3.王立騎士団の見習い騎士
マクシミリアンは騎士団の試験に合格し、学院卒業後王立騎士団に配属された。
騎士団入団後一年間は仮採用の見習い騎士だ。仮採用期間の騎士は王都周辺で数月ごと部署をたらい回しにされ様々な仕事を覚える事になる。
と言っても学院出の社会人一年生と言えばほとんど使い物にならない者が大半なのだが―――雑用をし先輩騎士に付いて回って騎士団の仕組みや仕事を覚え、顔を売るのだ。この時気に入られれば早い時期に一本釣りで希望部署に配属される可能性も広がる。先輩騎士達にとっても使い勝手の良い後輩を見極める絶好の機会だ。
そして仮採用の騎士達は一年間王都周辺で雑用をこなしたあと―――大抵地方に三年程度赴任する事になる。そして運が良ければすぐに王都に戻って来る。少し運が悪ければもう一か所地方を回る事もある。また地方領主に気に入られ留め置かれる者もいるし、評判が悪くて引き取り手が無く地方を回され続け王都になかなか戻れない者も……稀にいる。
またこういう一般ルートをすっ飛ばしてエリートコースを歩む者もいる。
有力貴族の子息や学院で自治会に所属していた成績優秀者、名のある武道大会の入賞者などは一年だけ地方回りを経験し直ぐに王都へ呼び戻される事もある。近衛騎士団に採用された者などはまず近衛騎士団内で二月ほど雑用をこなし、残り十月を王立騎士団の王都周辺部署及び地方部署を研修として巡る。そして一年後にはもう王都に呼び戻され近衛として王宮警備に従事する事となる。ちなみに近衛騎士団に所属する騎士の殆どは貴族子息及び子女で構成されている。数少ない学院卒の女性騎士はほぼ全員近衛騎士団に所属しており、王立騎士団に所属する女性騎士はごく僅かだ。自然―――騎士団の駐屯所は男臭さ満載となる。
マクシミリアンが最初に配属されたのは、王立騎士団の王都警邏隊だった。仕事は見回りと治安維持で、市井に近い仕事なので配属されている騎士の多くは平民出身者だ。貴族出身者には少々居心地の悪い空間の筈だが―――マクシミリアンはすぐに馴染んだ。
何より女性のいない職場(!)と言う環境に癒されるし、平民でも上司が道場出身者であったり、武道大会で幼い頃から手合わせしていた相手が先輩騎士だったりと顔見知りが多い環境だったからだ。
仕事帰りに先輩騎士に居酒屋に連行された。
偶然同じ部署に配属された学院時代の悪友ジーモン=ウーラントとマクシミリアンは、見るからに筋骨隆々とした体格の良い男達に囲まれて行きつけの安居酒屋の椅子に腰掛けている。マクシミリアンはこういう場所に慣れているのだが、ジーモンはそれほど経験が無いらしくキョロキョロと物珍しく店の中を見渡している。子爵家嫡男の彼は、あまり自由に市井をうろつく事を許されていなかったらしい。
「お待たせしましたーぁ」
給仕の女性がジョッキを沢山抱えてテーブルにドカンと置いた。
童顔でわりに豊満な体をした若い女性で、この居酒屋の看板娘の一人だ。むさくるしい独身騎士達は歓声を上げた。
「ラーラちゃん、今日も可愛いねえ!」
「有難う!今日もたくさん注文してくださいね。あら、こちら新人さん?」
ラーラと呼ばれた看板娘が、ジーモンとマクシミリアンに近付いて不躾に顔をジロジロと眺めた。このような遠慮の無い振る舞いを女性から受ける機会が少ないジーモンは頬を染めて固まった。マクシミリアンはそんな悪友に温度の低い視線を向けた。彼が動揺しないのは、カーに連れられて居酒屋巡りをしているからだ。美しい貴公子に大胆に近づく女性陣が同じような行動を取るので慣れているのだ。
「愛しのマーリアちゃんに言いつけるぞ」
「そっ……言えばいいだろっ別に。何も疚しい事なんかないっ」
マクシミリアンがボソリとジーモンに呟くと、彼はあからさまに動揺した。ジーモンは婚約者である従妹の伯爵令嬢を溺愛しているのだ。決まった相手のいないマクシミリアンには羨ましい事この上ない。
「『マーリアちゃん』って誰だ?ウーラントの恋人か?」
ジーモンの横に座っている栗色の髪を短く刈り込んだ先輩騎士ザシャが口を挟んだ。
「ウーラントの婚約者ですよ」
「『婚約者』ぁ?は~さっすがお貴族様は違うねぇ」
揶揄い口調ではあるが、嫌味な口振りでも無くザシャは溜息を吐いた。平民には成人したばかりの若者が婚約している状態が珍しく映るらしい。ジーモンはポリポリと頭を掻いて恥ずかしそうに視線を逸らした。
「じゃあ、コリントにも婚約者っつーのがいるのか?」
「いえ。ウーラントと違って跡継ぎじゃありませんからね。自分で探さないとなぁ……良い人がいるといいんですけど。でもまずはちゃんと騎士になって食い扶持を稼げるようにならないと話になりません、次男ですから」
「貴族の坊ちゃんも色々なんだなぁー。ところでウーラントの婚約者ってどんなお嬢さんなんだ?ラーラより可愛いか?」
「いやぁ、ラーラさんみたいな色っぽい女性と違って、全然子供なんですよ……」
照れた様子で言うジーモンをジト目で見ながらマクシミリアンは余計なフォローをした。
「とか言って結構溺愛してるんすよ、こいつ」
「ばっ……コリント何言ってんだ」
ジーモンは慌ててマクシミリアンの口を塞ごうと掴みかかった。その手を躱しながらマクシミリアンはニヤニヤと面白そうに笑った。以前クラリッサの件で揶揄われた事があったので、仕返しとばかりに当て擦る。
「へぇ~、気になるなぁ……今学生?」
「はい、女学院に通ってます」
「『女学院』!いいねぇ~夢のある響きだ……」
平民も通う機会の多い王立学院と違って、女学院は一部の例外を除き貴族令嬢しか進学しない女の園である。平民男性は近寄る事もできない、雲の上の世界であった。
「なになに『女学院』が何だって?」
ザシャの影から、焦げ茶色の長髪をポニーテールにした口髭の先輩騎士ロルフがひょこっと顔を出した。
「ウーラントの女が女学院生なんだと!」
「うぉ~……『女学院生』かぁ……深窓のご令嬢じゃん、男子禁制の園ってやつ?!」
『女学院』という響きに、平民男性は何か壮大な夢を抱いてしまうらしい。
女学院卒の姉を持つマクシミリアンとしては、それほど良い物に思えなかったが……あえて先輩の夢を壊すまでも無いと口を噤んでいた。しかしこの間クラリッサから仕入れた話題を思い出したので、情報提供を試みる。
「男子禁制……とまではいかないようですよ。男性教師が多いようで―――実際新しく配属になった若い教師は女子生徒に人気があるようです」
「なっなんと……!」
「羨ましい状況だな……女学院生に囲まれて選び放題か?!ウーラントの嫁は毒牙に掛かってないだろうな?大丈夫なのか……?」
「え!まさか……大丈夫だと、思いますよー。アイツまだてんでガキだから……」
ジーモンは男性教師の事を初めて耳にしたようで、少し驚いた様子だったが軽い調子で笑って言った。
「―――お前それ、ヤバいパターンだぞ。騎士達の間でもよくあるんだ……地方回り後に王都に戻ったら、幼馴染の彼女が既に結婚してたとか。ちゃんと顔合わせてるか?手紙でも良いからマメに連絡取って置いたほうが良いぞー?子供だ子供だって思ってた娘もアッと言う間に女に変わるからな~、油断大敵だぞ。女は男で変わるからな!」
「え……」
一転して蒼くなるジーモンをニコニコと楽しそうに見るザシャ。
するとそのザシャを、ロルフが小突いた。
「それ、お前の事だろ。大事に可愛がってた幼馴染、後輩の金持ちのドラ息子に取られちゃってさぁ」
「くーっ、そうなんだよ!子供だからっておにーちゃんらしく大事に見守って来たのにさぁ、帰ってきたらホッソイひょろひょろの後輩の嫁になる事に決まっちゃってて!あんときは泣いたなぁ~」
「「……」」
顔を覆ってガックリと項垂れるザシャとその肩を叩くロルフを眺めながら、見習い騎士のジーモンとマクシミリアンは顔を見合わせた。貴族より自由に見えるが、恋愛に関しては平民もなかなか苦労しているらしい……。
「最近会ってるか?」
「いや、騎士団入ってから連絡取ってない」
「「……」」
「……次の休みにでも様子見て来たら?」
「……そうする……」
今度ばかりはジーモンは素直に頷いた。
こうして主にバカ話ばかりをして『警邏隊独身騎士の会(仮)』の夜は更けて行くのだった……。