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序章

 見渡す石狩平野にようやく夜明けが訪れようとしている。春とはいえ、残雪がまだら模様を描いているのが薄明かりでもわかる。椙原(すぎはら)守意(かむい)は、支援者から借り受けたトヨタ・パブリカを手稲山の中腹で停め、車を降りた。冬枝がひゅうと鳴くのを聞きながら、ポケットからハイライトとマッチを取り出して、一本吸った。辛さが喉を焼く。深く煙を吸い込み、吐き出す。

 昭和四五年四月。樺太から札幌に出て、もう六年。手稲山から見下ろす道都は、まだ微睡みの底にいるのだろう。ぽつぽつと灯る街灯のほか、麓にはほとんど明かりがない。手稲山の麓は昭和四二年まで手稲町と言った。首をめぐらすと、中心街が見える。国鉄札幌駅はあのあたりか。すると、その北側に広大な敷地を広げているのは守意の通う北海道帝国大学のキャンパスだ。札幌市は手稲町と豊平町を吸収合併して、人口百万人に到達し、政令指定都市になった。そして再来年、昭和四六年には、待望の冬季オリンピックが開催される。町は街に生まれ変わろうとしていた。

 ハイライトが根元まで灰になっていた。防寒靴の裏で消すと、吸殻は米軍放出品のカーキ色のコートのポケットに入れた。守意が米軍のコートを着ていることに嫌悪を示す同志は少なくない。そんな彼らに守意は冷笑を返す。着ているものなど関係ない。少なくとも、守意は彼らのように、饐えた臭いを放つアノラックやジャージ姿で市中をうろうろすることもなければ、白だ黒だとヘルメットの色までに口を出す気もなく、自身もヘルメットを被ったこともなければ、ゲバ棒を手に機動隊へ立ち向かったこともなかった。もっとも、北大の『赤い鳥』北海道学生部会は首都圏ではすでに沈静化しつつある大学闘争に完全に乗り遅れていた。せいぜいが日本軍のベトナム紛争からの撤退要求デモを繰り返す程度だ。それでも守意は彼らに武器を供給する。そのために、今夜はパブリカのハンドルを握り、凍結する路面に細心の注意を払って、小樽港まで荷物を受け取りに行ったのだ。ゲバ棒は武器にならない。工事現場で使うようなヘルメットは拳銃弾すら貫通する。必要なのは、「本物の武器」だ。だから、官憲の目に留まることは絶対に避けなければならない。ならばおとなしく国道五号を北区にある自宅までまっすぐ帰ればよかった。なにも残雪にアイスバーンの山道を登って、手稲山へ来る必要などなかった。

 見たかったのだ。変わりきる前の、札幌の姿を。

 間もなく暑寒別山地の向こうから日が昇る。空が明るさを増してきた。長居は無用。守意はエンジンをかけっぱなしにしたパブリカの運転席に戻る。


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