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11.ダウム邸の茶会にて

シュバルツ王国が貴族に与えている爵位は、基本的に頭数が決まっている。


三公爵家、九侯爵家、二十七伯爵家、八十一子爵家で構成され、そのほか男爵家だけは世襲の八十一家に加え現在一代限りの男爵位、百六十二家が授与されている。ちなみに一代限りの爵位については爵位の数に制限は無い。


公爵位にあるのはアドラー家を筆頭に、クレマー家、ベルンシュタイン家の三家となっており、ベルンシュタイン家のゾフィーアは周知の通り有力な王太子妃候補と言われている。


今回茶会を催すのは三公爵より一段下の位である九侯爵のうち、比較的穏健派と言われるダウム侯爵家だった。侯爵夫人であるアリ―セは二人の娘を良い相手に嫁がせ、二人いる息子それぞれにも良縁を結ばせた後、一番の楽しみを若い男女の仲を取り持つ事としている。


ふくよかな体格の柔和なアリ―セと冷たい美貌を持つトルデリーゼは、一見接点が無いように見えるが実は女学院寮で同室になった頃から付き合いのある親友同士である。

つまりこの茶会は、気持ちの固まらないクラリッサを参加させるにはうってつけなのだった。




ダウム侯爵邸に到着し、主催者のアリ―セと挨拶を交わす。

勿論クラリッサとアリ―セは旧知の仲だ。

幼い頃からトルデリーゼに伴われてダウム邸を訪れた事もあるし、アリ―セが旅行土産を持参してアドラー邸を訪れる事もあった。


「リーゼから聞いているわ。少し気が乗らないかもしれないけれど、ただ年の近い人達とおしゃべりしに来たと思って楽しんでね。婚約者のいる方も招いているから、お見合いと言うより交流会のようなものなの。皆さんの出会いの切っ掛けになればと思っているけれど―――必ず相手を見つけなくちゃとか考える必要は無いのよ。御目付役も頼まれているから、もし相手がしつこかったら私に教えてちょうだいね?失礼な振る舞いをするような方はお招きしていないつもりだけれども―――ついつい盲目になって相手の事を考えられなくなってしまうのは、若い人にはよくある事ですからね」


公爵令嬢であるクラリッサの婚約者は、当主であるアドラー公爵の意向で決められるのが常識と言えるだろう。実際前公爵からゲゼル家のトビアスを勧められており、クラリッサが頷きさえすれば直ぐにでも婚約は整うに違いない。

しかし表だって口には出さないものの、アドラー家の誰もが末娘であるクラリッサを溺愛しており、年齢と政治情勢に猶予がある内は彼女が頷かない限り強引に事を勧めようと考えていなかった。


筆頭公爵であるアドラー家は、既に絶大な権力を有しその地位は揺らぐことは無い。咥えて嫡男も結婚し既に跡継ぎも生まれている。三男であるカーも次期国王の側近候補として、出世街道を驀進中である。

クラリッサを迎える事が相手の利益になりこそすれ、アドラー家にとってはこれ以上何かを欲するような切迫した何かがある訳では無い。

シュバルツ王国は同盟国の中枢として確固たる地位を抱いており、現在他国との関係を築くために王家に連なる者を差し出す必要も皆無である。王太子妃候補も適当な人材が豊富で、血の近いクラリッサの出番は無さそうだ。


出自や身分、相手の素行や能力など、クラリッサを嫁がせるのに相応しい相手であるか十分な審査は必要であるが、ある程度彼女の意向を汲みたいと当主であるアドラー公爵と夫人は考えている。そしてもしクラリッサが適齢期を過ぎるまでに程良い相手を見つけられなければ―――前当主の推すゲゼル家と縁を結ぶ事になるだけだった。

最近トビアスとクラリッサの関係が良好に変化したのを周囲の者も感じており、トルデリーゼは積極的に賛成してはいないものの、概ねアドラー家の意向はそちらに傾きつつあった。勿論クラリッサが前向きになってくれる事が条件だが、自らの責務を認識している彼女がそこまで我儘を貫くとは誰も考えていない。




勿論クラリッサ自身も、それは重々承知していた。




しかしその相手は、次男のトビアスであって嫡男のアロイスでは無い筈だった。

なのに目の前の男は―――レルシュと言う婚約者を持ちながら上っ面ばかりの美辞麗句を並べ、意味深な視線を投げ掛けて来る。


「クラリッサ様の隣の席を引き当てるなんて、私は全く運が良い―――もしかすると、私達は運命の相手同士……なのかもしれませんね?」


一定時間ごとくじ引きで席を変える趣向で、最初に座ったテーブルの隣の席は何故かアロイスだった。何故婚約者のいる彼が―――と思い、そう言う集まりだったと思い至り心を籠めずに薄く笑って会釈を返した。


「あの……レルシュ様はご一緒では無いのでしょうか……?」


二十名程いる令嬢達の中にアロイスの婚約者であるレルシュはいなかった筈……とクラリッサは参加女性陣の顔を思い浮かべた。婚約者がいる他の者達は皆、この茶会に連れ立って参加していると言うのに。


「そうですね、直前に具合が悪くなったようですよ……最近そう言う事が多くなりましたね。仮病かもしれません。どうやら彼女は最近私以外に関心を持つ相手がいるようでしてね……」


そう言って悲し気に目を伏せる様子を、クラリッサは奇異な物を見る目で眺めた。

一見してアロイスは婚約者の心変わりを憂う男性にしか見えない。

しかし前回顔を合わせた夜会で、彼にぶら下がるように嫉妬心をこちらに向けていたレルシュを見ているだけに、到底彼の台詞は納得の行くものでは無かった。


おおやけの場で滅多な事は口に出さない方がよろしいのではなくて……?レルシュ様はアロイス様にご執心の様子でしたけれど」


クラリッサとしてはそう言うしかない。

どちらにしても、アロイスとレルシュの関係に興味は無かった。何となく以前から―――クラリッサは彼に苦手意識を持っていたのだ。その上前回顔を合わせたベルンシュタイン邸の夜会での振る舞いにより、彼への評価は地に落ちた。

何より彼女が大切にしているマクシミリアンをあのように侮辱したアロイスを、クラリッサは到底許せそうもない。


「彼女は私の爵位に興味があるだけですよ。元々政略結婚ですから、その位の距離感で支障はありませんがね」

「……そうでしょうか」


クラリッサにはレルシュは本心からアロイスに執着しているように見えた。少なくとも彼女にとっては単に政略結婚と言い切れる物では無いのだろうと言う印象を受けたのだ。


「寂しい事をおっしゃるのね。例え政略的なものを含んでいるとしても、お互い歩み寄る努力をするべきではなくて……?」

「では貴女は想う相手がいたとしても―――政略結婚の相手と良好な関係を築こうと努力されるおつもりなのですね。……トビアスと婚姻関係を結ぶ事になったとしても?」


見返すと射るような視線をアロイスはクラリッサに向けていた。


「トビアス様との事は決定事項ではありませんから……」

「ではこう言い換えましょう、もし私と貴女が政略的に婚姻を結ぶ事になったとしたら―――貴女は私に歩み寄る努力をしてくれる―――こう受け取っても宜しいですか?」

「何ですって?」


クラリッサは眉根を寄せて、軽薄なアロイスの台詞を責める視線を送った。


「軽率な事は口にしないでください。仮にも婚約者のいる身で―――」

「婚約者がいたとしても―――政略結婚の相手が決まっているからこそ、心くらいは自由でも良いのでは無いですか……?誰を大事に思うかなんて―――理性で御せる事では無い。例えそれが貴族社会の規律ルールから外れていたとしても……」


熱っぽい口調の割に冷たい視線を向けられて、クラリッサは戸惑った。


「御戯れを……」


扇で口元を隠し、低い声でクラリッサは彼を非難した。

その咎める声を遮って、アロイスが断定するように呟く。


周囲には聞こえない音量で慎重に―――まるでクラリッサを糾弾するようにそれは発せられた。




「貴女にも、身に覚えがありますでしょう……?クラリッサ様」

「―――」




クラリッサは息を呑んで、アロイスのはしばみ色の瞳を見返した。

彼は奇妙に見えるほど―――優し気に微笑んでいる。




しかし瞬時にクラリッサはこう感じた。




彼は自分を脅しているのだと。

彼女の本当の気持ちに気付いている。そしてそれを、アロイスはクラリッサに伝えたいのだと言う事を―――。



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