第9話
「掛かってきなよ、お姫様」
開始とともに迅はエレオノーラにそう言った。
完全にエレオノーラを下に見た挑発は、静かながらも確かに訓練場に響いた。
「馬鹿にしてるの?そんな聖装しか持たない、それも男が」
「馬鹿に?いいや、そんな事はない。むしろ、馬鹿にしてたらこんな物使わないさ。中学生が修学旅行先で買うような木刀で相手にしてるよ」
「なら、なんでそんなに上から物を言うのかしら?この場での上位者はどう考えても私よ」
「本当にそうか?まあ、いい。そんなに言うなら俺から攻撃してやるよ。まあ、かるーくやるから反撃しなよ」
その言葉と同時に迅の姿が掻き消えた。
「帝国魔闘術弐式【鈍電剣】」
背後から聞こえたその声に瞬時に反応し、エレオノーラは剣を後ろに振り抜いた。
「お、良い反応。もしかして、雷でも使って身体能力上げてたりするのかな?」
キィンという澄んだ金属音と共に迅の褒め言葉がエレオノーラの耳に届いた。完全に不意を突いた攻撃を受けられ驚いている様子が無いことにエレオノーラはおかしな感覚を覚えるが、すぐにその場から離れる。
「ほら、俺は攻撃したんだからお姫様も攻撃してこいよ」
「後悔しても遅いわよ!」
雷鳴が轟いた。
迅の視界にはエレオノーラが剣を振りかぶりながら自分に向かってくるのが見えていた。
「ねえ、礼音」
「なに?舞弥」
「東雲くんはなんで聖装を使わないのかな?」
眼下で繰り広げられている激しい戦闘を見ながら舞弥は、隣に居る幼馴染に疑問を話した。
舞弥はあの時、迅の使っていた聖装を見ている。妖しい美しさを持ったあの刀を。確かに、あれを見た時はどちらかと言えば魔剣や妖刀の様な危険さを感じた。だが、聖装であるのなら別にそうであったとしても隠したりする必要は無いはずだ。
だからこそ、迅が【ちょっと強い聖銀の剣】を使っていることが疑問だった。
「強すぎるからだと思う」
「強すぎる?それはあの刀が?」
「それもあるだろうけど、東雲があの刀を使うと強すぎるのよ」
「あのお姫様よりも?」
「ええ。実はあの事件のあと、道場で打ち合ったの」
「打ち合った?」
「そう。勇者相手の身体強化のみ可能な純粋な剣技のみでの戦い。結果は、祖父を含めた一門全員手も足も出ずに負けたわ。それも、東雲は身体強化することも無く」
礼音のその言葉に舞弥はかなりの驚きを覚える。
礼音の実家の道場は薬丸自顕流を元とする剣術【不知火慈厳流】を扱っている。その道場の師範──つまり、礼音の祖父だが──は多くのメディアに露出し、海外でも日本の侍などと呼ばれる剣術の達人だ。さらに、勇者の中でも長刀系の聖装を持つ者はこぞってその剣術を学ぼうとその門を叩く。
そんな人間しか居ない──勇者は聖装と同じ種の武器の扱いが上手くなる──不知火慈厳流の一門が全員完敗。それも、身体強化した勇者を相手に身体強化無しでだ。
「それに、その中にはAランクの【刀姫】も居たのよ」
礼音の付け足した人物の名前に、舞弥は再び驚きを覚える。
Aランク【刀姫】というのは、有名な勇者の1人だ。
機関の収入源の1つである勇者による一種の格闘技であるバトルリーグ。その日本Aリーグの6位。世界Aリーグ8位。
世界でもその名を知られる程の人物である彼女が手も足も出なかったというのは余程のことだ。
彼女が手も足も出なかった相手など、それこそ世界リーグでのエキシビションで戦った大英王国のSSランク【騎士王】くらいしか居ない。
つまり、それが意味するのは……
「東雲くんは【騎士王】レベルの剣士ってこと?」
舞弥は嘗ての試合を思い出し、そう口にした。
「どうだろう?少なくとも剣技で言えば世界でもトップクラスかもしれないけど……」
「けど?」
「私達は東雲の剣は1つしか見れてないから詳しくはわからない」
「剣を1つ?」
「示現流の奥義とも言える【雲耀の太刀】。全員、それで負けたの。それ以外の技なんて1つも見れずに」
雲耀の太刀。
脈拍の8000分の1という速度で放たれる示現流の技で、この雲耀というのは示現流における速さの単位の中で最も速いものだ。
『二の太刀要らず』なんて言葉が有名な示現流を体現したような先の先を取る高速の剣。
礼音はその視線を訓練場の中心に戻した。
「ハァアアアアッ!!」
「遅い遅い」
大上段からの振り下ろし。
大剣という大質量をほこるであろう得物を使っているとは思えない機動でエレオノーラは迅を攻め立てていた。
「逃げてばかりじゃないで、打ち合ったらどうなの!」
「大剣とまともに打ち合う馬鹿がどこにいんだよ。ほれ」
「クっ」
隙を突いた迅の剣撃に辛うじて反応し、エレオノーラは再び距離を取る。
またこれだ。
エレオノーラは心の中で吐き捨てる。
押してると思ったらすぐに距離を取られる。とにかく攻め辛い。
それになにより。
「(あの剣の間合いの外から……)」
エレオノーラの大剣と迅の剣では間合いが圧倒的に違う。
それはその刃渡りを見れば誰でもわかる。そんなことはもちろんエレオノーラもわかっている。だから、エレオノーラは自分の間合いで戦っている。それはつまり、迅の間合いでは無い(大剣より迅の長剣のほうがリーチは短い)ということなのだが……
「(なんであんなに剣が届くの?)」
先程からずっと喰らえば確実に戦闘ができなくなるような攻撃が届きそうになっていた。
「ほらほら。本気出しなよ」
エレオノーラのそんな驚きは知らんとばかりに迅は挑発をする。
本気……というのは、どういうことか。
「1つくらい【固有戦技】持ってんだろ?」
固有戦技──簡単に言えば必殺技のようなものだ。ウルトラ○ンで言えばスペシウム光線、ワ○ピースで言えばゴムゴムの銃など。最初から漠然と使い方が分かるものや自分で作るものもあるこれは、強力な攻撃手段となる。
また、これの他に【汎用戦技】と呼ばれるある程度体系化された誰でも使えるものもあるが、それは今回は置いておこう。
余談ではあるが、固有戦技というのは機関のデータベースに勇者の情報として記載される。
「撃ってこいよ」
迅はクイクイと左手をエレオノーラに向け、指を曲げさらなる挑発をした。
「それとも……ヴァンヘイムの天才はこの程度ということか?」
「……いいわ。見せて上げる」
迅の言葉に、エレオノーラはバチリと周囲に稲妻を奔らせながら答えた。
その答えを聞き、迅は……笑っていた。
エレオノーラ・フレヤ・ヴァン・クリスティーナ・ヴァンへイムの聖装である【竜殺しの雷剣】は、ケルト神話における太陽と天上の神──雷の神であるタラニスの名を冠する通り、雷系統の強大な力を持っている。さらにリジルの名は北欧神話の上でシグルズがファフニールの心臓を抉りだした剣の名だ。
絶対というわけでは無いが、聖装というのは神話や伝説、伝承に於ける武具などの名を冠しているとどれもそれに準じた能力を持ち、他の物よりも強力である。
それを考えると、エレオノーラの【竜殺しの雷剣】は聖装の中でも高位に存在するというのは誰でもわかることだろうし、そんな聖装を持つ人間を優遇するのは当然なのだろう。
事実、エレオノーラは王族としても、有望な勇者としても周りから持て囃されて生きてきた。だが、王族というのを抜きにすればそんな人間は別に少ないわけではない(多いわけでもないが)。そして、そんな扱いを受けた子供がどのように成長するかなど簡単にわかるだろう。簡潔に言えば調子に乗るだろうか。
自分はすごい人間だ。という慢心の上に胡座をかいて才能のみで戦い、壁に当たりドロップアウトする。
しかし、エレオノーラはその状況にあっても努力というものを忘れず自らを磨いた。
だが、その心の中にどこか人を見下すような感情は無かったのだろうか?答えを言おう、それはあった。
エレオノーラは気付いてはいなかっただろうが、自分は努力をして高みに至っているという自尊心の影にその感情を抱いていた。
だからだろう。
迅が……正確には男が自分でも至れていない高みに居ると聞いた時に不快感を抱いたのは。
エレオノーラは男が嫌いというわけではない。
だが、それは一人間としてであり勇者としてではない。
エレオノーラは昔考えたことがある。男は何故戦わないのだろうかと。答えはすぐに出た。戦う力が無いからだと。
だから、勇者としてエレオノーラは戦わない──戦えない男をどこか冷めた目で見ていた。
それなのに。突然現れたその男は今まで何もできなかった男なのに、自分のように努力すること無くSランクという高みに居た。確かにこのランクというのは言ってしまえばただの言葉だ。しかし、それは人の努力を認めるようなものだとエレオノーラは思っていたのだ。だから、エレオノーラは大した努力もせずそこに居る男が……迅が許せなかった。自分の努力を馬鹿にするように上に居る迅が。戦えない……いや、自分より下だったはずの男が上に居ることが。
さて。
ここで話は聖装のことへ戻そう。
エレオノーラの聖装が強力であることはわかっただろう。
なら、迅の【ちょっと強い聖銀の剣】はどうなのだろうか。
その答えは……
「轟き穿て!〘雷解きの螺旋撃〙!!」
雷光が【竜殺しの雷剣】へ集まる。雷鳴が轟く。
集まった雷は蛇の様に形を持ち、刃へ螺旋状に絡みつく。
そして、エレオノーラの声と共に剣は振り下ろされ、その切っ先から雷が極太の光線となり、放たれた。
その速度は雷の如く。
その威力は神の一撃が如く。
エレオノーラの固有戦技〘雷解きの螺旋撃〙は迅へと襲い掛かった。