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36.彼女の提案


レオノーラの茶色い瞳が、温室に差し込む光を受けてキラリと光った。

いつも彼女は何処かボンヤリと考え事をしている事が多かった気がする。時たま問われた時、少し外れた応答を返す印象があった。

けれども今、その茶色の瞳は生き生きと輝きを放っている。クラリッサはその視線に衣服を縫い止められたような窮屈さを感じた。僅かに身じろぎして口を開く。


「気持ちを―――伝える?でもそれは……」


彼女には断られる前提で自分の想いを伝える事は、あまりにも傲慢な気がした。そう言う意識で彼に接した事はないが、自分より高位の令嬢にそんな事を伝えられて……無下にも出来ず、かなえる事も能わず……告白された相手には暴力に近い行為なのではないだろうか、そう思ったのだ。


「マックスにご迷惑では無いでしょうか……?身分上、高位の家の物から無理難題を押し付けられるように感じてしまうのでは」

「!……なるほど」


レオノーラが目を見開いて頷いた。分かって貰えたと安堵した途端、まるで通じていなかった事をクラリッサは悟る。


「そう言う視点があるんですね」

「え」

「マックスに迷惑が掛かるかどうかなんて、考えた事が無いので新鮮です」


クラリッサは思わず絶句してしまう。

そんなクラリッサの内心の動揺には気付か無い様子で、レオノーラはキッパリと続けた。


「私が考えているのは―――単純な事なんです。試してみたい事、やり遂げたい事がある時、それをやるかやらないかを判断する際先ず私が考慮するのは、費用対効果です」

「ひようたい……?」

「『費用対効果』―――つまり利益と損失のバランスです。例えばある畑を改良したいと考えますよね?その土壌や植えたい作物に効果のありそうな肥料A・Bがある。肥料Aはとても良い物ですけど高価で借金をしなければ買えない。BはAほどじゃないけれどある程度効果が認められる実績がある。……クラリッサ様?貴女ならこういう場合、どうされますか?」

「ええと……」


急に話題を変えられて、クラリッサは戸惑った。

マックスが言う『変わり者』と言う言葉が脳裏に蘇る。けれども何となくどう繋がるのかは分からないけれども……レオノーラが自分に真剣に話をしていると言う雰囲気が伝わってきたので、臆しながらも返答した。


「B……でしょうか。Bを選びます」


クラリッサの返答に頷いてから、レオノーラは真顔でこう言った。


「そう言う場合私ならこうします。先ずAなりBなりの成分を調べて、その領地でお金の掛からない代替品を探します。お金を掛けるのが勿体無いので」

「……」


レオノーラの答えはまるで頓智とんち話だった。

思わずクラリッサも何と返して良いか分からず絶句する。けれども気を取り直して言葉を探した。何とか彼女の意図に追いつこうとした。


「それは―――何事にも工夫やチャレンジ精神が大事だと……言う事ですか?」

「いえ。お金の掛からない害の無い事があれば、とりあえずそれを優先して試すと言う事です」

「……」


何が何だか分からなくなって来て、思わずクラリッサは蟀谷を抑えた。


「つまり……どういう事ですか?」

「だから『お気持ちを伝えてはどうですか』と言ったのです。思っている事を伝えるだけならお金もかかりませんし、それが駄目だからと言って『お金を払え』などとマックスは言わないでしょう?」

「……ええと……でも、駄目だった場合、気持ちや感情でダメージを受けますし、今ある関係も壊れてしまうかもしれません。損失が無いとは……言えないのではないですか」


クラリッサが蟀谷を抑えつつ、そう言うと。

レオノーラは目を丸くして彼女を見つめた。


「えええ!」


何を驚いているのか。クラリッサはレオノーラの驚きっぷりに戸惑って、今自分が口にした台詞を反芻してみる。何もおかしい事は言っていない筈だが……。


「気持ち……感情に……ダメージを受けるのですか?そうですか。関係が壊れる……?なるほど、そう言う所に気を使わないといけないのですね……なるほど」


ブツブツ繰り返す言葉を耳にして、クラリッサはやっと気が付いた。


レオノーラは極端に社交性が低い。

つまりは―――相手の気持ちを慮ったり、ダメージを与えないか気を使ったりという考え自体が彼女の中には存在しないのだ。人付き合いを維持しようとかそう言う事より、ただその植物を作るのに良い効果をどれだけお金をかけずに生み出すか、そう言う思考回路に特化しているのだ。


なんと単純明快な思考回路だろう。


これでは彼女は普通の侯爵夫人として……社交界を渡って行く事など出来ないだろう。

けれども―――彼女の得意分野、農地の経営や薬学……そう言った場所で持ち上がった問題を解決するには、おそらくこれが一番最適化された思考方法なのかもしれない。




「あの―――でも、マックスは打たれ強いので、結構平気だと思いますよ。お姉さま方に普段から鍛えられておりますし。クラリッサ様も……もう少しマックスの鈍感力と忍耐力を―――信用してみてはどうですか?」




その時、クラリッサの頭の中にあった―――檻のような物がパリンパリンとはじけて飛んだ。そしてクラリッサの胸に、すっとレオノーラの言葉が……染み入るように響いて来たのだった。



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