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17.噂の真相

ゲゼル侯爵邸で催される夜会への招待状が届いた時、ペトロネラを誘ったのはいつも通り姉の指示によるものだったが、マクシミリアンにとっては渡りに船の話でもあった。今回の件について少しでも情報を集めたかった。現役の女学院生である彼女なら、何か見聞きした事があるかもしれない。


「ペトロネラ様は、アロイス=ゲゼルの婚約者と同じ学年でしたよね」


果実酒を手渡ししながら、彼はペトロネラに尋ねた。


「ええ、でもレルシュ様はその……近頃上位貴族の方々のグループにいらっしゃるので、お話する機会はそれ程ありません」

「今、彼女は学園に通えていますか」

「……ご存知なのですか?マクシミリアン様は彼女の……その、噂の事を」


ペトロネラは躊躇う様子で少し声を落とした。

少し早めに到着した所為か、ホールのやや端にいる二人の周りに人影は無い。マクシミリアンはコクリと頷いた。


「じゃあ、女学院ではもう噂が広まっているんですね、彼女がアロイス=ゲゼルと婚約解消するかもしれないって言う事も」

「ええ、女学院は最近その噂でもちきりなんです……彼女が駆け落ちして、アロイス様と婚約解消する事になったのだと」

「……」


レルシュ嬢が『駆け落ちした』などと言う噂の内容に内心マクシミリアンは驚いたが、動揺を表に出さずに頷いた。


「アロイス様はその―――とても女学院で人気があった方なので、レルシュ様との婚約が決まった時はかなり注目されました。青天の霹靂といいましょうか、彼女も憧れていた方と婚約できると決まって嬉しかったのか、色々と……アロイス様がどのようにお優しく彼女に気を使ってくれているかと言った事について、かなり開け広げに語っていらっしゃったようです。その事をやっかむ方もいらっしゃったので、逆に噂が広まるのが早かったのかもしれません。中には聞くに堪えない物も……だから何処まで真実なのかは分かりませんが、悪意を持って広めようとしている方は存在するようです」


ペトロネラは眉をひそめた。

どうも出回っている噂はあまり愉快な話では無さそうだ。口に出すのを躊躇う彼女の様子から、マクシミリアンはそう感じた。


「以前ベルンシュタイン邸で顔を合わせた時には―――アロイス=ゲゼルの婚約者であるレルシュ嬢と言う女性は彼に随分執心していたように見えたのですが」


アロイスの傲慢不遜な態度と、クラリッサに向ける意味深な表情が浮かび、マクシミリアンは不快気に眉間に皺を寄せた。


「そうですね、私も以前レルシュ様とお話する機会があった頃は―――彼女の方がアロイス様にご執心だと言う印象を受けました。彼女とアロイス様が婚約した時も、レルシュ様のお父様であるヴァルトール伯爵からかなりの持参金や資金援助があるのだと―――彼女自身が触れ回っていたくらいです。彼女はどちらかと言うと以前はあまり目立たないかたでしたが、アロイス様との婚約が決まってから徐々に派手になっていって。……女学院では、上位貴族と言えども王都に近い領地の方や国の中枢で地位のある方々と違って、辺境出身の彼女は以前は男爵や子爵家の者と話す機会の方が多かったのです。けれども婚約が決まって暫くするとレルシュ様は徐々に私達と距離を取るようになりました。上位貴族の方々と一緒に居る事が多くなって……」


そこまで言ってから、レルシュは寂し気に瞼を伏せた。


「以来レルシュ様はとても華やかであか抜けた様子に変わられました。だからその時は本当は彼女はずっと上位貴族の方々と交流したかったのだな、と少し残念に思っただけなのですが……無理していらっしゃったのかもしれませんね、侯爵家に嫁ぐ事や憧れの方と婚約する事はプレッシャーだったのかもしれません。だから道ならぬ恋に嵌ってしまわれたのではないかと―――私の周辺ではそう言う認識の人が多いです」

「相手の男がどういう人間なのか、知っていますか」

「ええ。それも噂に拍車を付ける一端になっています。相手の方は―――女学院で一時期教師をやられていた方だと言われています。いつも通われている先生が暴漢に襲われて、お休みになられた時に短期で補填されまして……とてもお若い方でした」


その響きに含みがあるような気がして、マクシミリアンは疑問を口にした。


「―――もしかしてその教師は、女子生徒に人気がありましたか?」


レオノーラの領地にある泉へピクニックに行った時、クラリッサが言っていた『新しく配属された女子生徒に人気のある教師』のイメージがそれに重なった。


「そうですね、女学院は女ばかりで家族以外の男性と顔を合わせる機会も少ないですから―――特に変わった方では無い限り、騒がれますね。でもその方は―――とても綺麗なお顔立ちをしていて、他の先生方よりお若いとあって……偶像アイドルみたいに騒がれていました。だからレルシュ様と道ならぬ恋に落ちたと言うお話は―――噂の真偽がハッキリしないままに、それこそ一瞬で広まってしまいましたの」

「……その『噂』、ペトロネラ様はどのように聞き及んだのですか」

「私は……お友達からです」

「何故そのような機密が簡単に広まったのでしょうか?」


ペトロネラは首を傾げた。

今やっとその事に気が付いた、と言うように少し目を見開いて。


「そう言えばそうですね……何故でしょう?」

「もしかして―――有り得ないとは思いますが女学院側から説明がありましたか?レルシュ様が学院を辞めるか休学すると言った……」

「確かに休学する事については、彼女のクラスと寝起きしている寮に学院側から説明がありました。ただ―――理由については『ご病気』との説明だったと思います。重病らしいので直接の連絡や見舞は差し控えるようにと、通達がありましたが」

「じゃあ何故そのような不名誉な噂が出回ったのでしょう?ヴァルトール伯爵側が流すとは思えませんよね」


マクシミリアンの問いかけに、ペトロネラは真剣に考え込む仕草を見せた。記憶を探る様に視線を上方へ向ける。


「もしかして……先生のお身内の方では無いですか?例えばヴァルトール伯爵から罰を受けて、恨みを持ってしまったとか……」

「あるいはそう言う事もあるでしょうね。……でもそう言う噂が広まれば広まるほど、その臨時教師の身内にとっては不利に働くような気がしますね。相手は平民だと聞いてますから、貴族のご令嬢をそそのかして駆け落ちしたとなると、分が悪すぎますよね。まあ相手に裏切られたと恨んで、逆上した可能性もありますが……」


それにそうであれば、どのようにしてその噂をばら撒いたかと言う問題が出て来る。

もしその教師や教師の身内が他の貴族と懇意にしていて、そちらにヴァルトール伯爵への恨み言を呟いたとしたら。そしてヴァルトール伯爵に恨みを持っていたり、失脚を望むような人間がいれば、わざと噂をばら撒く事は簡単かもしれない。

あるいは―――と其処まで考えて、マクシミリアンはペトロネラを振り返った。


「もともとの噂の出所は、分かりますか?どのご令嬢がそのような話を吹聴し始めたかと言うような……」


ペトロネラは彷徨わせていた視線をマクシミリアンの元に戻し、パチクリと碧い瞳を瞬かせた。


「難しいとは思いますが……必要ですか?」

「もし協力していただけるのなら」


僅かに身を乗り出したマクシミリアンを見る瞳が、すっと冷静な光を帯びた。


「……それは何故ですか?」


ペトロネラは静かな表情で尋ねた。いつもフワフワと綿菓子のように笑っている、金髪碧眼の少女の表情が大人びたように見えた。

糾弾されているかのように感じたマクシミリアンは、一瞬言葉に詰まってしまった。が、気を取り直して改めて丁寧に言葉を選んだ。


「……まだハッキリしている事では無くて、ある方の行く末に関わる事なんです」

「ご親戚かご家族の事ですか?」

「いえ……知合いと言うか友人の……スイマセン、これ以上は言えません」




その時楽団が奏でる音楽が、色を変えた。




ホールに向けて室内側から設けられた装飾に縁どられた大きな扉が使用人によって厳かに開かれ、ゲゼル家当主が夫人と嫡男、次男を伴って現れた。

皆が注目する中、威厳を保った様子でゲゼル侯爵が挨拶の口上を一通り述べた。

すると一旦演奏を止めていた楽団が、滑り出すようにダンスを促すような曲を紡ぎ出した。


侯爵と夫人が一段高い椅子にゆっくりと座ると、柔らかな金髪を揺らし王子のような風格でアロイスが一歩踏み出した。

彼はホールを囲む貴族の群れの中に真っすぐ大股で歩いて行き、ピタリと歩みを止めた。そして華が開くように艶やかに微笑むと―――手を差し伸べ跪いた。


戸惑いを示しながら手を差し伸べられた相手が、諦めたように応えた。

令嬢が伸ばした指をアロイスはしっかりと捕まえて立ち上がり、少し強引に引き寄せたかと思うと、彼女の腰に手を添えてホールの中央に連れ出した。


「あら?あれは……」


背筋のピンと伸びた美しい銀髪の令嬢だった。

ペトロネラが戸惑ったように、隣のマクシミリアンを見上げた。


「マクシミリアン様……クラリッサ様はアロイス様とお親しいのですか?」


滑るように踊る姿は一対の置物のようだ。


「……前当主同士が親しくされているそうで、交流があると伺ってます。けれど……」


トビアスとクラリッサが婚約者候補と言う事は、あくまでアドラー家、ゲゼル家の双方が身内で提案している話だ。おおやけに外野のマクシミリアンが口に出して良い事では無い。

そしてそれ以上に公にするべきでは無いのが―――アロイスとクラリッサの縁談の話では無かったのだろうか?


ペトロネラは一瞬不安そうに眉を寄せ、それからもう一度踊る二人に目を移した。

ダンスの名手と称えられる『アドラー家の至宝』クラリッサは輝くように優雅な仕草でホールに君臨していた。そしてそれを支えるアロイスのリードは完璧だった。


(『ダンスを教えて欲しい』などとよく言ったもんだ)


最悪の初対面を果たした夜会のバルコニーで、アロイスがつらつら述べていた白々しい台詞をマクシミリアンは思い出していた。

けれども内なる感情を排除してしまえば―――悔しい事に、確かに目の前で泳ぐように踊る二人は、大層絵になっている。


一曲終えて優雅に礼を取る二人の周りに、沢山のカップルが踏み出してくる。そして新たな曲が始まり―――中央の二人は人の波に埋もれて行った。




ぼんやりその様子を眺めていたマクシミリアンの横で、ペトロネラがポツリと呟いた。




「―――『行く末が関わるご友人』とは……もしかしてクラリッサ様の事でしょうか?」




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