第15話
「なるほど……水無月千夜、精霊術師、ランクはEか。……無能が」
昼休みも終わりに差し掛かった頃、迅は校内の資料室で機関のデータベース【サーガ】を漁っていた。
探していたのは先程出会った少女……水無月千夜のこと。
気になって調べてみれば迅の予想通り彼女は精霊術師だった。
「チっ、本当に無能だな」
迅は不愉快そうに舌打ちをした。
その視線の先にはホログラムで空中に映し出された千夜の詳細な情報があった。
実技試験……総合判定F
筆記試験……総合判定S
戦闘適性……F
細かく見ようとすればもっと細かく見れるがこれだけ見ればある程度察しはつく。
要するに、彼女は勇者として落ちこぼれということだ。
「……無能すぎて話にならねぇ」
椅子の背もたれに身体を預け、迅は呟いた。
無能。
迅の口からこの言葉を聞き、この状況を見ていれば全員が全員千夜のことを言っていると思うだろう。
だが、迅が無能と言っているのは千夜ではなく、機関のことだ。
基本的に魔術師タイプの勇者というのはそのクラスに関わらず、魔導書庫に記録されている汎用魔術を十全に使用することが可能だ。だが、中には例外というものも存在する。それが、精霊術師だ。
精霊術師はその名の通り精霊の力を借り魔術を発動させる。その魔術は精霊という聖力を主な構成素材とした非物質生物を解するが故に普通よりも少量の聖力消費で強力な魔術を放つことができる。しかし、精霊術師は生活をする上で自身の持つ聖力の凡そ半数を精霊に知らず知らずの内に供給している(正確に言えば聖力が垂れ流され、精霊がそれに惹かれ垂れ流された聖力を蓄えている)。さらに、精霊術師の聖力というのは特殊なもので、精霊との親和率が高い代わりに通常並の威力の魔術発動に普通の聖力よりも1.75倍程の聖力が必要になってしまい、消費を少なくしようとすると威力が下がってしまう。ちなみに、それを一部では精霊の嫉妬なんて言い方をする。
まあ、ともかくその結果、少ない聖力で多くの聖力消費が必要になる精霊術師は汎用魔術の行使こそできるが自在に操るということはできないのである。
これだけを聞けば確かに精霊術師は無能とまでは行かなくとも不完全な欠陥品である。しかし、精霊術師の本分は精霊の力を借りて発動させる低燃費高火力の精霊術だ。もし、戦闘となったときの脅威度としては精霊術師の方が数段上だ。
にも関わらず、現代において精霊術師の地位が低いのには理由がある。
それはもうここまでくれば詳しく語らずともわかるだろう。
そう、精霊が少ないのだ。
いや、正確に言えば強力な精霊が、か。
古代から現代において、精霊は大きく3つの階級に分けられている。まず、朧げな姿と少ないエネルギーしか持たない下級精霊。次に小さな動物や小人といった存在がはっきりとしてきた中級精霊。そして、完全な人形または虎などの大型獣のかたちをした上級精霊。
この中で、現代で見られる精霊は殆どが下級精霊だ。
精霊というのは基本的に自然界に存在する。
しかし、発展した現代では自然というのは少なくなっている。そのせいで聖力を蓄えている強力な精霊達は自然の色濃く残る場所に引き篭もり、または精霊達の上位存在神霊と呼ばれる存在などに寄り添う様になり、聖力を蓄えられていない微弱な精霊達しか姿が見えなくなっているのだ。
だが、微弱な精霊達も数の少ない精霊術師から聖力を得ることが出来ず、消滅してしまっている。
その結果が現代の精霊術師の不遇なのだ。
つまり纏めれば、精霊術師は精霊さえ居れば強力だが精霊の少ない現代では大した強さが無く地位が低いということである。
しかし、逆にだ。精霊術師の特権にして奥義とも言える精霊との契約をしてしまえば精霊術師というのは強大な戦力となるのだ。
そのためにはまあ、ある程度の……中級精霊位の力を持つ精霊と精霊との契約について教える師匠が必要なのだが現代おいてはその二つが絶望的に不足している。
しかし、精霊の集まる場所に行けば何某か契約を持ちかけてくるはずだ。
まあ、とりあえず迅が機関を無能だと罵ったのは精霊術師について大した知識を持っておらず適切な教育を施していないにも関わらず欠陥品扱いしているからだ。
このままであれば、千夜はまともな地位を得られないのは目に見えていた。
勇者の就職先というのは基本的には対妖魔機関だ。国連直下の組織だがある種の治外法権のようなものを持つ妖魔に対する機関。その各国支部又は本部に就職するのが一般的だ。
他には、各国軍、民間の警備会社、民間軍事会社、そして妖魔の素材を扱って聖具と呼ばれる一種の魔導具を開発するような会社にも就職することがある。
勇者というのはその数は少ない。
日本で言えば朝比奈学園一学年が約450人。三学年で1350人。
そのため、色々な企業が勇者を獲得しようとする。特に、軍や警察、警備会社に民間軍事会社などは勇者が居るというだけでその力が上がり信用度が増すということで躍起になる。勿論、勇者の獲得に積極的なのは企業だけではなく対妖魔機関も同じだ。勇者とは妖魔に対抗できる唯一の存在。それをやすやすと手放すような真似は機関ひいては国連がするわけがない。
そんなわけなのだが、一口に勇者と言っても優劣というのは存在している。そうなると優秀な人材が欲しいのはどこも同じだ。しかし、千夜に関して言えば戦闘適性が低く、かといってクラスが生産職では無いために聖具製造を行う会社に就職するのも厳しい。そうなると、機関に就職するのが安定なのだが、今度はランクのせいで給与が少ない。地位も無い。という状況になってしまうのだ。
勿論、民間の……例えばファミリーレストランを経営する会社などにも就職できるだろうがわざわざそちらに就職するメリットも少ない。機関に入ればランクのせいで基本給は少ないだろうが(といっても普通の高卒よりは高い)、そのほかに追加で報酬が発生する。それを考えればやはり機関に入るというのが一番良いのだろう。
「魔力は並より少し上、さっきのを見る限り精霊との親和率は上の下といったところか。……しっかりした指導がされてればランクはD、さっきの奴らと契約できれば数にもよるがCの上位あたり、上位精霊と契約できればBランク中位が妥当か」
聖力が並より少し上程度だと普通の魔術師ならランクDが妥当なところだ。しかし、精霊との契約によっては一気にランクが上がるのが精霊術師の強さの証明だ。
まあ、千夜の場合は精霊との親和率、簡単に言えばどれだけ仲良くなりやすいかというものだがそれが普通よりも高いというのも関係している。聖力は少ないが精霊術師としての才能は高い方だろう。聖力に関しても上げようと思えば上げることも可能であることを踏まえれば、彼女の現状は不遇というのが正直な感想だった。
「まあ、だからといって何をするでもないけどな」
迅が水無月千夜について調べたのはこの世代の人間には珍しく精霊と良い関係を築いていたから少し気になった。ただそれだけだ。
もし、彼女がイジメを受けていたとしても迅は動く気はさらさら無かった。たかが一回会っただけの彼女のためにそこまで動こうなどとは思わないし、思えない。まして、助けを求められたわけでもないし、イジメを受けているという確証もないのだから特にだ。
「時間か……」
パソコンからカードを抜き、電源を落とし迅は立ち上がり、資料室を後にした。
◇◆◇◆◇
『それでは、計測を始めます。計測器を握って聖力を出力してください』
真っ白い部屋の上部に備え付けられたスピーカーから聞こえた指示に従って迅は計測器を握った。
午後の授業、それを迅は免除され学園の敷地内の研究所に来ていた。
その理由は迅の細かなデータを取るためである。
聖力の総量、聖力の濃度(数値が高い程聖力を使用した場合の効果が上がる)、得意な属性、聖装の詳細などなど、勇者ならばすでに取られているデータを迅は未だ取られていなかった。
なぜか。それは迅が今ここに至るまで、あのクリスマスから4月に朝比奈市に入るまで東雲本家に居たため、それと迅の処遇が決まっていなかったためである。
そして、現在。迅の処遇があらかた決まり、対妖魔機関日本支部のお偉方が集まれる日程である本日に迅のデータが取られることになったのだ。
「計測開始……聖力1000,2000,3000,5000,6000,7000……10000を突破」
「どうやらそこそこの聖力量はあるようね」
読み上げられる数値を聞きながら50歳ほどの女性……日本支部副支部長光永 燈が隣に立つ学園理事長天城奏に言った。
この聖力を計測する機械は握った人間の聖力を1/10の量吸い上げるというものだ。つまり、数値が1000であるなら聖力総量は10000といった具合になる。
ちなみに天城の聖力総量は965000だったりする。
「13000,14000……吸収量上昇、20000,30000,40000,50000」
「ふむ、測定器側が吸収量を上げたか」
「それだけ総量が多いということだろう」
「さらに吸収量上昇100000,200000,300000,400000……っまた上昇、現在700000を超えました!」
「な!?事実か!?」
「はい!尚も吸収量上昇中です……いや、待ってください、モニターを」
促され、部屋にいた全員がモニターを見る。
そこに映されているのは部屋で計測器を握る迅……なのだが、どうも様子がおかしい。
「なんだ、あれは……?」
「聖力だな。恐らく吸収が間に合ってないんだろう。イギリスの【大魔導師】なんかも戦闘時に聖力が漏れ出してああなっていた」
思わず呟いた光永に天城が答える。
迅がイギリスの大魔導師……聖力総量1000万を超えると言われる機関始まって以来の規格外の化物と同じと言われた光永が思わずといった感じで天城を見る。
「見逃さんほうがいいぞ、燈」
モニターから目線を離さないまま天城は言った。
モニターの中では、迅から漏れ出した赤黒いような深紅とそれに隠れるようにして白金に煌く聖力が踊っていた。
「吸収量…………500万を超えました……。これ以上の測定は不可能です。測定限界まであと25万。この吸収率なら恐らくもう……」
『エラー発生、エラー発生。許容量を大幅に超えました。強制終了します』
けたたましく警告音が鳴り、エラーメッセージが発せられる。
『測定結果。聖力総量……測定不能。聖力濃度……測定不能。親和属性……全属性SS判定』
そのすぐ後、測定結果が人の様子を映すのとは別のモニターに出され、合成音声がその結果を読み上げる。
聖力総量は上限値を超えたため測定不能、同時に測定されていた聖力の濃度も測定不能、親和属性……勇者の持つなにかしらの属性(例えばエレオノーラなら雷属性との親和率が高いため雷属性の戦技が扱いやすい)も確認されている中の全ての属性で最高クラス。
「おい、奏。なんだこれは。お前はこうなることを知っていたのか?」
ザワザワと騒がしい中で光永はこの異常事態に随分と落ち着いている旧友に問い掛けた。
「いや。流石にここまでとは思ってなかったよ。……次に移ってくれ」
天城は簡潔にそう答えると指示を出した。
『それでは聖装を展開してください』
別の部屋に移った迅に出された指示はそんなものだった。
聖装を展開。
もし迅が普通の勇者なら特に気にすることなく展開をしただろう。
しかし、迅は普通ではない。
(どれを展開しろと?)
迅は今まで聖装として3つのものを出してきた。
一つは刀型聖装【幽禍】。
一つは長剣型聖装【ちょっと強い聖銀の剣】。
そして、魔導書型聖装【魔導原典】
普通なら3つ聖装があるだけでとても珍しいのだが、迅に至っては聖装というカテゴリーに入るものはこれだけではない。数を数えれば数千は下らないであろう聖装を迅は所有している。それこそ、どこぞの英雄王の如くだ。
だが、それを全て展開するわけには行かないだろう。
そんなことをすればこの部屋の大半が埋まってしまう。
そして結論として迅が展開したのは、それらの中でも特に優秀な、
外套型聖装【鬼哭啾々】
身体の各所を覆う鎧型聖装【闇月の聖鎧】
靴型聖装【朧夜】
耳飾り型聖装【月姫】
刀型聖装【幽禍】
の5つだった。
「もう驚かん……驚かんといったら驚かん」
モニターを見ながら光永は自分に言い聞かせるように呟いた。
聖装が5つ。
一対で一つというような聖装はあるし、中には二つの聖装を持つものも居る。だが、独立した聖装が5つなんていうのは前代未聞だ。
しかも、
「ランク判定不能。詳細解析不能。分かるのは銘だけで、後の細かいのに関しては本人がこれからということか」
聖装の判定というのは、内包する聖力の量や能力によって行われる。
その判定を行うのがここにある聖装分析機通称【AA】なんていうダサい名前の機械だ。
このAAを使えば、その聖装の銘、召喚時の祝詞(あの長ったらしく厨ニ臭いやつ)、属性などなどがわかるのだが、残念ながら迅の聖装は分析ができないらしい。
「まあ取り敢えず機関として重要なデータは採り終えただろう。このあと奴と話したいというのなら場は設けるつもりだぞ」
「いや、大丈夫だ。それと総本部から来ていた諸々の件についてだが、あれについては見送ろうと思うがどうだ?」
「正当だろう。総本部には『勇者の質は遺伝によって絶対に受け継がれるとは限らない。また、当人は観察下にある学生であり、我が国の重要人物であるため要求に従うのは難しい』とでも言っておけばいいだろう」
「簡単に言うが、それを言うのは私だぞ?」
「支部長になんてなるほうが悪い。ケーキ屋さんでもやっていればよかったものを」
「その話はやめてくれ。大体何年前の話だと思ってるんだ」
「52歳で小1だから……46年前」
見た目こそ一方はなぜか幼女、もう一方は少し若く見えるが貫禄のある女傑のようだが、2人は幼馴染の同期だ。
勇者というのは総じて長命であり、老化も緩やかだが流石に天城は異常であり、2人を見て同い年だと思うものは居まい。良くて親子、普通なら祖母と孫娘だ。
そんなアンバランスな2人だが共にSランクの勇者であり、機関の要職に就くエリートだ。それだけに機関の国連総本部からの要請を受ける事も多く、その中には東雲迅というイレギュラーに関することも多かった。
その一つが、男性勇者と女性勇者による交配。要するに迅にセックスさせて子供を作らせろというものだったのだが、普通なら倫理的にアウトだ。だが、機関の発言力というのは高く世界を救うという名目の下無理を押し通すことなど造作もなく、この程度なら倫理云々なんていうのは関係無かった。
しかしながら、迅というのは日本に於いての皇家を除けば最高位に位置する東雲家の継嗣であり、そう簡単に子供を作れるものでは無い。しかも迅の遺伝子を引いたからといって、生まれた子供が勇者であるという確証もなく、また男性勇者が生まれるという確証も無いのだ。
もし、仮に迅に子供を造らせたとして勇者の素質がなければ東雲家には子供だけが増えることになってしまう。それは後に後継争いなど東雲家に不利益となる場合もあるだろう。そうなった場合、東雲家がその原因を作った機関に協力するかと問われれば首を傾げざるを得ない。
今現在、対妖魔機関日本支部は、東雲家からかなりの援助を受けておりその援助を切られれば余裕のある運営を行うのは難しくなる。それに、機関発足までの間、日本に現れる妖魔に対処してきたのは主に東雲家であり、他の異能力者の家系を纏めていたのも東雲家なのだ。仮に機関から東雲家が離れるとなればその異能力者の家系すらも離れる可能性があった。
それを踏まえれば機関からの要請というのはなんとしてでも断るべきだったのだが、それを納得させるだけの理由が無かった。
それゆえに最悪の場合は東雲家に頭を下げるしか無いと思っていたのだが、今日の結果を見てそれは変わった。
戦力としては特級クラスしかし、はっきり言って異常な今回の結果は光永の考えを変えさせるには十分だった。
同時に、この結果を総本部に上げるのも躊躇してしまう。これを上げようものなら即座に各国間で奪い合いが始まるだろう。さらに、英国の【大魔導師】、【騎士王】あたりも迅を得ようと色々と画策するだろうと予想する。光永的には各国間の奪い合いよりも【大魔導師】達のほうが面倒だと思っている。
それらを踏まえるならそれらしいことを言ってお茶を濁すのが最適解だと結論を出したのは逃げだろうか。
いや、東雲という家の影響を考え、迅の伝え聞く性格を考えるのならこれが最適だと光永は自分に言い聞かせた。