第13話
「またか」
というのが決闘をすると聞いた時の速水の第一声だった。
2日連続での決闘などそうそうないどころか、私的な決闘すら殆ど無いのだ。そう漏らしてしまうのも無理はないことだろう。
そして、前日と同じく今ここ第三訓練場には多くの生徒達が集まっていた。
◇◆◇◆◇
「『清らかなる精霊達の園 奏でられる優雅なる旋律 精霊の遊宴 【精霊の庭園】」
縦ロール……シャルロットが聖装を喚び出す。
光とともに顕れたのは大きな宝石が埋め込まれた美しい一本の杖。シャルロットの周りを小さな光が飛び回り幻想的な風景を映し出していた。
「毎回思うけどいるのか、それ?……まあ、郷に入ってはってやつだよな『壊せ 殺せ 滅ぼし給え 混沌を呼ぶ破滅の調べ 怨嗟の声は響き 死を歌う 禁忌を犯せ【魔導原典】』」
一方、迅が呼び出したのは鎖で縛り付けられ大きな南京錠が掛けられた黒革の本と黄金の鍵。
迅はその黄金の鍵を手にとり、本の錠を解放した。
大きな音をたてて錠が外れ、鎖が宙に舞う。
「それじゃあ……始めようか」
さて。そんなわけで今度は魔術対決が始まったわけなのだが、迅は前回以上に手加減をしていた。
ただいま現在進行形でシャルロットが棒立ちで長々と詠唱しているがそこに攻撃をすることはしていない。
なにより、迅はわざわざ持っているだけで使うことの少ない魔導書を引っ張り出してきていた。その魔導書というものについてだが、迅の知る限り種類はいくつかあるのだが、詳細についてはおいておき今回迅の引っ張り出してきたそれは魔術……魔法まあどちらでもいいがそう呼ばれるものを発動するのを補助するためのものだ。
魔法という超常の力を発動するにはいくつかのプロセスが必要になるのだが、その一つである魔力の収縮と放出といったものを補助するのが杖や魔導書といった魔術具の用途だ。勿論、それ以外にもいくつか効果はあるし、なにより形も杖や魔導書といったいかにも魔術師といったもの以外にも存在する。
そんな魔術具なのだが、迅の持つ中で一番上のものは愛刀であるところの【幽禍】である。【幽禍】……以前に迅が使った時は鍔が無かったが今はついているそれは刀、物理的な攻撃を与える武器としても魔法攻撃の補助をする魔術具としても異常なまでに上の位階に存在している。それは魔法剣士を自称する迅にとって最も扱いやすい武器と言っても過言では無かった。
「『ーーーーーーーーー《水精霊の刃》』」
凡そ20秒。
それだけの時間が経ち放たれたのは魔術師達の戦技である魔術を記録する機関の部署である魔導書庫に、第3位階魔術として登録されている水属性の魔術だ。
魔術師の固有戦技である特位魔術を除けば全部で10の位階で魔術は大きく分けられ、そこから属性や効果によって小さく分類される。
シャルロットが使ったこの《水精霊の刃》はその名の通り水を刃とするものだ。この他に第1位階魔術に《水刃》という魔術があるのだが、《水精霊の刃》はこの魔術を強化したものと思えばいいだろう。
この《水精霊の刃》の特徴は高濃度の聖力を帯びた水を生成することで切断力を上げていること。仮に切断できずとも高圧力の水で敵を吹き飛ばせること。そしてなにより、聖力の消費が少なめであることだ。
第3位階という初級に分類される魔術ではあるが、術者によってはその威力は容易に中級魔術レベルまで至るだろう。
また、初級とは言っても中級一歩手前だ。同学年で見れば教育が始まったばかりのこの時期に同じだけの練度で使用できる者は少ない。
「『《炎の怨鬼》』」
対して迅は黒炎を纏う巨人を模した魔術を放った。
その魔術によって造られた巨人はその巨大な体躯と炎熱をもって迅を害さんと迫る水の刃を蒸発させた。
炎・闇属性複合魔術《炎の怨鬼》。
超高温の炎で巨人を形作り広範囲を殲滅する魔術だ。もし、その拳をぶつけられれば人間は一瞬にして灰となるだろう。
果たしてその位階は……と言いたいところだが、この魔術は魔導書庫には存在していないため位階についてはわからない。
ただし、これを見たこの学園の理事長はこの魔術の位階を
「第6位階ほどか……」
と評した。
しかし、その予想は間違いであると断言できよう。
なぜか。それは迅が意図的にこの魔術を本来の力より大分抑えて使っているから、そしてこの魔術が複数の属性を融合させた魔術であるからである。
勇者達は魔術を基本的には同時に1種類しか使用しない。
それはその難易度が高いというのが一番の理由だろう。
魔術展開を行うには魔術詠唱が必要なのだが、大多数の勇者は魔術の発動を遅らせ再び詠唱を行うことで擬似的な多重展開を行うことはできても同時に複数の魔術詠唱を行う多重詠唱はできない。
それができるのは有名所では英国の【大魔導師】くらいなものだろう。
そして、複合魔術の使用に不可欠なのはこの多重詠唱ができ、膨大な量の魔術演算を行えるだけの能力を持つことである。
「さあ……どうする?」
巨人の後ろで迅はシャルロットに問い掛けた。
その言葉には降参しろという意図が含まれている。
《炎の怨鬼》という魔術はなにも炎の巨人を暴れさせ周囲を焼くだけのものではない。それだけなら炎属性単体での《炎魔》という魔術で事足りる。
《炎の怨鬼》という魔術の真骨頂は時間が経つとともに周囲に瘴気を撒き散らすという点にある。その瘴気は周囲の魔力を持つ生物を犯し蝕み……大した時間を掛けることなく死へ追いやる。
一応、死なない程度に加減はしてあるがそれでも体調不良が1週間は続くことだろう。
「その程度で……どうこうできると思わないことですわ」
「『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』」
「おーおー、これまた長い詠唱で」
大仰な詠唱を始めたシャルロットを見ながら迅は呆れたように呟く。
怨鬼に適当に操作して、お手玉をさせるくらいに余裕だ。
それに対してシャルロットは額に汗を浮かべながら必死に詠唱を行っている。
「『全てを飲み込め────《渦巻く大海の悪魔》!!!』」
結局、詠唱が終わったのはかれこれ5分が経った頃だった。
それだけ時間が経っていると流石に観衆も本人の必死さとは裏腹に飽きてきているし、迅の操る怨鬼のパフォーマンス──今ちょうどムーンサルトを決めたところだ──を楽しんでいた。
「あ、やっと終わった?」
それ故に、迅がそう言ってしまったのは仕方のないことだろう。
こんな大層な名前が付けられているが実際には大したことのない魔術にこれだけ時間を掛けていたのだから。
大きな魔法陣から牙を剥いて迅に襲いかかる水の怪物は確かに怖ろしげだし、高い攻撃力を持っていることが予想できる。
事実、この魔術は第六位階に位置付けられている。
しかし、だ。
「第三位階『《蛟》(みずち)』いや……第六位階『《渦巻く大海の悪魔》』」
その魔術は迅からしたら見知ったものであるし、なによりそれは……迅の知る中では第六位階などではなく、第三位階として位置付けられているものだった。
だが、ここでは違うのだということを迅は思い出し、言い直しながら、全く同じ魔術を構築する。
水の怪物と水の怪物。
同じ魔術で生み出されたとしても、術者によっていとも簡単にその均衡は崩れるのは誰もが知ることだ。
「食い散らかせ、蛟よ」
迅の呟きと共に放たれた水の怪物はシャルロットの生み出した怪物の何倍もの体躯を持ち、その顎門にシャルロットの怪物を飲みこんだ。
へたり込むシャルロットの周りに幾百の魔法陣が展開される。
そんなことをする人間はこの場には1人だけだ。
「終わりだな」
「終了!勝者、東雲迅!」
審判を務めていた速水の声と共に歓声が起こる。
その歓声を背に迅は第三訓練場を後にした。