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第10話

流石に雷の速度では無いんだな。


迅は加速された意識の中で呟いた。

目の前に迫っている螺旋状の雷を見ても迅は恐怖など微塵も感じなかった。


そして、その手に持った基本的に使い捨ての──正確にはまともに使えば壊れる──剣を軽く振った。


本来、実体を持たないはずの雷と剣が触れ、拮抗することなどなく雷……〘雷解きの螺旋撃〙が消し飛ばされた。


辺りには、土煙が漂っていた。











「やり過ぎだ!ヴァンヘイム!」


審判を務めていた速水の咎める声が響いた。

訓練場は土煙に覆われ、〘雷解きの螺旋撃〙の通った場所は雷であって雷でないというような特殊さを持った一撃故か、地面は捲れ上がり、湯気が上がっていた。


土煙が晴れない中、観客や教員たちはザワザワと騒がしさを増し、迅を心配する声が上がり始めていた。それと、同時にエレオノーラを責める声も。

そんな中であっても学園長である天城、そして舞弥と礼音は特に迅の身を心配していなかった。


「それで終わりか?」


晴れ始めた土煙の中の人影がそう声を発した。

着衣に乱れも、体に傷もまったく無い状態で迅はエレオノーラを見た。


「どうやらその様だし、面白いもんを見せてやるよ」


「確か、お前は珍しく聖力を可視化できるんだったな。

んで、お前は俺の聖力量が少ないとおもってるわけだ」


淡々と。

迅はエレオノーラを見たまま話す。


「それは間違いだ、お姫様」


突風が吹いた。

それは迅がその身に宿す魔力を開放したがために。


空間が歪んだような錯覚を覚える。

魔力の量が多過ぎるがために。


「俺は魔力──お前ら風に言えば聖力が少ないんじゃない。多すぎるから抑えてるんだ。感情で目を曇らせるなよ、お姫様」


「それと……プレゼントだ。〘霹靂〙」


迅がエレオノーラへ向けた剣の切っ先から〘雷解きの螺旋撃〙と同じ……いや、それ以上の力を持った螺旋の一撃が放たれた。

それはエレオノーラの顔のすぐ横を通り抜け、訓練場の壁を破壊する。


「次は当てるぞ?」


迅のその声だけが、この空間を支配していた。










◇◆◇◆◇


『三十分後に校門前』


一方的にも程があるメッセージが無料通話アプリを通じて送られてきたのは凡そ15分前のことだ。さらに、それに対する返信やその他のメッセージに関しては悉く未読無視という状況。

そんな状況で篠宮絢瀬は学校の図書室でインテリジェンスフォン──一昔前のスマートフォンよりも高性能になった通信端末のことで専らインフォと略される──の画面を見てため息を吐いた。


そもそも、本来ならばこの時間は家でゆっくりしていたはずなのだ。なのに、ストーカーなどという傍迷惑な存在のせいでこんなことになっている。確かに、迅に頼らなければこのストーカーに怯えながら家に居たことだろう(そうであってもゆっくりするが)。しかし、さすがに危機感を覚えてこっちに居ると聞いた迅に頼ってみれば過剰なのではないかと思えるほどの対応だ。


「あ~やせ~!」


そんな声が聞こえ顔を上げるとこの学校では珍しい自分の友人であるところの矢嶋英菜はながたわわに実った胸を揺らしながら(その様子を見て自分の胸に目を向け絢瀬は自分は標準サイズだと言い聞かせる)走り寄って……


「ふぎゃっ」


転び、乙女らしからぬ声をあげる。


「えぇ……」


そんな声が思わず出てしまったのも仕方ないだろう。

なにせ、段差どころかちょっとしたゴミさえ落ちてない場所で転んだのだから。

そんな絢瀬の声を気にすること無く(声だけではなく自分が転んだこともだが) 英菜はバン!と絢瀬の座っていた机を叩いた。


「絢瀬!イケメンが……校門にイケメンが!」

「はぁ?」

「だからイケメン!田山くんなんて目じゃないイケメンが!」


田山くん……というのは学校一のイケメン(絢瀬的にはそれ以上を見慣れているのでよくわからなかった)と言われている田山涼介のことだ。曰くどこかのアイドル事務所にスカウトされただの曰く模試で上位だの曰く朝比奈市で権力を持つ家柄だの……色々言われている男だ。


「それでそのイケメンがどうしたの?」


英菜の熱気に若干ウンザリしながら絢瀬は聞き返した。ここで適当にあしらえばへそを曲げてなにか奢らされるのは目に見えていた。


「イケメンが!バイクで校門に乗り付けて来たの!」


絢瀬はそれを聞いて目を瞬かせた。

同時に嫌な予感がした。


「あの人どこの学校なんだろ?あんな制服見た事ないよ。でもでもバイクってことは歳上?」

「その人どんな制服着てたの?」

「んーと……あの朝比奈学園の制服に似てたかな。胸の辺りに機関の比翼剣付いてたし……ちょっ、絢瀬!?」


かんっぜんに先輩じゃないですか!

なんて脳内で叫びながら絢瀬は荷物をまとめて走り出した。


まずい、本当にまずい。

これだけ騒ぎになってるってことはほぼ確実にあのグループが絡みに行ってるはず。もしかしたらあの男子達のほうも。


そんな事を考えながら靴を履き換え、校舎を出て門に出来た人だかりの方へ向かう。

その人だかりの中心に居たのは予想通りの人物、そしてはっきり言って関わりたくないグループだった。




「いい加減面倒なんだが」

「そんな事言わないで、名前教えてよぉ」

「ゎたしたち、ぉ兄さんみたぃのタイプだしぃ」

「マジそれー」


バイクを止め、校門に寄りかかっている迅を取り囲むように3人の少女達が立ち、口々に迅に話しかけていた。

スカートの丈は短く、胸元も大きく開き、胸も異様に大きい。元もそこそこ大きいのだろうがパットを入れているのはほぼ確実だろう。

それに香水の匂いも漂ってくる。

確か、新進気鋭の……それも二年程前に突然登場しすぐに全世界のスターやセレブを虜にしたファッションブランドの物だなんて自慢していたな、と絢瀬は思い出す。それと、どこかの貴族がそのブランドのデザイナーにドレスやジュエリーのデザインを頼んだというのも。

確か、あの香水もその貴族のオーダーメイド品に限りなく寄せて作ったものという話だったか。


「どうでもいい。そろそろどこかへ行ってくれ。

目障りだし、なにより臭い。Nornノルンのラ・フロイスはそんなに着ける必要は無い。それにそれは元々伯爵家の令嬢向けに作られたもんだ。学校なんかにつけてくるものじゃない」


ああ、そうそう。フロイス伯爵家!ヴァンヘイム王国の!

なんて、絢瀬が思い出していると、不意に横からこんな声が聞こえた。


「すごい……ちょっと嗅いだだけでわかったんだ」


ファッション関係に興味があると言っていた英菜のその言葉に絢瀬はハッとする。

そういえば、どうしてわかったんだろうと。

よくよく考えれば、絢瀬がその香水を知っていたのは自慢を聞いていたからだし、英菜が知っていたのはブランド名と自慢を聞いて調べてその名前を知ったからだ。

だが、あそこに居る迅はそんなことを聞いていない。


「何事も塩梅が大切だ。香水だって着け過ぎれば不快だ。

わかったらく失せろ。俺だって用事があってここにいるんだ。下品な女と下らない話をするためじゃない」


よくぞ言った。と思った人間はどれだけ居ただろうか。

迅の言った香水を着けている少女──安達美佳は、女子の派閥としては二番目に大きなものを形成している。さらに関わっている男子のグループ──俗に言う不良グループとの関係も後押しして、生徒からは中々に面倒な人間だ。しかも、話題に上がっているNornの香水……価格にして凡そ12万円の物をいつも使用できるだけの資産を持つ家柄であり、その家から学校側に多額の寄付をしているとなれば学校側も多少の問題行動であっても目を瞑るしかない。

実際、中等部1年のころ、彼女の部活動の先輩が学校を辞めざるを得なくなったという話があったらしい。その裏には彼女が関わっていたとも。


そんな訳で彼女たちは言ってしまえば学校内でのアンタッチャブル。な訳で、嫌われようものならこの学校ではかなり不利である。

そして、ここで明かすとすれば……絢瀬も彼女が嫌う人間の1人であった。


「え~下品なんて、もしかして照れてんのー?」

「どういう思考回路をしていたらそんな結論に至るんだ?是非とも説明して頂きたいものだな。まあ、説明されたとしてもマトモに聴く気も興味も無いがな。もう一度言うが早く失せろ。目障りだ」


迅は心底ウンザリしているといった様子で美佳たちに告げる。


「そこまで言われるとちょっとむかつくっていうかぁ」

「ぉ兄さんでも許せなぃってぃうかあ」

「カズ君たち呼んじゃうよ?」


カズ君たち……というのは彼女たちと仲の良い不良グループのことだろう。もし、迅がこの学校の生徒で非力な存在だったらここで頭を下げただろう。

だが、そんなことは無い。


「誰だよ。そんな奴知らねぇよ。

ホントにメンドウだな。さっさと消えてくれ。それとも日本語が理解できないのか?確かに知能指数は低そうだが」


「は、はぁぁあああ!?

もーキレたしー!カズ君たち呼ぶから!アンタボコられんね!」

「勝手に絡んできてあしらわれたら逆ギレか……なにがそんなにカズ君とやらを呼ぶ衝動を与えるのか知らんが、お前らの友人と言うのなら同類というやつだろう。面倒だから呼ばないで貰えると助かるんだがな。ただ、日本語が通じないお前らだ。どうせ呼ぶんだろ?そのカズ君とやらが俺をどうにかできるような力を持ってるとは思えないがな」


「あーあ、さっさと篠宮来ねぇなかなぁ」


迅が鬱陶しそうに美佳たちに猫を追い払うように手を振りながら呟いた言葉に人だかりの視線が自然と1つの位置へと集まった。


「……絢瀬、あの人知り合い?」

「…………高北での先輩」


英菜の問いに絢瀬は目を逸らしながらそう答えた。


「居たならさっさと来い。帰るぞ」


そんな絢瀬を目敏く見つけた迅は少し不機嫌そうに言った。

恐らく、居たのに声を掛けてこなかったことと、横で電話でキーキー喚いている美佳が気にいらないのだろう。前者はともかく後者は特に。


「あ、あの状況で声掛けられるほど胆力無いんですが!」

「知らねーよ。それに、別に喧嘩してた訳でも無いんだし」

「そ、そうですけど!」

「あ、今日の夜は寿司なんで。異論は認めません」

「あ、わかりましたー。じゃなくてっ!」

「大丈夫。親父のオススメだから味は確かだ」

「わー、なら安心ですね!ってちがーう!」

「なんだよ……予約ならしてあるから安心だぞ?」

「それは良いんですよ!それより先輩来るの早すぎじゃないですか!?」

「別に速い分には良いだろ。それに「どけ!チョーシこいてんの居るって聞いてんだけどどいつだ!ああっ!?」……なにアイツ」


なんだか随分と気合の入った声が聞こえた方向を向き、歩いてきた人物を見た迅は思わずそう口にしてしまった。

中途半端に茶色に染められた髪、だらし無く前が開いたワイシャツとブレザーに、ジャラジャラと五月蝿いウォレットチェーンを垂らしガニ股で肩で風を切りながら歩いてくる怪人物……が5人。


「えっと……あの一番前の人が鶴梨和成……噂のカズ君です」

「え……アレが?あのナリヤンが?」

「はい」

「うそだろ?あんな雑魚まっしぐらみたいなやつが?」

「はい」

「銀○だったらハ○皇子みたいに厄介事しか起こさなそうなバカみたいなアイツが?」

「なに言ってるかわからないですけど、あの人がカズ君です」


「カズ君!アイツが──!」

「あ?アイツが?」


迅と絢瀬が確認を取り合っていると噂のカズ君が取り巻きと共に2人の方へ向かってきた。


「オイ、コラ。テメェ、随分としつこく美佳たちに言い寄ってたらしぃじゃねーかよ。ナメてんのか?あ?殺すぞ」

「チョーシこくなよ、ボケ」

「カズくんの女に手ぇ出すんじゃねーよ!」

「キャッ」


随分と微笑ましい態度でカズ君とその取り巻きは迅を取り囲む。

その時に、偉そうに歩いていたためか肩がぶつかり絢瀬がよろけた。


「あー、なんだ……その、えーと」

「なんだよ、ああ!?はっきり喋れよ、ガ○ジかテメェ!」

「なんだっけ名前……鶴……鶴……カズ……思い出した!

ツルカス君だ、ツルカス君!そうだよ、そうそう。ツルカス君。

まぁ、あれだ、ツルカス君。落ち着きなよ」


迅の発言を聞いた野次馬は皆等しくマズイと思わざるを得なかった。

カズ君改めツルカス君は態度こそ雑魚臭漂うが、元々は小学生の空手大会で優勝など輝かしい成績を持っている。腕っ節だけで言えば校内で敵うものは……1人を除いて居ないだろう。


「君と俺の間には大きな誤解があるようだ。

なにより、先に声を掛けてきたのはそっちの香水を着けすぎた女か「テメェナメてんのか!」……なんだ、この手は。離せよ。ボキャ貧」


ツルカス君が迅の胸ぐらに掴みかかった。

それを避けることは迅ならば容易かったはずだ。しかし、迅はそうしなかった。


「テメェ、聞いてればカスカスカスカス。チョーシこいてんじゃねぇぞコラ!ぶっ殺すぞ!」

「やってみろよ。その代わり此方も反撃はするぞ。死なない程度には」

「上等だコラァ!」


ツルカス君は右手で迅の顔面に殴りかかった。


が、その手は迅に止められる。


「その程度?」

「お前ら!見てねぇでやれ!」


あっさりと自分の拳を止め、それを軽く放した迅から距離を取って取り巻きに命令する。動きが止まっていた取り巻きたちも、その声を聞き、迅へ殴りかかった。


「はぁ……5対1か?滑稽だな、ツルカス君」

「死ねぇ!」


迅は真正面から殴りかかってきた取り巻き1の腕を取り、背負投の要領でぶん投げる。しかも、方向を調整して取り巻き2の方へ。


「オラァァ!」

「自分で言ったことだが……相手するの面倒だな」


ミドルキックしてきた取り巻き3は足を取り、ドラゴン・スクリュー。体がデカイだけの取り巻き3は受け身など取れずに倒れ込む。危険なので絶対にやらないでいただきたい。


取り巻き4は……木刀で殴りかかったところを懐に入り込み、鳩尾に一発。膝から崩れ落ち、迅の足元で転げまわっている。


「取り巻き君たちはこんな状況だけど……まだやるか?」

「当たり前だ、コラ!」


ツルカス君は懐から折りたたみ式のナイフを取り出した。


「土下座しても許さねぇからな」

「ふ~ん、ナイフ出しちゃったか。ま、これで子供の喧嘩から殺人未遂事件に発展しちゃうわけだ」

「ゴチャゴチャうるせーんだよ!」


ツルカス君は走り出すと迅の脇腹にナイフを突き刺した。

そう……刺さったのだ。迅の……体に。


「き、きゃああああ!!」


そんな声を上げたのは誰だったか。

ただ、似た声が多数上がったのは確かだった。


赤いシミが迅のワイシャツに広がり、地面に血がポタポタと落ちる。


「へ、へへへ。チョーシ乗るからこうなんだよ!」


ツルカス君の満足そうな声が響いた。


「満足したか?」

「へ?」

「まあ、どうでもいいか。

これで心置きなく……「ブベラッ!?」」


迅の右ストレートがツルカス君の顔面を撃ち抜く。

錐揉みしながらツルカス君は吹き飛び、3mほどさきに落ちた。



「何事ですか!?」


そして、そんな声が響いたわけである。



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