという音と共に、扉が開き1人の少女が姿を現した。
身長は160cmほど、肩まで伸ばした遺伝による明るい茶髪にハシバミ色の目。顔立ちはかなり良い。
久しぶりに見る篠宮絢瀬のその容姿はあまり変わっていなかった。
「久しぶりだな」
「お久しぶりぶりです、先輩」
「それで……ああ、いや。篠宮、親は?」
「今はヴァンヘイムに長期出張してて……」
「居ないのか」
「はい……それで、その……」
「話は後で聞く。とりあえず、乗ってくれ」
迅は停めてあるバイクを指差す。
因みに乗ってくれ、なんて言っているがバイクなのでヘルメット必須である。迅が持っているヘルメットは一つだが特に気にしていないのは、この家の敷地内にバイクが停まっているからだったりする。大方、絢瀬の父親の物だろうと予想はつく。
「わかりました。ちょっと待ってて下さい」
そう言うと絢瀬は家の中に戻っていった。
恐らくは、家の鍵やらの荷物とヘルメットでも取りに行ったのだろう。
数分もすれば戻ってくるだろうと考え、迅はまだ此方の様子を覗っている少年を遠目に観察しはじめた。身長は170cm程だろうか、顔立ちは悪く無いが、どこか頼り無さを感じさせる。一部の女子ならば庇護欲をそそられるなどと言いそうだ。
だが……なにか危うさを感じるのは迅の気のせいだろうか。それどころか、若干殺気も感じる。
「おまたせしました!」
「ん、じゃあ行くか」
小さなショルダーバッグを掛けて出て来た絢瀬に声を掛けられ、少年のことを思考の外に追い出し、絢瀬を後ろに乗せエンジンを掛ける。
そして、住宅街を抜けて大通りに出る頃には少年のことは迅の頭からすっかり抜け落ちていた。