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14.約束


清廉で高潔と言われるバルツァー家に育ったファイトにとっては、筋の通らない話に思えた。きっとバルツァー家であれば、前当主も現当主もそのような振る舞いを許さないだろうと。


しかしその時、冷静な声が浮足立った空気を切り裂いた。




「よくある事さ」




ファイトもトビアスも、信じられない物を見るような目で彼等の師匠を見上げた。

クラリッサの一番の友人であるマクシミリアンが、このような状況に一番腹を立てるのだと思い込んでいたからだ。


「貴族の婚姻は、端的に言えば家と家の繋げる契約だ。従軍した兄が亡くなってその兄と婚約していた令嬢が弟に嫁ぐなんて話は、少し昔ならよくあった事だ」


ファイトはそこで、自分の祖父母の事を思い出した。


「……確かに……俺の祖父も、戦没した兄の婚約者だった祖母と結婚しました……」

「ああ、貴族の婚姻は平民のそれとは違う。血を残し、家を繁栄させる手段だ―――それは厳然たる事実で、ゲゼル家当主の決定に次男のトビアスは従う以外、術は無い」

「……」


トビアスは言葉も発せずに俯いた。

何より一番その事実を身に染みて実感していたのは―――他ならないトビアス自身だったから。

彼の隣でファイトも、悔しそうに眉を顰める。




「―――だが黙って『はい、そ―ですか』って指を咥えて見ているのは……面白く無い」




肩を落としていた二人が弾かれたように顔を上げた。

見上げた視線の先にある青年の顔には、殺気がみなぎっていた。トビアスもファイトも、いつも柔和で少し気弱にさえ見えるくらい力の抜けている師匠の、闘技場で剣を交えている時のような鋭い視線に息を呑んだ。


マクシミリアンはトビアスに視線を固定した。


「トビアス、俺は正直お前の『兄上様』が気に喰わない。顔を合わせた限りでは、身分以外でクラリッサに相応しい所なんか何一つ無い奴だって思った。お前はどう思う?俺の見立てが間違っていると思うか?」


トビアスは背中にスルリと冷たいものが落ちるのを感じた。

マクシミリアンが自分を害する事などある筈が無いのに、体の深い所で彼の発する殺気に恐怖してしまう自分に気が付いた。

しかし、トビアスもこれまでずっと鍛錬を続けて来たのだ。内心の恐怖を押し殺して、まっすぐに自分の師匠を見つめ、答えた。




「俺も―――思わない」




そして一度頭を振ってから、マクシミリアンとファイトを当分に見つめ慎重に言葉を選んだ。


「昔は―――そうは思っていなかった。兄上が変わったのか、兄上を見る俺の目が変わったのかは分からない。確かに兄上は俺よりずっと優秀で―――社交界の立ち回りも領地経営も上手で……貴族院で父上の補佐を務めているが、その評判もすこぶる良いんだ。本来ならおそらくクラリッサには俺よりずっと、次期侯爵である兄上の方が相応しい相手だと思う。けど―――少なくとも今の兄上は……クラリッサを幸せには出来ない。そんな気がする」


婚約者候補を交換すると告げられたあの時の、アロイスの冷笑がトビアスの目に焼き付いていた。そして彼に不信感を抱いたのだった。

厳密に言うと兄に対してそんな感情を持つようになったのはもっと前からだった。

マクシミリアンやファイトと出会って―――狭い世界しか見ていなかった視界が拡がるたびに、トビアスは、父と兄のアロイスの言動や振る舞いに疑問を持つようになった。


公平な目で改めて見てみるとどう考えても―――クラリッサとアロイスの婚約を祝福する気にはなれなかった。自分の好きな女を奪われると言う事を抜きにしても。


マクシミリアンは大きく頷いた。

自分に何か出来るなんて大それた事を確信している訳では無い。

そもそも口を出す権利も、横槍を入れる力も持っていない。

けれども彼は彼女と約束したのだ。




『もし周囲で何かおかしなことがあったら、俺に相談して下さい。どんな事があっても、何とかしてお守りしますから』

『分かったわ。油断もしないし、無理もしない。おかしな事があったらマックスを頼るわ。だから、私を助けてくれる?』

『はい、必ず』

『マックス、有難う』




縋る様な銀色の瞳を、守りたいと思った。

例え力及ばす、結果何も出来ないのが分かり切っていたとしても。


彼女が困っているのか、そうであれば何が自分に出来るのか―――確かめないまま黙って通り過ぎるのを眺めている訳には行かない……マクシミリアンはそう思った。


「トビアス、俺は確かめたい。お前の兄のアロイスが、クラリッサに真に相応しい人間なのか―――アイツの本心を知りたい」


そう呟いたマクシミリアンの瞳の奥に仄暗い光が宿るのを見て―――ファイトとトビアスは思わず背筋を震わせたのだった。


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