第4話 顔合わせ……ね
チビこと理事長の話が終わると入学式は終了となった。
だが、これで家に帰れるというわけではない。というのも、一度ホームルーム……つまり教室に行き顔合わせをしなければならないからだ。さらに、普通の生徒は基本的に学園内の寮に入るため、実家に帰るのは早くて次の週末といったところだろう。
◇◆◇◆◇
「えーと、B組っと……ここか」
迅は教室を確認し、懐から学生証を取り出し、扉の横のボックスに翳し、扉を開けた。
便利なもんだ。と思いつつ迅は教室の中に入り、自分の席を探す。数日前に学生証と共に送られてきた書類によれば出席番号は19番。この教室にある机は6×6で36個。
つまり迅の席は……
「教卓の目の前かよ……」
この言葉の通り、教卓の目の前。迅的には俗に言う主人公席が良かった……などと考えているのだが、そんなことを言っても仕方がない。大人しくその席に座る。
だが……
「(ダルい)」
後ろからの……いや、ほぼ全方位からの視線に晒される。
迅は人からの視線にはそれなりに慣れているつもりだ。それには様々な要因があるのだが今はいいだろう。しかし、それでも現状落ち着いてはいられない。
もちろん、自分が注目されている理由はわかっている。
初めて確認された男の勇者。そして、勇者としての教育を受ける前にその力を十全に扱えていたという事実。
この2つが理由だということは理解していた。それに後者は兎も角として、前者がこの世界に大きな影響を与えるということも。
だが……
「(王女様が居るんだからそっちに注目しろよ)」
と思わないでもない。
そう、迅の言葉の通りこの教室には北欧の小国【ヴァンヘイム王国】の王女様が居る。なぜ、王族が居るのかと問われれば友好国の日本──さらに勇者の研究の先進国でもある──に留学して来ているからとしか言えない。
そんなことを思ってはや十数分が経ち、ようやく教師が教室に入ってきた。もちろん、女性だ。
「えー、これから一年このクラスの担任を務める速水梓だ。勇者としての等級はB。クラスは剣士だ。よろしく頼む」
彼女は簡潔に自己紹介を終えると出席を取りはじめた。それと並行して自己紹介も行わせる。
その間に、こちらでは少し勇者についての説明をしておこう。
まず、勇者とは『特異な能力と聖装を持ち、聖力を扱う者を指す』わけではない。それも大別すれば勇者と同じものであるが、現在世界共通の認識としての勇者は上記の力を持ち、『対妖魔機関』に登録されている者を指す。
さらに、登録されている勇者は、その能力や戦闘力に応じて等級が付けられる。それは一番下であるFから順にSSまであり、Aの中でもさらに優秀なものはSとされ、そのさらに上にSSランク──通称【守護の勇者】が存在している。
【等級】は各個人の勇者としての特殊能力──例えば物を少しだけ動かす程度の能力、炎を操る能力などの能力単体──の評価と戦力としての評価、総聖力量の評価によって付けられる。
また、【クラス】とは勇者の戦闘スタイルを示す。基本的なこととして、前衛職……というより戦士職は魔法を扱えず、後衛職(この場合は魔術師)は近接戦を行なえないというものがある。その理由としては聖力の使い方が異なるというのが関係しているが、それについてはその内に語ろうか。
そして、勇者の職。基本的に、勇者は機関またはその下部組織に属するが、一般の企業にも就職する場合がある。その一般の企業については勇者に深く関わるのでまた後ほど語るとしよう。
「東雲 迅!」
「……はい」
ぼーっとしながらクラスメイトの自己紹介を聴いていた迅は梓の点呼にワンテンポ遅れて返事をする。
「東雲 迅。ランクは暫定でよければ……S。クラスは……そうだな、魔法剣士とでもしておこうか。主武装は長刀。よろしく頼む」
迅の言葉に教室内がざわめきだす。
その理由は単純で、迅のランクとクラスの2つだ。学生……それも入学初日で暫定とはいえSランクなんて者は史上1人も存在しない。居たとしてもAランクだ。現にこのクラスにはAランクが1人存在している。
そして、なによりも迅の言ったクラス──魔法剣士。本人としては仮定として言ったもので大したことではないが周囲からしたら相当におかしなものだ。
先述の通り、勇者は基本的に肉弾戦を行う者は魔法を扱えず、魔術師は肉弾戦を行なえない。しかし、魔法剣士……それを言葉の通り受け取れば両方を熟せるということになるのだ。
だが、ここで疑問が浮かんだことだろう。
唯一の男性勇者なのだからそれくらいは知られていたのではないか?と。
それについては否である。
迅が魔法剣士であることは、一般どころか対妖魔機関の本部にすら知らされてはいない。日本支部で情報が止められているのだ。
対妖魔機関で迅について開示されているのは男ということと、15歳であること、日本国籍を持つこと、世界有数の財閥の総帥である東雲雄一の息子であることだけだ。
「静かにしろ」
梓は凛とした声を上げた。
ざわついていた教室もそれで静かになる。
「よし。つぎは……」
◇◆◇◆◇
「明日の予定だが……学内の設備の説明と各種委員の選定をするから、委員会の方については考えてきてくれ。以上、解散。
それと、東雲。お前は理事長室に行くように」
全員の自己紹介(迅からしたらカースト決めのように感じられた)が終わると梓はそう言って教室から出て行った。
それに続いて出る生徒は居らず、ほとんどが隣の生徒と話したりしている。そんな様子を尻目に、迅は教室を後にし、理事長室へ向かった。
「やっと来たか」
「なんの用だよ。なんてことは言わないが……飯くらいは用意しといてくれないか?」
「ん?ああ、そう言うと思ってデリバリーを頼んである。そろそろ来るよ」
理事長室に入って早々、見るからに高価なソファーに雑に座った迅に理事長──天城奏はそう言った。とほぼ同時に理事長室のチャイムが鳴る。
「来たようだな」
理事長は執務机に付けられたパネルを操作し、扉を開ける。
「ピザか」
そして、扉の外に居るそれを見て迅は呟いた。
扉の外には赤くカラーリングされたボディにロゴが入っているロボットがあった。
【SNM-2100DR】……通称宅配用ロボットと呼ばれるロボットである。電子マネーが多く使われるようになったこの時代だからこそ作られたものだ。
「ピザだな。好きだろ?」
「嫌いではない」
「ここのはそれなりに高いがデリバリーの割に味が良くてね。よく使っているんだ」
理事長は宅配ロボの胸元のパネルに【個人認識証】──国が発行しているもので、クレジットカードとしても使用できる──を翳して支払いを済ませると、宅配ロボから箱に入れられたピザを取り出した。
「まあ、とりあえず食べようか。君はまだまだ帰れないしね」
「あんたが呼んだからな」
「呼ばなきゃもっと時間が掛かったはずだが?」
「ふん。……うまいな」