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最強剣士の血風伝  作者:
二章
9/61

南の巨大城砦

 カッツェ領の南方にある高地は二段構えとなっており、1層と2層と呼ばれている。

 カッツェ領北部は穀倉地帯となっており、南部は森林に覆われており猟師が多く存在している。1層目へと続く登り坂は緩やかで、まだ森林地帯や湖や川が存在して、非常に自然豊かな美しい土地である。

 だが第1層の高地は一転して荒地となっており、土地は干からびており、野生生物もほとんどおらず、モンスターは存在しないが、人が住むにも厳しい土地となっている。

 そして第2層は険しい断崖絶壁の上に存在しており、岩壁を登らなければならないので人のいない土地として認識されている。その為、高地経由で南へ進むには、断崖絶壁となっている第1層の高地だけで移動しなければならない。この第2層目となっている高地は東西に2つ存在しており、その2つの岩壁に囲まれたの道こそが、南へ進む唯一の方法とされている。

 そしてその2つの丘陵の間に1キロにも渡って伸びている巨大な城砦が存在する。

 2年前に、アームズ帝国傘下ウエストエンド騎士国は、その高地にある巨大城砦を奪った事で、ケーニヒ公国に対してイニシアティブを手にしたといえる。


 雪解けが始まった季節ではあるが、カッツェ領南部に聳える高地では、未だに雪が残っていた。

 中途半端に雪の残る荒野の奥に、城砦が聳え立っていた。

 2年前までケーニヒ公国とリュミエール帝国の国旗がたなびいていた巨大城砦は、アームズ帝国とウエストエンド騎士国の国旗がたなびいている。

「凄いな。これがかつて難攻不落といわれたズユートル城砦かぁ。見上げるほどでかいし。作った人の苦労が偲ばれるな…」

 ヴィルヘルムは頭の上に手をかざして巨大城砦を見上げる。

 東西に切り立つ様に聳える岩壁は遥か地平の置くまで続いており、その間を塞ぐべく作られた巨大城砦はまさに圧巻であった。

「って、ハイキングって言いましたよね!?ハイキングって!何で敵国の陣地に来てるんですか!?」

 涙目で訴えるのは、ヴィルヘルムの従者ディオニス少年だった。

「え、高いじゃん、ここ。山登りなんだから、やっぱりハイキングでよくない?」

「良くないです!これ、戦争ですよ、戦争!!」

「あはははは、ディオニスは面白いなぁ。西の山岳地帯のドラゴンの巣に行った時と同じ事を言ってるよ」

「おかしいのは絶対にヴィルヘルム様だよ!」

 ピョンピョンと飛んで抗議するディオニス少年、肩まで延びた銀髪を後で結んだ齢10歳は、大きい青い瞳を更に大きく見開いて、声を大にしてヴィルヘルムへ訴えていた。

「まー、ハイキングに行くには…あの建物はやっぱり無粋だな」

 ハイキングとは遠足であって、高い場所に行くわけではない。その突込みが出てこないほどにディオニスは混乱していた。

「っていうか、ヴィルヘルム様、城砦の兵士達が何か不穏な動きをしてますよ!こっち見て、何か怒ってますよ!」

「そりゃ、まあ、私の服を良く見てみろ。由緒正しきファルケン家の軽装鎧だよ?胸当てと肩当てだけともいうけど。腰の赤い鞘の長刀を見れば、誰だって私が、ケーニヒ公国の大貴族ファルケン家の末のものだと気付いたとしてもおかしくないでしょ。そもそも100年前に建てたこの城砦は、ファルケン公爵家のものだったのだから。それにしても見ろ、ディオニス。獣人族はウチの領土では全く見ないが、本で見た様に本当に犬耳に尻尾が生えてるんだな。モフモフだな」

 そんな事を感慨深げにヴィルヘルムは頷きながら口にするが、城砦の兵士達はキビキビと闖入者への対処の為に城砦のあちこちに点在している砲門を開いて大砲を向ける。

「それ所じゃ無いのに。っていうか、明らかに城砦についている窓からこっちに向けられている筒って大砲ですよね?」

「あれは魔導砲じゃなくて、通常の火薬玉だし、別に私がいなくてもディオニスが怪我することもないだろ」

 大砲を向けられても平然と言ってのけるヴィルヘルムに対して、ディオニスは困ったように顔を顰める。

 とは言え、ヴィルヘルムも敵意を向けられて何もしないような愚鈍な男でもない。ヴィルヘルムは左腰に下げた長刀の柄に右手を置いて、城砦の方で動きがあるのを眺める。

「でも、僕、基本的に戦えないんだから、ちゃんと守ってくださいよ?」

 もはや諦めたかのようにディオニスは溜息をついて肩を竦める。

 ディオニスはヴィルヘルムの従者である為、こういう場所に来るのは初めてではない。

 ディオニスがヴィルヘルムの従者になって4年、初めて出会ったのもまさに戦場の真っ只中であった。オズバルド・ハインリヒ男爵は把握していないが、ヴィルヘルムは人と人の殺し合いに参加した事がある。その戦場でディオニスは家族を全て失っており、ヴィルヘルムは家族を全て失った自分に重ね合わせてしまった為に、つい拾って連れて来てしまったのだ。

 その為か、2人の間柄は貴族と従者のそれでなく、兄弟に近いものがある。

「その余裕があったらな」

 無責任な事をヴィルヘルムは笑って口にする。


 ドンッ

 城砦から大砲が打ち出される音を聞く。

 ディオニスは手を掲げると、ヴィルヘルムに当たる前に、空中で大砲の弾が爆発する。ディオニスは今は亡き医療国家ベルツ王国に出自を持ち、医療魔法や結界魔法といった、いわゆる治療士<ヒーラー>としての才能に長けた魔導師である。

「難攻不落、傷つける事かなわぬ砦。小さい頃からずっと気になってたんだよね。祖父上様や兄上の剣術で斬れなかったのかと。とは言え、故人の刃では切れぬのだから、今、私が試し切りをしたいと思っても罰は当たるまい」

「そんな事で僕はつき合わされたんですか!?」

 責めるような目でディオニスはヴィルヘルムを見上げる。

「ん?どっちにせよ、未熟者のオリバーはともかく、ディオニスは私の従軍医師なのだから、帯同するんじゃないの?でもさ、軍隊に付き合いたい?汗臭い男だらけの戦場で、血塗れの人間とかを片っ端から魔力尽きるまで治療する仕事が君には待っているのだが」

 今回の単独行動をしなければ、どちらにしても共に従軍するのは確かなのだ。

「そ、それはちょっと御免被りたいです」

 かつて見た戦場を思い出して、ディオニスもまた露骨に嫌な顔になる。

「私に付いてきたほうが楽だろう?治すべき人間なんて誰もいないのだから」

 ヴィルヘルムは既に考え方がおかしくなっていた。つまり、戦場では、自分に敵対する人間は全て殺すと断じているのだ。幼かったユーリ・フォン・ファルケンの面影はもはや存在しない。

 ヴィルヘルム一行に大砲の攻撃が利かないと察した城砦の兵士達は、ただの変な闖入者ではなく、危険人物と察して即座に大きい攻撃へと変更をする。

 城砦は中央の砲門が開き、魔導砲が姿を現す。

 この時代の砲台は大きく分類して、火薬をつめて撃ち出す大砲と、魔法力を圧縮して撃ち出す魔導砲の2種類が存在する。魔導砲は非常に高価な魔法石によって魔法力を圧縮する機能が備わっており、何度も使うと魔力供給を行なう魔導師は疲れるし、魔石が消耗して壊れるので、本当に大事な時でないと使わない。火薬を撃ち出す大砲の方が、総合的に見て安価なのである。

「さすがにあれは僕でも抑えられないと…」

「じゃあ、撃たれる前に…斬ろうか」

 ヴィルヘルムは己の刃に魔力を集中させる。魔力は刃の形に合わせ細く鋭く、極限まで研ぎ澄まされる。それはオリハルコンで作られているといわれた王剣シグムントさえも切り落とす凶悪な刃と化す。

 遥か前方に見える砲門、その奥にある城砦の主砲ともいうべき巨大魔導砲は人間が入れそうな大きさの大砲で、凄まじい魔力が集中しているのが分かる。

 ディオニスは慌てて結界を自分だけに張る。ディオニスは魔導砲の威力を警戒しているのではなく、目の前にいる剣士から放たれる魔煌剣の余波への対策として必要だからである。

「魔煌剣・大鷲!」

 ヴィルヘルムは、ファルケン家に伝わる剣術奥義でも、魔煌剣で最大威力を誇る『大鷲』を放つ。

 鞘走りを利用した加速した刃から放たれる魔煌剣は、逆袈裟斬りによって切り上げられ、その魔力によって構築された巨大な刃は大地を抉り、空気を破り、城砦中央の巨大砲台を切り裂き、城砦の右手に有る断崖絶壁の丘陵をも斬り付ける。

 遅れて空気が破れるような轟音が鳴り響き、衝撃波が迸る。

 続いて魔力を溜めていた魔導砲が真っ二つに斬られて大爆発をする。

 城砦の中央にあった巨大砲門が崩壊して行く。

「さすがにケーニヒ公国最大武装・広域破壊魔導砲でも壊れなかった城砦か。表側しか斬れなかったな」

 ヴィルヘルムは少しだけ悔しそうに呟くが、目の前に聳える城砦は斜めに巨大な斬撃を喰らい、あちこちで炎上し、中の兵士達はパニックを起こしていた。もしも戦場だったら、大殊勲ものの活躍なのだが、それを見ていた人間は従者1人だけであった。

「城砦の柱のあちこちに魔法結界が張られているんだから、そうそうに切れたりしませんよ」

「距離が遠すぎるってのもあったかも。もう少し近づければ或いは……しかしあの大きさじゃ……あ」

 ヴィルヘルムはそこでとある異変に気付く。それと同時にディオニスもその異変に気付く。

 眼前の城砦の右方にある断崖絶壁の岩壁は、ヴィルヘルムが斬り付けた傷痕が深く残されており、そこを起点に大きい亀裂が走る。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 地鳴りと共に、城砦より遥か右手上方の岩壁が地滑りを起こし、轟音を立てて崩れていく。そして天然の土砂崩れが空から降り注ぐように右手から次々と城砦を押しつぶしていく。

「あー」

 城砦は岩壁から崩れ落ちていく岩の土砂に押しつぶされて、そこからはドミノ倒しのように右から左へと崩れて行ってしまう

「私が斬りつけても斬れなかった城砦が、自然の力には勝てないのか」

「その自然を破壊した人にだけには、言われたくないでしょうね」

 ヴィルヘルムは眉間を摘み、世の真理に達してしまう。が、これもまた『いつもの事』なので、ディオニスは諦めたように空を仰いでしまう。


 崩れた右手側の岩壁に押し潰されて、城砦は失われていた。国境線付近の土砂崩れによる山道の崩壊は、ケーニヒ公国とウエストエンド騎士国の両国に、これを復旧させる元気があるとも思えなかった。


「何か、こう…もっと激戦になると思っていたが、存外に呆気ないな。よし、ディオニス、このまま土砂を乗り越えて、ハイランダムまでピクニックに行くか」

 そんな状況でも、ヴィルヘルムは崩れた土砂と瓦礫の先の道を指し示す。

「僕は行きたくないですよう。その先は絶対に雨が降りますから!」

「天気は良さそうだけど。山の天気は変わりやすいからか?」

 露骨に嫌そうな顔をするディオニスに対して、何を言っているのか理解が出来ず、ヴィルヘルムは晴天の空を仰ぎ見る。

 山の天気は変わりやすいとは言うが、雨が降るのが分かるのだろうかと悩んでいると…

「血の雨を降らすような人と行きたくないって言ってるのに!」

「あはははは、ディオニスは面白い事を言うなぁ」

 既に砦はほぼ全滅、砦の防備に回っていた数百人の命が消えたのは間違いない。だが、そんな状況であっても、これから起こる惨劇を心配するディオニスも大概であった。

「ハイランダムに集っている、ウエストエンド騎士国の指揮官とかはちゃんと情報貰ってるし、雨が降るほど殺したりしないってば。基本、必要最低限だって。ちゃんと戦の芽は潰しておかない城砦を潰しておけば今後の奴等の拠点はなくなる訳だし、これは必要な被害だよ。ちょっと見た目はやり過ぎた感があるけど。……大体、戦争で食料が失われたら、我々ファルケン家の領民10万人が飢え死ぬ事になるし、ハインリヒ領の方が戦地は近いんだし、他人事じゃないからね」

「……」

「さ、次行こう」


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