30.小熊亭への呼び出し
王立騎士団の通常業務を終えたマクシミリアンの元に伝言が届いていた。
『小熊亭』と言う居酒屋は、以前先輩騎士に歓迎会と称して連れ込まれた場所だった。業務の後そこへ向かうよう『ケール』と言う人物から伝言が届いていた。報告をチャッチャッと済ませて小熊亭へ駆け込み、呼び出した相手の名を告げると二階の個室に案内される。
「失礼します!」
気持ちが急いていたため、ノックもせずに扉を開ける。
すると椅子に腰掛けているカーの上に、見覚えのある女性が乗っかっていた。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
マクシミリアンを呼び出した当人、カーは薄ら笑いを浮かべて女性の腰に手を添えている。かろうじて服は着ているものの、椅子に座っているカーの膝の上に向かい合わせに座っている豊満な童顔のラーラが、カーの首に手を回して顔を寄せている状態だった。マクシミリアンが叫んだ声に反応し、振り向いた彼女が悲鳴を上げたのだ。
「ししし……失礼しまっす!!」
マクシミリアンは瞬時に廊下に飛び出し、バタンと扉を閉めた。
フーッと息を吐き出し、心を落ち着けようと頭の中で演武の型を無理矢理丹念に思い浮かべた。すると―――やがてパタンと扉が開いて、頬を染めたラーラがお盆を手にして部屋から出て来た。そして目を合わせずにペコリと頭を下げて、階下へ逃げるように去って行く。
マクシミリアンは未だにドキドキと鼓動がおさまらない胸を抑えながら、再び扉を開けて個室に踏み込んだ。
「お疲れー、早かったね」
「……早くて悪かったですね」
ニコニコと余裕の笑顔を湛えたカーを、マクシミリアンはギロリと睨みつけた。ここではカーは『ケール』と名乗っている。いつも利用する居酒屋では面が割れているので、王立騎士団王都警邏隊御用達のこの居酒屋を、マクシミリアンが紹介したのだ。しかしまさか初日から居酒屋のアイドルをナンパするなど―――想像もしていなかった。
いや……落ち着いて考えてみれば有り得た事だな、と頭を振って先ほど目に焼き付いた映像を振り払う。
「何で来て早々、看板娘を膝に乗っけてんですか」
「ん?挨拶してただけだよ。いやー最近、平民の子は積極的だねぇ」
「あれが挨拶な訳ないでしょう!」
「よくある事だよ、ハハハ。マックス、青筋立ててる場合じゃ無いよ。早速仕事の話だ」
それまでニヤニヤふざけた雰囲気を醸し出していたカーの笑顔が、一転してピリっと引き締まった。
「マックスの勘、どうやら当たってそうだよ」
「―――どういう事ですか?」
何の話題と口に出さずとも分かった。ゲゼル邸の夜会でアロイスから絡まれた内容は全てカーに伝えてある。カーはレルシュ=ヴァルトールの駆け落ちの顛末や、アロイス=ゲゼルの周辺についてその後、改めて洗い直したのだ。
「妙なんだ。秘密裡に調べた所、レルシュ嬢の駆け落ちの相手はどうやらヴァルドール家の監視を振り切って逃げだしたらしい……。普通の平民にそんな事が可能だろうか?どう思う」
「めっちゃ、怪しいですね」
「うん、だから君がペトロネラに聞いたその美男教師が女学院に入り込んだ経緯―――これも調べ直した方が良いかもしれない。もし常勤講師の事故が仕組まれていたものだとしたら……?」
「そうか、教師自体が―――なにがしかの命を受けた工作員である可能性がある」
「ああ。だから、これからそっちを調べようと思っているんだけど……マクシミリアンは俺の部下になってくれるんだったよね?」
マクシミリアンはギクリとした。
確かに頷いたが……もう『ドレイ』と言う単語すら隠さないカーに、ヒヤリとする。
「えーとせめて部下と言っていただけますか」
「じゃあ、『部下』ね。部下になってくれるマクシミリアンに指令を出そうと思うんだ。俺はこっちで王都周辺を洗う、マックスは―――ヴァルドール領へ行ってあの辺りの状況を調べて欲しい」
「ヴァルドール領へ?!」
「そう、どうも遠過ぎてイマイチ事情が掴めないんだよね……それで、出来ればレルシュちゃんに会って話も聞いて来てよ」
「はあ……でも、俺勤務があるんですけど」
まだ近衛騎士団に配属されてはいないので、正式にカーの部下になったわけでは無い。理由も無く休暇を取れば、せっかく仮採用まで行き付いた騎士職を失ってしまうかもしれない。
「まだ王立騎士団所属ですし……」
「大丈夫だよ。その王立騎士団、動かすから」
酒のジョッキに口を付けつつ、カーがヒラヒラと手を振った。
「はあ?!」
軽い口調で物凄い事を言うカーの台詞に驚いて、思わずつんのめりそうになったマクシミリアンに向かって、薔薇の騎士は魅惑的にニコリと微笑んだ。
「じゃあ……解散!帰ってヨシ!」
「え……」
「追って、沙汰する。じゃあ『王立騎士団のお仕事』頑張ってね?見習い騎士のマクシミリアン君」
キリっと胸に拳を当てて、座ったまま騎士の礼を取るカーに、マクシミリアンは呆気に取られつつ足を揃えて礼を返した。これはもうほとんど条件反射だ。
「俺はもう少しだけ飲んでくから。さあ、帰った帰った……!出張の準備は早めにね。あ、下に降りたら帰る前にジョッキの追加、頼んでおいて。さっきの娘、ご指名でね」
「はあ……」
納得は行かなかったし、訳が分からないが仕方が無い。
何だか力が抜けてしまったが、沙汰を待つしかマクシミリアンには術は無い様だ。ペコリと頭を下げて、ニヤニヤ嗤っている美麗な垂れ目の男に不審な視線を投げ掛けつつ部屋を出た。そして店を出る前に、こちらをチラチラ気にしているラーラに向かって伝言を伝える。途端に彼女は華が咲いたようにパアッと笑顔になった。
罪な男だなぁ、と思いつつマクシミリアンはサッサとその居酒屋を後にしたのだった。
翌日、王立騎士団の中から選抜された六十名の騎士に辞令が下った。
―――派遣騎士団を編成し、ヴァルドール領の治安維持を補完する業務を命じる―――
ヴァルドール領主協力の元これらを速やかに実行すべし、と。かくしてマクシミリアンは派遣騎士団の一員として、翌々日には王都を出発する事になったのだった。




